Ursa Epicure楽曲ガイド
ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 Op.98
Johannes Brahms, Symphony No. 4 in E minor, Op. 98(1884–85)
主調の地図:ホ短調(I)に発し、ホ長調(II)・ハ長調(III)を経て、ホ短調(IV)に還る——ブラームスの交響曲で唯一、短調のまま閉じる。両端のホ短調が全体を額縁のように囲む。幅は各楽章の総小節数(KDH)に比例。上枠ボルドー=主調(額縁)。
出典・底本
分析ソースは二本立て。小節単位の区分・調・主題は Kelly Dean Hansen「Brahms Opus 98 Listening Guide」(学者個人運営サイトの小節単位リスニングガイド・二次資料、kellydeanhansen.com。同サイトは HTTP のみで配信)/英語版 Wikipedia「Symphony No. 4 (Brahms)」。全曲の統一構造・解釈・受容史は Walter Frisch『ブラームス 4つの交響曲』(Yale University Press/邦訳)第8章(pp.186–213)を参照した(査読を経た学術単著=一次的な分析資料)。Frisch が本文中に記す小節番号・変奏番号は KDH の同定と広く一致し、二資料が独立に裏づけあう(例:偽再現 m.145/再現部の「凍結」 m.246–/終楽章シャコンヌ主題 m.1・トロンボーンのコラール Var.14 m.113–/第1楽章引用の pizzicato 変奏 Var.29 m.233–)。
小節番号は上記 KDH のリスニングガイドを参照して同定した。小節番号・調・総小節数は事実情報として用い、記述・分析の文章は本ガイド独自に書き起こす底本(楽譜の版)は未確認(KDH が底本を明示していないため)。
参照録音:ギュンター・ヴァント/北ドイツ放送交響楽団/RCA(1983年録音・第3番とのカップリングで流通する2枚組)。第3番のガイドと同じ盤で揃えた。カルロス・クライバー/ウィーン・フィル/DG(1980年録音)が広く定盤とされ、こちらも代替に挙げられる。区分の位置は小節に準拠し、≈mm:ss(本盤での時間目安)は今回は付けていない(後日、耳で計測して追記する)。
本文で言及する論:シェーンベルク「Brahms the Progressive」(1947年のエッセイ、Style and Idea 所収)で本曲を「発展的変奏」の到達点とみる。分析者・版により見解が分かれる箇所は、本文に両論を併記する。
全4楽章の俯瞰
楽章形式主調拍子形式上の変型聴きどころ
I. Allegro non troppoソナタ形式ホ短調2/2提示部反復なし・偽再現・変格(プラガル)終止冒頭の「下降する三度」の主題を覚えると、展開部・再現部で姿を変えて戻るのが追える。再現部では主題が2倍に引き伸ばされ、神秘的に戻る。
II. Andante moderato変奏ソナタ形式(展開部なし)ホ長調6/8フリギア旋法・フリギア終止冒頭ホルンの、古めかしく調の定まらない響き。同じ旋律がホルン→木管→チェロ→ヴィオラ→ヴァイオリンと受け渡されていく。
III. Allegro giocosoソナタ形式(短縮再現部)ハ長調2/4スケルツォ形式を採らない唯一の「スケルツォ」4楽章で唯一の陽気な音楽。トライアングルの輝き。コーダが再現部の倍以上あり、ここが実質の本体。
IV. Allegro energicoパッサカリア+ソナタ形式的区分ホ短調3/4バロック反復形式とソナタ形式の重層8小節の主題が約30回変奏される。中ほどで拍子が3/2に広がり、トロンボーンのコラールが安らぎになる。終盤で第1楽章の主題が回帰する。
楽章をまたぐ仕掛け:Frisch は全曲を貫く「tinta(作品固有の色あい・特質)」を3点に整理する。①下降する3度の連鎖(とその反行=上昇3度)——第1楽章冒頭主題の骨子で、スケルツォに再登場し、終楽章の最終ページで全体を統括すべく戻る。E・T・コーンは「和声と主題(縦の線と横の線)は3度で溢れ……伝統的な和声/主題の区分は打ち砕かれ、2つの次元は完全に溶け合う」と評す(p.188)。②主音ホから6度上のド♮=ハ長調——第1楽章第2小節から目立ち、スケルツォはハ長調そのもの、終楽章後半(第26–28変奏)でハ長調が幅を利かせ、コーダの「ド」上のドイツ六和音が結末を駆動する。③増三和音——シェーンベルクが「根なし草」と呼ぶ多義的な響き。第1楽章第4小節が初出で、下降3度の鎖の中に組み込まれる。
