Ursa Epicure楽曲ガイド
ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 Op.73
Johannes Brahms, Symphony No. 2 in D major, Op. 73(1877)
主調の地図:ニ長調(I)に発し、ロ長調(II・下中音)・ト長調(III・下属)を経て、ニ長調(IV)へ戻る。牧歌的な明るさの下に、トロンボーンとチューバの暗い翳りが走る(第1楽章 m.32 の闖入、ブラームス自身の「黒い翼」書簡)。全曲を D–C#–D の隣接音モチーフ(X)が「分子」のように貫き、終楽章コーダで第1楽章と鏡像的に呼び合う。幅は各楽章の総小節数(KDH)に比例。上枠ボルドー=主調(額縁)。
出典・底本
分析ソースは二本立て。小節単位の区分・調・主題は Kelly Dean Hansen「Brahms Opus 73 Listening Guide」(学者個人運営サイトの小節単位リスニングガイド・二次資料。kellydeanhansen.com(Op.73)。同サイトは HTTP のみで配信。KDH の参照録音はアバド/ベルリン・フィル)/英語版 Wikipedia「Symphony No. 2 (Brahms)」。全曲の統一構造・解釈・受容史は Walter Frisch『ブラームス 4つの交響曲』(Yale University Press/邦訳)第6章(pp.136–160)を参照した(査読を経た学術単著=一次的な分析資料)。Frisch が本文中に記す小節番号は KDH の同定と広く一致し、二資料が独立に裏づけあう(顕著な例:終楽章 m.234 でトロンボーン・チューバが初登場し、両資料がともにマーラー『第1番』序奏との類縁を指摘する)。
小節番号は上記 KDH のリスニングガイドを参照して同定した(区分開始小節が各楽章の総小節数 523/104/240/429 と整合することを確認)。小節番号・調・総小節数は事実情報として用い、記述・分析の文章は本ガイド独自に書き起こす底本(楽譜の版)は未確認(KDH が準拠版を明示していないため)。
参照録音:ギュンター・ヴァント/北ドイツ放送交響楽団(第3・4番のガイドと演奏系列を揃える)。≈mm:ss は未計測のため各区分に付さない(位置は小節のみ)。
分析者で見解が分かれる箇所は両論を併記する——たとえば終楽章の深度(ブリンクマンは「軽量級」と見るが、Frisch は「第1番のフィナーレより優る」と反論。p.160)、および第3楽章第4部の呼称(Frisch は新規部分として「C」、KDH は第2部の変奏として「B'」と命名。実質は同じ m.126 の素材)。
全4楽章の俯瞰
楽章形式主調拍子形式上の変型聴きどころ
I. Allegro non troppoソナタ形式ニ長調3/4提示部反復あり・冒頭が「序奏」に聞こえる複合主題・トロンボーンの暗い闖入低弦の D–C#–D を覚えると、以後どの楽章にもこの3音が「分子」として潜むのが見える。牧歌の途中、m.32 のティンパニとトロンボーンで急に翳る。
II. Adagio non troppo変形ソナタ形式(第2主題を再現で省略)ロ長調4/4(第2主題は12/8)展開部フガート・再現で第2主題を「嵐の楽節」が置換チェロが弱拍から歌い出す、重く沈んだ緩徐楽章。フガートが真の展開部を燃え上がらせ、再現では第2主題の代わりに嵐が来る。
III. Allegretto graziosoスケルツォ(2つのトリオ・五部形式)ト長調3/4→2/4→3/8拍子とテンポが変わる変奏的トリオ・木管+チェロpizzのバロック風4曲中もっとも短い、オーボエの優雅な主題。プレストのトリオでは農民の踏み鳴らしダンスになり、拍子まで変わる。