この3要素が具体化するのが、第4楽章第29変奏で第1楽章冒頭の下降三度が弦のピチカートで回帰し、円環が閉じる瞬間(シェーンベルク)。調性はホ短調に始まりホ短調で閉じ、ブラームスの交響曲で唯一、短調のまま終わる。
初演は第2・第3番のウィーン・フィルではなく、ハンス・フォン・ビューローのマイニンゲン宮廷楽団に託され、作曲者自身の指揮で1885年10月25日に大成功(若きR.シュトラウスは「頭のてっぺんから爪先まで、どこから見ても正真正銘のブラームス」と父に書き送った。p.187)。ブラームスはこの最後の交響曲を「教養豊かで音楽的にも洗練された聴き手のために書いた」節があり、そういう聴衆が世紀末に失われつつあることを惜しんでいた(Frisch p.187)。
第1楽章 Allegro non troppo
ソナタ形式(提示部反復なし)
主調:e moll拍子:2/2(alla breve) 総小節数:440mm(KDH) 序奏なし
提示部
m.1–144
展開部
m.145–246
再現部
m.247–393
コーダ
m.394–440
提示部(Exposition) m.1–144
区分小節調性終止パターン内容・性格・聴取ポイント
第1主題群 a
P-a
m.1 e moll i:IAC P-a Vn octaveによる下行3度連鎖(主題の核)。アウフタクト↑→強拍↓の交互運動。Va/Vcのアルペジオ+Fl/Cl/Bsn弱拍コードが支える。Horn持続音。
m.9Vn が長音C+3音アウフタクトに変容、Bsの半音上行。
→ 聴取:たゆたう歌の背後で下行3度が刻まれ続ける。夢見るような旋律と、その底に張った緊張を同時に聴く
第1主題群 b
P-b
m.13 e moll i:HC P-b Vnの音型が短縮(2拍アウフタクト)→4音下行型2連→Obとオクターヴ跳躍。
m.19変奏的再提示(broken octave版)。
m.27長音がC から半音上行、クレッシェンドで膨張。
m.31短音型が巨大な拡張部へ突入。
→ 聴取:P-a がすでに変形・膨張を始める。提示部の内側で動機処理が動き出している
第1主題群 展開拡大
P-c(拡大)
m.39 e→h →v P-c シンコペーション付き下行線と細かいアウフタクト群。h mollの支配調へ向かうクライマックス。2本の大下行線が付点リズムに合流し頂点。
→ 聴取:提示部の内側ですでに「展開」が進む。動機労作が展開部を待たずに始まっているという読み
移行部
Transition (TR)
m.53 e→h v:HC(MC) Tr 木管ファンファーレ(トリプレット付点)→オーケストラ全奏の下行応答。Vcの壮大な旋律をHnが倍加(B moll)。
m.65VnにVc旋律移行、低弦の5連3度群が終止を回避。
m.73h moll期待終止がGへ転倒(Deceptive motion)→C major/minorファンファーレ→pizzicato 2音型でB音へ収束。
→ 聴取:B音への到達が二度引き延ばされる。期待した終止がGへ転げ、調性が宙吊りのまま第2主題を待つ
第2主題 a
S-a
m.87 H dur V:PAC S-a 長調(H dur)で到達。pizzicato弦のレペット上にVnが付点リズムの温かみある下行旋律(Va/Vcのトリプレット伴奏)。突然のpp転換。
→ 聴取:H dur(長調)へ転じ、突然 pp に落ちる。第1主題の緊張がここでほどける
第2主題 b
S-b
m.95 H dur V:PAC(EEC) S-b Fl/Cl/Hnによる新旋律(トリプレット含む)。弦の短い反復音符。ObとHnが付点下行旋律を再提示。HnとFlの3音型の対話(Ob支持)で安静点に到達。
→ 聴取:第2主題の内側で2つの素材が対話する。やがて E.E.C.(必須提示部終止)へ落ち着く
終結群
Closing Section (K)
m.107 H dur V:PAC K-a K-b G#上の突然の減7度和音+TimpロールとTpファンファーレ。弦の単音弧状アルペジオ↑↓。
m.114E#上の減7→Timpロール、アルペジオ延長、Bs半音下行しOb/Bsn/Hn上行(音量膨張)→B durファンファーレのffアルペジオ応答(トリプレット)。
m.125D durへの突然のシフト→B durに戻りクライマックス(付点リズム)。
m.137B dur終止が突然ppで到達——3音型の閉幕楽節(第1主題素材の応用)。
→ 聴取:提示部は反復されず、静かに閉じる。反復記号を持たないのはブラームスの交響曲でこの第1楽章だけ
展開部(Development) m.145–246
区分小節調性終止パターン内容・性格・聴取ポイント
偽の再提示
False Recap.
m.145 e moll P-a' 第1主題が原調・原形で完全に再現——聴衆は再現部と誤認する。m.153で和声が逸脱(rising chromatic bass消失、Cl下行が代替)。
→ 聴取:第1主題が原調・原形で戻り、再現部と錯覚させる。反復記号を置かなかった代わりに仕込んだ「偽の反復」
展開核心部
Core development
m.157 g→As→… P断片 Vn間シンコペーション線が小節線を越える。Fl/Bsn(後Ob)の3音型3度ハーモニー。Cl流動的対位。g moll→As durへ転調。
m.169弦のff爆発——Vn上・低弦下の3音コード群が拍節感を消去。Bbm-Dbdurを揺れ動きBh(Cb)経由でBに到達。
→ 聴取:主題が断片化され、逆行し、拡大される。展開部が主題を組み替え、崩していく過程
展開後段
Developmental coda-mix
m.184 →G→gis K素材 m.184:B到達がGへ再転(提示部m.73と対応、今度はpp)。K素材(ファンファーレ+トリプレット)とP素材(Ob)の混合。C→Cis→D→Dis と半音上行するBs音の謎めいたクレッシェンド。
m.206ファンファーレff→As方向へ。
m.217Gis moll でWoodwindの3音型トリプレット(Vn pizzicatoが背後でP-a全句を演奏)。
→ 聴取:m.217、Vn の pizzicato が背後で P-a を丸ごと弾く。爆発の直前、主題がひそかに囁く一瞬
再移行部
Retransition
m.227 Gis→e i:HC Retr P-a長音+3音アウフタクトがFlから弦3セクション(Va→Vc→Vn)へと受け渡し。4つの短いシーケンスが上行しGis mollからe mollへ帰還。
m.243弦がppp(triple piano)でdominant和音上に停留——再現部への橋渡し。
→ 聴取:弦が ppp で属和音に停留する。沈黙に近い保持が、主調へ戻る直前の間をつくる
再現部(Recapitulation) m.247–393
区分小節調性終止パターン内容・変容・提示部との差異
第1主題再現
P' (偽装開始)
m.247 e moll i:PAC P-a'' 再現部の開始も「偽装」:P-aの音型がOb/Cl/Bsnに2倍音価(4分音符→2分音符)で静かに現れ、Timpロールと弦アルペジオを伴う。
m.253残りの下行3度連鎖(C→B→G#→E)も同様の延伸処理。
m.259上行3度連鎖から通常の経路に合流→m.9,13に準拠。差異:P-aが姿を変えながらゆっくり形をとる——展開部冒頭の偽再提示と対照的な正式な再現
第1主題変奏再現
P-b'
m.273 e moll P-b' m.19相当の変奏的再提示。
m.285展開拡大部(m.31–51相当)が10小節短縮——これによりe moll内に留まり、移行部・第2主題を主調で演奏可能にする。差異:拡大部が10小節削減——構造的必然。短縮がe mollへの「留置」を実現する
移行部再現
TR'
m.297 e moll内 i:HC Tr' m.53相当のファンファーレ+Vc/Hn旋律が主調で再現。
m.309Vnへの旋律移行。
m.317ファンファーレがC moll/dur、F moll/durを経由——提示部(B moll/Gに相当)と並行するが転調先が変化。差異:転調なし——これが第2主題を主調で再現させる仕掛け
第2主題再現
S' (ESC)
m.331 E dur I:PAC(ESC) S' 第2主題がE dur(同主長調)で再現。
m.339S-b相当、木管の役割が逆転。差異:H dur(提示部)→E dur(再現部)——調性的「解決」の体現。E durの色彩が再現部全体をあたためる