IV. Allegro con spiritoソナタ形式ニ長調2/2(cut time)序奏なしで sotto voce に始まる・コーダが第1楽章と鏡像的に対応ささやくように始まり、m.23 の属和音の大爆発でエネルギーが解き放たれる。歓喜の直前に「あっ」という中断が2度あり、その後で勝利が来る。
楽章をまたぐ仕掛け:①D–C#–D の隣接音モチーフ(X)——Frisch はブリンクマンの「分子構造」の語を借り、この3音音型(と反行形・上昇音型 Z・3度音型 Y)が全曲を貫く分子だと読む。冒頭は「主題」でなく「複合主題」で、三者が伝統的な旋律+低音でなく対等の立場で絡む。②トロンボーン・チューバの暗い翳り——第1楽章 m.32 の闖入が牧歌の下の憂鬱を告げる。1879年に指揮者ラッハナーがこの暗さに抗議したとき、ブラームスは「私はいわば超憂鬱人間で、いつも頭の上の方で黒い翼が羽ばたいている」と返した(Frisch p.139)。③終楽章コーダが第1楽章と鏡像的に対応し、全曲をまとめ上げる(p.158)。④成立の速さと牧歌——1877年夏、ケルンテン地方ペルチャッハの湖畔で楽々と書かれ(ハンスリック宛「メロディが一杯飛び交っているので踏みつぶさないように」)、ブリンクマンは自筆譜研究から本作を『遅咲きの田園曲(Late Idyll)』と呼ぶ(pp.136–137)。初演は1877年12月30日、ハンス・リヒター指揮ウィーン・フィル。
第1楽章 Allegro non troppo
ソナタ形式(提示部反復あり)
主調:D dur拍子:3/4 総小節数:523mm(KDH) 序奏なし(冒頭が序奏に聞こえる)
提示部
m.1–178
展開部
m.179–301
再現部
m.302–446
コーダ
m.447–523
冒頭の低弦 D–C#–D は「序奏」のように聞こえるが、形式上は第1主題(複合主題)そのもの。提示部は反復される。
提示部(Exposition) m.1–178
区分小節調性終止主題内容・性格・聴取ポイント
第1主題群(複合主題 X/Y/Z) m.1 D dur X Y Z チェロ・バスの D–C#–D(モチーフX)がラ(A)へ降り、ホルン/ファゴットの3度音型(Y)、木管の上昇音型(Z)が重なる。三者は伝統的な「旋律+低音」でなく対等で、Frisch は「抒情的な対位法」「分子構造」と呼ぶ。
m.17ヴァイオリン・ヴィオラが弱拍でひそかに入り、対称構造を崩す。
→ 聴取:冒頭の低弦 D–C#–D を耳に刻む。これが全曲を貫く「分子」で、以後どの楽章にも顔を出す
減和音の静止 m.24 D(属和音圏) 無終止で静止 Z 弦が中低音域へ下り、属七の中をさまよって m.31 で減三和音(シ-レ-ファ#)に立ち止まる。
→ 聴取:いったん進行が止まる。この「間」の直後に暗い雷鳴が来る
トロンボーンの闖入 m.32 D(属準備) Tb/Tuba ティンパニがレ音をロールし、トロンボーン・チューバの暗い和音が「これまでのどの音色とも違う、全く新しい音の世界」に聴き手を招き入れる(Frisch p.139)。ここまでが「序奏」のように振る舞う。
→ 聴取:牧歌の途中で急に翳るこの暗い金管を聴く。1879年ラッハナーが抗議し、ブラームスが「黒い翼」の返信を書いた箇所
経過主題(真の主題到達) m.44 D dur P ようやく拍節感の強い主和音の基本形に着き、輝かしい主題が歌い出す。X・Y・Z 全部がここでにじみ出る(譜例6-2)。ただし安定は長続きせず経過部へ変形。
→ 聴取:ここで初めて「主題らしい主題」が立つ。冒頭は準備で、真の到達はここ
第2主題(子守唄) m.82 fis moll S 嬰ヘ短調の大らかな子守唄風主題(チェロがヴィオラの上に乗る)。Frisch はシューベルト風の「3つの調を持つ呈示部」の援用と読む(p.140)。