終結群再現
K'
m.351 e/E i:PAC K' 終結群素材が主調で再現。ファンファーレをTp→Hn(音色変化)。
m.369シフト先がG#(提示部のGより半音高)——e moll方向に向きを変える。
m.381拡大閉幕部——弦トリプレット(シンコペーション)がF経由でe mollに収束。差異:提示部のH dur(明快)→再現部のe moll(悲劇的)へ。長調をあえて避けた終結の色調
コーダ(Coda) m.394–440 計47小節
区分小節調性終止パターン内容
コーダ本体 m.394 e moll P'' 低弦+HnによるP-a断片のカノン的模倣→全管弦楽が応答。4小節後に低弦/Hnがシンコペーションに転換。P-aの諸要素(長音+3音型→短い断片)が順次展開しクライマックスへ。
フィナーレ
Plagal cadence
m.414 e moll i:PAC→Plagal P-c拡大版の大下行線が最終クライマックス。Timpの轟音とトレモロVnアルペジオ上でe moll i:PAC。
m.4365打コード後、下属終止(a moll→e moll)、A moll和音を4拍Timpが打ち続ける——「アーメン終止」。この下属(アーメン)終止を、ブラームスは楽章冒頭に置くことも検討していた(後に削除)
第1楽章:形式上の特異点
  • 提示部反復なし:ブラームス交響曲4作の第1楽章中唯一。展開部冒頭で「偽の反復」を演出することで補償
  • 展開部冒頭の偽再提示(m.145)と再現部の偽装開始(m.247):2つの「偽装」が鏡を成す
  • 再現部P-a の2倍音価・伸延処理(m.247–258):単純な再提示でなく「変奏的再現」
  • 再現部拡大部の10小節短縮(m.285):構造的必然——これなしに第2主題の主調再現が不可能
  • 終結群が短調で閉幕(再現部のみ):H dur(提示)→e moll(再現)。悲劇的終幕を選択
  • コーダの下属終止(Plagal cadence):正格i:PACの後にさらにa moll→e mollが追加される二重終止
  • 4曲中、主題そのものから始まる唯一の交響曲(第1番は序奏、第2番は前奏的な複合、第3番はモットーから始まった。Frisch p.189)。しかも旋律らしい旋律でなく、下降3度の連鎖という「抽象的で淡い灰色の」動機素材で開く
  • 削除された4小節の導入部:自筆譜には、ミのペダル上で Am→Em と解決する幅広い変格終止の4小節前奏を冒頭に加えようとした痕跡がある(Frisch p.189、譜例8-2)。この iv→i の変格は楽章末の下属(アーメン)終止 m.436–440 に姿を現す。ブラームスは「冒頭で主題/音の関係をあらかじめ見せる必要はない」と判断して削除した——「結局ブラームスの良き本能が勝ちを収めた」(p.190)
  • 呈示部の調のシンメトリー:伝統の III(ト調)VI(ハ調)を避け、主音ホ短調を中心にフラット最遠のハ調〜シャープ最遠の嬰ト調まで左右対称に配する(ハ調←ト調←ニ調←イ調←〈ホ短調〉→ロ調→嬰ヘ調→嬰ハ調→嬰ト調)。「ブラームスの興味の中心は明らかに、こういったシンメトリーの追求である」(Frisch p.194)
  • 「凍結(frozen)」の場面:減三和音へ崩れ、ファンファーレが骨組みだけになる神秘的な音色が、呈示部 m.107–(→m.114 で別の減三和音へ)・展開部 m.184–・再現部 m.246–(ハ長調とト長調の和音を混ぜた「神々しい瞬間」)を横断する統一装置(Frisch pp.192–195)
  • 受容史上の起点:批評家ヴァルター・フェッターが早くも1914年に冒頭8小節の3度連鎖(第1–4小節で下降・第5–8小節で上行)を指摘し、20世紀は本主題を「音程/モチーフを効率良く運用する伝説的 locus classicus」と理解してきた(Frisch p.191)
提示部の調性(緊張)
第1主題:e moll (i)
移行部:e→h
第2主題:H dur (V)
終結群:H dur (V)
再現部の調性(解決)
第1主題:e moll (i)
移行部:e内部に留まる
第2主題:E dur (I 同主長調)
終結群:e/E→e moll 終結
第2楽章 Andante moderato
変奏ソナタ形式(独立した展開部なし)
主調:E dur拍子:6/8 総小節数:118mm(KDH) Eフリギア旋法Horn独奏開始
序奏
m.1–4
P群
m.5–35
移行
m.36–40
T2
m.41–49
移行部
m.50–63
P' 再現
m.64–87
T2'
m.88–102
コーダ
m.103–118
提示部(Exposition) m.1–49
区分小節調性終止パターン内容・性格・聴取ポイント
序奏
Phrygian fanfares
m.1 Eフリギア Intro 独奏Hornのみでファンファーレ開始(他の管楽器が後続、Clは不参加)。E音根音だがCメジャーの音列→Eフリギア旋法の独特色彩。半音下降(E→D#→D→C等)がフリギア旋法の証。第1主題を予示するが「正しい調ではない」。
→ 聴取:独奏ホルンが、調の定まらないファンファーレで始める。孤独な呼び声のようで、中世を思わせる荘重な開幕
第1主題 a
P-a(Cl主導)
m.5 E dur I:IAC P-a ClとVn pizzicatoが静かに提示(残り弦もpizz)。BsnとFl補助。F#とG#でE durと判明するが、C-naturalとD-naturalがフリギアの残滓。
m.13Hnが主題引継ぎ(Bsn対位・pizz弦)。
m.15Cl/BsnがフリギアノートでファンファーレFF→B durとG durを暗示するWw応答→3音型残楽節。
m.22P-a第3回陳述(Hnなし、pizz弦が2回孤立)。
m.26Cl主導第2フレーズ→E dur完全終止(これまで回避されていた)。
→ 聴取:同じ主題が Horn→Cl/pizz.Vn→Hn→Cl/Vc と受け渡される。この受け渡し自体が変奏になっている
第1主題 b
P-b(Vn bowing)
m.30 E dur →V P-b Vnが初めて弓を使う(運動の全楽章最初のVn arcobowing)。Va/Vcはpizzトリプレットアルペジオ。Ww軽いシンコペーション線。VnがB domへ下降アルペジオ→繰り返し音に向かうBに到達。
→ 聴取:Vn が初めて弓を執り、pizz. から arco へ変わる。音の重みが増し、長い夢から覚めるよう
移行部
Transition
m.36 E→B ii:HC Tr Ww(detached triplet harmなリズム)の荘重な旋律(中途半端な小節から始まる)→弦の応答。短調的変奏(natural moll)。Hn単独でシンコペーション反復音を保持→3上行Ww和音(長くなって)→B moll準備。
→ 聴取:移行部が第1主題より重く、荘重に響く。古めかしい趣がここで強まる
第2主題
Theme 2 (S) — Vc
m.41 h moll→H dur V:PAC(EEC) S Vcの温かく美しい上下行旋律(Bsn/Va対位、Vn装飾付き短い休符)。Bsn/Va対位がCを追う。H dur完全終止で到達。
→ 聴取:チェロが、楽章で最も歌う旋律を歌い上げる。のちの再現部では同じ旋律を Vn が担う
再提示への移行部(展開部代替) m.50–63
区分小節調性終止パターン内容
移行部(展開部代替)
Trans. to Recap.