m.90不協和で休止、ヴァイオリンの掃きあげ。
→ 聴取:牧歌の中の、嬰ヘ短調に翳った子守唄。長調でなく短調に据わるのがこの曲の憂い
終結群 m.118 →A dur イ長調へ到達 K 上向跳躍の行進曲風主題で属調イ長調へ。
m.134ダブル・ドミナントで凍り付き、「よくある」リズムが鼓動のようなシンコペに化す。
m.136ファゴットと低弦の新主題(モチーフZから生成)が2拍目からカノン展開——伴奏のずれで聴き手は2拍目を小節の頭と錯覚する。
m.156子守唄が拍節感を取り戻す。
→ 聴取:迷子になるようなカノン。拍の頭が分からなくなる不安が、牧歌の下の翳りと響き合う
展開部(Development) m.179–301
区分小節調性終止主題内容・性格・聴取ポイント
展開開始 m.179 A→F dur X/P ホルンが第1主題をヘ長調で——モチーフXの「ラ」がニ調の5度でなくヘ調の3度へ組み替わり、5度圏をフラット側へ多段移動する(Frisch pp.140–141)。
m.191フルートが主題を変ロ長調で。
→ 聴取:同じ主題が、遠いフラットの調で色を変える。3度関係で調が横滑りしていく
対位法のクライマックス m.216 a→h moll X 対位法が頂点に達しトロンボーンが加わる。
m.224弦のアルペジオの上でトロンボーンがモチーフXを咆哮
m.234モチーフXがここで「完成型」となる(p.141)。
→ 聴取:金管が X を叩きつける展開の頂点。冒頭でつぶやかれた3音が、ここで最大の姿になる
Xの8小節旋律・再移行 m.274 →G→下属圏 X リズムを大きく変え、モチーフXによる8小節の旋律(譜例6-3)。
m.290直後に突然2小節ひと組へ縮める——Frisch が「何という凄い効果!」と評す(p.141)。
m.298下属和音系(ii7/Gm6)で8小節が統一され、トロンボーンがXを4小節に引き伸ばす(譜例6-4)。
→ 聴取:8小節→2小節への急な圧縮。時間が畳み込まれるようなスリル
再現部(Recapitulation) m.302–446
区分小節調性終止主題内容・変容・提示部との差異
第1主題再現 m.302 D dur V/V→V の解決に重なる P' 低音が V/V(ミ)から V(ラ)に解決する瞬間に再現が始まり、オーボエにモチーフYが現れる。主音を奏すべきモチーフXは、第1トロンボーンに4小節に引き伸ばして埋め込まれている(レ→ド#→レ、譜例6-4中声部)。差異:主題の帰還を、提示部にない仕方で低音金管に潜ませる
壮大な転調拡大 m.319 A→h moll P拡大 m.44 の主題が序奏主題に寄り添い、大らかな反復進行で拡大——イ長調からロ短調へ、フラット系和声を優雅に織り込む19小節以上の転調(pp.141–142)。差異:提示部にない長大な調の旅がここで開ける
牧歌的音色への収束 m.342 D dur Tb/Hn m.342/344 でティンパニが2度ロールするが、今回は金管の返事がない(提示部 m.32–43 の変質)。
m.3463度目のロールの後、トロンボーン・チューバにホルンが加わり牧歌的な音色に——この響きでコーダが始まる。差異:提示部の暗い闖入が、ここでは柔らかな金管に転じる
コーダ(Coda) m.447–523 計77小節
区分小節調性終止主題内容
コーダ本体(夢のような音楽) m.447 D dur X反行 ホルンの哀愁を帯びた夢のような音楽(モチーフXの反行形)。Frisch は「ブラームスの作品中最も多彩、かつ交響的」と評す(p.143)。
m.477第1主題の変奏(più tranquillo)が8小節単位の安定した旋律に。
→ 聴取:嵐のあとの、夢見るようなホルン。緊張がほどけ、時間がゆっくり流れる
歓喜と最後の翳り m.497 D dur ニ長調の全終止(m.521) 自己引用 m.66 の跳躍音楽が回帰。
m.501フルートとオーボエが、同じ夏の歌曲『Es liebt sich so lieblich im Lenze』作品71-1(春の象徴)に近い旋律を奏でる——ブラームス自身が自用スコアに「Es liebt sich so」と鉛筆で書き込んだ(Frisch p.144)。
m.521全金管とティンパニが最終和音を鳴らすが、そこにトロンボーン・チューバの暗さが「暗き淵」から戻る——「この暗さは際立っており、今後も決して無視できない」(p.144)。
→ 聴取:陽気な結末のただ中に差す、一瞬の暗さ。牧歌の底の翳りは最後まで消えない
提示部の調性(緊張)
第1主題:D dur (I)
経過主題:D dur(真の到達)
第2主題:fis moll(iii・短調)
終結群:A dur (V)
再現部の調性(解決)
第1主題:D dur (I)
転調拡大:A→h moll(19小節超)
第2主題:h moll(vi・短調)
終結群:D dur (I)
軸=調性。第2主題は提示部で嬰ヘ短調(iii)、再現部でロ短調(vi)と、いずれも短調に据わる。牧歌的なニ長調の楽章にありながら、歌の中心はつねに翳っている——この明暗の同居が第2番の個性。
第1楽章:形式上の特異点
  • 冒頭が「序奏」に聞こえる複合主題:Frisch は「主題」でなく「複合主題」と呼ぶ。第1小節が弱拍か強拍か判然とせず、真の主題到達は m.44(p.138)
  • 3モチーフ X(D–C#–D)/Y(3度音型)/Z(上昇音型)が対等に絡む「分子構造」——伝統的な旋律+低音の関係を解体している(p.137)
  • トロンボーン・チューバの闖入(m.32)=全曲の暗い基調。ラッハナーの抗議への「黒い翼」返信(Frisch p.139)
  • 第2主題が嬰ヘ短調(iii)——シューベルト風「3つの調を持つ呈示部」の援用(p.140)
  • 再現部(m.302)で主音を奏すべきモチーフXを、第1トロンボーンに4小節へ引き伸ばして埋め込む(譜例6-4)
  • コーダに歌曲 Op.71-1 の自己引用(m.501)——同じ夏・同じニ長調の「春」の歌(p.144)
  • 陽気な結末の底に戻る翳り(m.521)——「この暗さは今後も無視できない」(p.144)
第2楽章 Adagio non troppo
変形ソナタ形式(第2主題を再現で省略)
主調:H dur拍子:4/4(第2主題は12/8) 総小節数:104mm(KDH) チェロ独奏開始
提示部
m.1–48
展開部
m.49–67
再現部
m.68–96
コーダ
m.97–104
4曲でもっとも重く沈んだ緩徐楽章。冒頭主題は弱拍のファ#(属音)から始まり、重みが4拍目と次小節の2拍目に置かれる。
提示部(Exposition) m.1–48
区分小節調性終止主題内容・性格・聴取ポイント
第1主題(チェロ) m.1 H dur P チェロが主題を歌い、ファゴットが上昇対旋律で、チューバが低く支える。弱拍のファ#(属音)から出て、a-a'-b-c-c' と展開。b の シ→ミ(上向4度)が楽章の要のモチーフになる。
m.6カデンツを回避してニ長調へ寄る。
→ 聴取:チェロが弱拍から重々しく歌い出す。着地しそうで着地しない旋律の、宙づりの重み
対呈示とモチーフg・フガート m.12 H dur g 全奏で主題を対呈示。c の尾のシ→ミ(上向4度)からモチーフg が生まれる
m.17ホルンが g を奏すと、オーボエ・フルート・チェロがフガートに加わる。
m.27フガートが消え、b が雄大なクライマックスを築く。
→ 聴取:上向4度が発展の合図になる。この小さな音型が、のちに展開部で嵐を呼ぶ
第2主題(12/8・舞曲風) m.33 fis dur 嬰ヘ長調の全終止 S 拍子が 12/8「grazioso」に変わり、フルート・オーボエが舞曲のような主題を歌う(第1主題の3和音型・音階下降型の変奏)。
m.45上昇4度を音階で埋める終結主題が続き、ロ短調へ向かう。
→ 聴取:拍子が 12/8 に変わり、束の間ステップを踏むよう。重い4/4のなかの、つかのまの軽み
展開部(Development) m.49–67 フガートと二つの「偽り」
区分小節調性終止主題内容・性格・聴取ポイント
嵐のフガート m.49 h moll K/g 終結主題による嵐のフガート——提示部 m.17 で芽生えた工程が、ここで真の展開部として燃え上がる。
m.55わずか6小節で減七の和音に突然休止(弦トレモロ)、木管の間に上昇3度モチーフ。
→ 聴取:短くも激しいフーガ。提示部の穏やかな上向4度が、ここで牙を剥く
「偽の再現」「偽の出発」 m.57 g dur→E dur P断片 m.57 でヴァイオリンに第1主題が戻るが、場違いなト長調——再現部の頭ではない「偽の再現」。
m.59主題は砕けて居場所を求めさまよう。
m.62オーボエの主題がホ長調で「偽の出発」。
→ 聴取:主題が戻ってきたと思わせて、違う調ですぐ崩れる。本当の再現はまだ先だという焦らし
再現部(Recapitulation) m.68–96 変奏的再現・第2主題を「嵐」が置換
区分小節調性終止主題内容・変容・差異
第1主題再現(3連符に変奏) m.68 H dur P' 主題が3連符に装飾され、12/8 と 4/4 が混ざる。
m.70上向4度で拍節を取り戻し、トロンボーン・チューバが加わってホ長調へ逸れる。差異:提示部の素朴なチェロ独唱が、色彩豊かな変奏へ
第2主題の位置に「嵐」 m.87 h moll g爆発 再現部は第2主題を省き、代わりにつつましかったモチーフg が奔放に炸裂する短い展開を置く——フォルテの「だめ押し」(Frisch p.149)。差異:抒情の第2主題が、嵐の副次展開に置き換えられる(この楽章の頂点)
終結主題再現 m.92 H dur ロ長調 K' 明確な 12/8 の終結主題が全奏に戻り、ティンパニ・ロールとホルンのオクターヴが支える。差異:嵐のあとに終結だけが穏やかに帰る
コーダ(Coda) m.97–104 計8小節
区分小節調性終止主題内容
コーダ(帰り着けない旅) m.97 H dur ロ長調 a対旋律 拍子が 4/4 に戻り、ファゴットがフレーズa の対旋律を冒頭と同じ形で担う。第1主題そのものはまだ戻らない——大旅行の果てに自分の土地に帰り着けない、という Frisch の読み(p.149)。ティンパニの3連符が弱音で色を添える。
m.100弦が暗く断片化し、最終和音へ。
→ 聴取:主題の全き回帰を、あえて与えないまま閉じる。満たされなさが余韻になる
第2楽章:形式上の特異点
  • 元は ABACA のロンド風だった楽章を、出版直前に3部形式+コーダへ縮小(第4章の議論)。緩徐楽章の「変形ソナタ」=独立展開部の代わりにフガートが機能
  • 弱拍のファ#(属音)から始まる主題——重みが4拍目と次小節2拍目に置かれ、旋律が宙づりになる(p.145)
  • フガートが「真の展開部」を作る:提示部 m.17 で芽生えた工程が m.49 で燃え上がる
  • 展開部の「偽の再現」(g dur, m.57)と「偽の出発」(E dur, m.62)——本当の再現を焦らす(p.148)
  • 再現部で第2主題を省き、その位置に嵐の副次展開(m.87)を置く(p.149)
  • トーヴィの評:「何の変哲もない主題が、瞬く間のクレッシェンド、遠隔調への瞬間移動、嵐のようなフガートで火のように燃え上がり、我々を仰天させる」(p.147)
第3楽章 Allegretto grazioso (quasi Andantino)
スケルツォ(2つのトリオ・五部形式)
主調:G dur拍子:3/4→2/4→3/8 総小節数:240mm(KDH) 木管+チェロpizz開始
A
m.1–32
トリオ1(Presto 2/4)
m.33–106
A'
m.107–125
トリオ2(Presto 3/8)
m.126–193
A''
m.194–218
コーダ
m.219–240
アレグレット(3/4)を、拍子もテンポも変わる2つのプレスト・トリオ(2/4/3/8)が挟む五部形式。木管合奏をチェロのピチカートが伴奏する、バロック風の「先祖返り」で始まる。
A(アレグレット) 3/4 m.1–32
区分小節調性終止主題内容・性格・聴取ポイント
主題 a / b / a' m.1 G dur A オーボエのメヌエット風主題を、チェロのピチカートが「歩く」低音で支える(古典・前古典派を思わせる先祖返り)。
m.11ミ→レの尾から新主題 b。
m.23a' 変奏。
→ 聴取:木管+チェロのpizz.という古風な音色。直前の重い緩徐楽章から、時代をさかのぼったような軽さ
トリオ1(Presto ma non assai・2/4) m.33–106
区分小節調性終止主題内容・性格・聴取ポイント
スケルツォ変奏・農民のダンス m.33 G→C dur A変奏 拍子が 2/4 に変わり、走り回る弦がアレグレット主題を驚くほど正確に変奏する(Frisch p.151)。
m.51低音が初登場し、低Cペダル上で農民の踏み鳴らしダンス(ハ長調)。
m.71ダンスが弱音で回帰。
m.1013小節フレーズで 2/4 から 3/4 へ拍節が橋渡しされる。
→ 聴取:同じ主題が倍速のダンスに化ける。優雅なオーボエ主題と、田舎の踏み鳴らしが地続きだと分かる
A'(アレグレット回帰) 3/4 m.107–125
区分小節調性終止主題内容
主題再開・11回反復 m.107 a→G→e A' 主題がイ短調の和音で始まり m.109 でト長調に。
m.1143連符の下降音型が11回反復され、ト長調から暗いホ短調へ沈む。
→ 聴取:同じ下降音型がしつこく繰り返される。優雅さの陰に沈む影
トリオ2(Presto ma non assai・3/8) m.126–193
区分小節調性終止主題内容
3/8 の第2トリオ m.126 G→C→A dur B変容 拍子が 3/8 に変わり、8分音符が音階を駆け降りる。
m.132木管が農民ダンス(トリオ1の素材)を「ケルト」的な色に変容(イ長調)。
m.1882つの 9/8 小節を経て 3/4 へ戻り、ト長調でなくロ長調へ向かう。
→ 聴取:同じダンスが3/8で軽やかに変身する。2つのトリオが同じ素材の変奏だと分かる
A''+コーダ 3/4 m.194–240
区分小節調性終止主題内容
A''(楽章間の連関) m.194 fis→G dur A'' 主題が主調から遠い嬰ヘ長調で入り、ロ長調へ転じるとき、その形と調から直前の第2楽章アダージョの主題が浮かぶ(Frisch p.152)。
m.205弦の音型が変わり、第1楽章のモチーフX がその本来の形に近い姿で顔を出す(p.153)。
→ 聴取:短い楽章の再現部で、前後の楽章がふっと差し込む。全曲が一つの網であることの証し
コーダ(最暗部と過去への退去) m.219 G→g moll→G ト長調(ヘミオラ終止) 新旋律 m.219 は冒頭 m.23–28 の反復。
m.225ヴァイオリンが molto dolce で哀切な新旋律を花開かせ、ト短調に解決(譜例6-16)。
m.235楽章中もっとも暗い場面——主題aが3小節しか与えられず、不完全な減和音(半減七)で凍り付きフェルマータ(譜例6-17)。
m.236古典的メヌエット風の終止(隠れたヘミオラ)。「このアレグレットは終結するために、自分の世界を抜け出して過去の音楽の世界へ行かざるを得なかった」(p.154)。
→ 聴取:軽やかな楽章が、最後にひやりと凍りつく。過去へ退くようにして閉じる
第3楽章:形式上の特異点
  • 五部(2つのトリオ)で拍子とテンポが変わる(3/4→2/4→3/8)——シューマン風「2つのトリオを持つスケルツォ」の拡張(pp.149–150)
  • 木管合奏+チェロpizz のバロック風オーケストレーション(前古典派への先祖返り)
  • 両トリオは同じ素材の変奏で、農民の踏み鳴らしダンス(C dur, m.51)が核(p.151)
  • A'' が嬰ヘ長調で始まり、直前の第2楽章主題(m.200前後)と第1楽章モチーフX(m.205–206)が浮かぶ——楽章をまたぐ連関(pp.152–153)
  • 楽章最暗部の半減七フェルマータ(m.235)と隠れたヘミオラ終止(m.236)——「過去の音楽の世界へ行かざるを得なかった」(p.154)
  • 4曲中もっとも短い(5分足らず)
第4楽章 Allegro con spirito
ソナタ形式
主調:D dur拍子:2/2(cut time) 総小節数:429mm(KDH) 序奏なし・sotto voce 開始追加:Tb/Tuba
提示部
m.1–154
展開部
m.155–243
再現部
m.244–352
コーダ
m.353–429
直前のアレグレット末尾の翳りゆえに、フィナーレは序奏なしで sotto voce(ささやくよう)に始まる。冒頭3音は第1楽章冒頭と同じ D–C#–D。
提示部(Exposition) m.1–154
区分小節調性終止主題内容・性格・聴取ポイント
第1主題(sotto voce) m.1 D dur 半終止 P(X由来) ユニゾンの弦が sotto voce で主題を出す。冒頭3音は第1楽章冒頭と同じ D–C#–D、これに下降4度モチーフが「完備」する。
m.22半音階の声部に沿って遠のき、全くの無音——第1楽章の「糸を解く」箇所(m.20以降)に似る。
→ 聴取:拍子抜けするほど静かな開始。大団円の交響曲が、まずささやきから立ち上がる
爆発(対呈示) m.23 D dur P' おまけの無音拍のあと、ニ長調の属和音がフル・オーケストラで大爆発し、m.24 のフォルテで主題を高らかに対呈示——抑え付けられていたエネルギーが全解放される(Frisch p.156)。
m.44下降4度モチーフが鋭角的に拡大。
→ 聴取:ささやきが、突然オーケストラ総出で炸裂する。この落差が第2番フィナーレの推進力
第2主題(largamente) m.78 A dur S 属調イ長調で、温かく歌う主題(冒頭音型の反行形)
m.114第1主題の回転音型が終結素材として祝祭的に戻る。
m.122静かな「中断」——pizz 弦と木管の3度走句。
→ 聴取:激しい第1主題群のあとの、大らかな第2主題。広く息をする旋律
展開部(Development) m.155–243
区分小節調性終止主題内容・性格・聴取ポイント
展開 第1部 m.155 D→e→fis moll P断片 冒頭4小節をそのまま出したあと、3音図形の交替で暗い短調へ。
m.184第1主題の第2フレーズ(=m.9)を嬰ハ短調で力強く。
m.189m.44 の変形が大クライマックスを築く。
→ 聴取:陽気な主題が短調で険しくなる。牧歌の下の翳りが、ここで前面に出る
展開 第2部(Tranquillo) m.206 fis→b moll P変奏 「Tranquillo」で第1主題冒頭の3連符変奏。
m.214オーボエが下降4度の第2フレーズを変ロ短調で。
→ 聴取:嵐の合間の、内省的な静けさ。次の再移行の荘重さへの準備
再移行(マーラー的前触れ) m.234 C→D minor Tb/Tuba 弱音・神秘的な場面で、コントラバス・トロンボーン・チューバがこの楽章で初めて登場し、下降4度を倍の音価でコラール風・ピアニシモに奏でる。Frisch は「マーラーが10〜11年後に『第1番』序奏を書いたとき、頭の中でこの部分が鳴っていたのは間違いない」と言う(p.157)。
→ 聴取:低い金管が荘重に沈み込む数小節。マーラー『巨人』の夜明けを先取りするような響き
再現部(Recapitulation) m.244–352
区分小節調性終止主題内容・変容・差異
第1主題再現(昇る太陽) m.244 D dur P'' ニ短調のあとのニ長調が清新に射す。トーヴィは「闇の中で元の調に帰りつくと、第1主題が、昇る太陽が西空の雲に映す鈍い光のように姿を現す」と評す(p.158)。
m.264m.23 の輝かしい爆発(導入アルペジオの向きを反転)。差異:提示部の一時しのぎの解決はもうない。主調で堂々と据わる
第2主題再現 m.281 D dur S' 第2主題が主調ニ長調で再現。
m.317祝祭的な終結素材(m.114対応)。差異:A dur(提示部)→D dur(再現部)。属調の緊張が主調に解ける
コーダ(Coda) m.353–429 計77小節 — 第1楽章と鏡像的に対
区分小節調性終止主題内容
コーダ本体(全音下降) m.353 d→C→B♭ S変奏 トロンボーン・チューバが登場し、第2主題をもじった音型を力強く吹く。Frisch はこのコーダが第1楽章と「完全に対」をなし、それ自体で全曲をまとめ上げると言う(p.158)。和音はニ短調→ハ長調→変ロ長調と全音間隔で降下。
m.371変ロ長調が七の和音=ニ長調のドイツ六に(『ピアノ協奏曲第1番』冒頭と同じ調関係)。
m.373一旦停止——第1楽章の「糸を解く」動作(低音シ♭→ラ→ソ#が第1楽章 m.37 のトロンボーンを想起、譜例6-22)。
→ 聴取:勝利へ向かう途中の、全音ずつの沈み込み。第1楽章の暗い金管が、ここで谺のように戻る
「あっ」という中断と勝利 m.387 D dur ニ長調の全終止(m.429) P/S 第1主題の頭がフォルテで戻り、大団円は目前。だが「あっ」という中断が2つ用意される——音階が m.408 の途中で突然静止、m.412 でもう一度(ハイドンのフィナーレに通じる休止。全曲を貫いた「解決を遅らせる」身振りへの最後の注意喚起)。
m.417その後でこそ、第2主題冒頭が陽気に回帰し(ホルン・トランペット→トロンボーン・チューバ)、輝かしい勝利で全曲を閉じる(Frisch p.160)。
→ 聴取:歓喜になだれ込む直前の、二度の「はっと止まる」瞬間。止まってから勝つ——この呼吸が第2番の結び
第4楽章:形式上の特異点
  • 序奏なしで sotto voce に始まる:第1番が「ゆっくりした序奏という支えの杖」を使ったのに対し、第2番はそれを捨て別の手段で締めくくる(Frisch p.160)
  • コーダ(m.353)が第1楽章と鏡像的に対応し、それ自体で全曲をまとめ上げる(p.158)
  • トロンボーン・チューバが再移行 m.234 で(この楽章で)初登場——マーラー『第1番』序奏との類縁(p.157)
  • 歓喜の直前の「あっ」という中断(m.408/412)——ハイドン風の休止で、全曲の「解決を遅らせる」身振りの総仕上げ(p.160)
  • コーダの調降下 ニ短調→ハ長調→変ロ長調、m.371 のドイツ六は『ピアノ協奏曲第1番』と同じ調関係(p.158)
  • 両論併記:ブリンクマンは第2番のフィナーレを「軽量級」「現状打破(Durchbruch)がない」と見るが、Frisch は「第1番のフィナーレより優る」と反論する(p.160)

参考文献

Ursa Epicure 楽曲ガイド | ursaepicure.comガイド一覧