m.50 H dur→E →I T-Recap S終止後、Cl/Vn/Bsn/Vcのエコー。弦が主題延長(上下行)→Fl/Cl/Bsn応答(上行2音型)。
m.572音型がFl→Vnへ交替→VaがアルペジオをVnへ受け渡し→Fl上行線でrecap.へ。HnとBsnの荘重な保持音が伴走。
→ 聴取:展開部にあたる16小節を、ごく静かに橋渡しする。激しい第1楽章の展開部とは対照的
再現部(Recapitulation) m.64–102 変奏的再現
区分小節調性終止パターン内容・変容・差異
第1主題再現
P' (変奏)
m.64 E dur I:PAC P-a' Vaが(Clではなく)主題旋律を担い変奏的再現。Vn/Vc/Cbはpizz、Violas弓。WwはHm下行3度群を受け渡し。Ob不参加。Timpが初めてソフトロールで登場。
m.72HnがP-a(m.13相当)。
m.74ファンファーレ(m.15相当)が全Ww unison→VnがarcoでP素材を引き継ぐ→m.76:低弦がファンファーレを担当→Bbへ転位。
m.80Wnファンファーレ→弦の応答、Bb→B方向へ頂点。差異:楽器の役割が入れ替わる——単なる再提示でなく「再変奏」。VaがClの役割を担う
移行部再現
Tr' (クライマックス)
m.84 e moll i:HC Tr' 移行部がe moll(短調)で全管弦楽に再現——これが楽章全体の頂点(fff、Timpの轟音)。トリプレット拍子が半小節延長。上行3和音は1回のみ(長版、Hn/Bsn)。差異:提示部は中程度のff→再現部はfff最大ダイナミクス。移行部が「クライマックス」に昇格
第2主題再現
S' (ESC) — Vn
m.88 E dur I:PAC(ESC) S' 第2主題が主調E durで再現。VcではなくVnが旋律を担う(提示部との楽器交替)。差異:h moll→H dur(提示部)→E dur(再現部)の調性解決。Vn(高域)がVc(低域)の役割を引き継ぐ音色変化
コーダ m.103–118 計16小節(Phrygian cadence)
区分小節調性終止パターン内容
序奏素材の回帰
Intro reprise
m.103 Eフリギア Intro' ファンファーレ素材が弦オーケストラの豊かな伴奏の中に溶け込む(提示部冒頭の独奏Hornと対照)。Eフリギア旋法の色彩が戻る。
フリギア終止
Phrygian cadence
m.109 C→E→F→E Phrygian Cadence Outro フリギア旋法がC durとE durの混合として再解釈され、CがE durの「支配音」の機能を得てF durを示唆。
m.116ファンファーレ静止→3本の上行アルペジオ(Vc:C dur→Cl:E dur→Fl/Ob:F dur/Timptoll)→F durアルペジオがE durに解決(Phrygian cadence)。最終E dur和音をWw/Hnが保持。弦(Timp)が3回打つ(最後pizz)。
→ 聴取:F→E の半音下行で閉じる(フリギア終止)。正格終止(B→E)とは逆向きの解決で、消え入るように終わる
第2楽章:形式上の特異点
  • 独立した展開部なし("Varied Sonata form without development"):m.50–63の移行区間が展開機能を代行(16小節のみ)
  • Eフリギア旋法の使用:主調はE durだが序奏・コーダで中世旋法が支配。C-naturalとD-naturalがフリギアの証
  • 再現部が「変奏」:楽器の役割を完全入れ替え(Cl→Va;Vc→Vn)。音色変化が「変奏」の核心
  • 移行部がクライマックスに昇格:再現部移行部がfffで登場——提示部の中程度ffを大幅に超過
  • 第2主題の演奏者交替(Vc→Vn):提示部での「Vcの歌」が再現部で「Vnの歌」に変容。高音域・低音域の逆転
  • フリギア終止での閉幕(m.116):F dur→E durというPhrygian cadence。正格終止ではない——第1楽章の下属終止と並ぶ本交響曲「異例の終止」第2例
  • Timpani初登場が再現部(m.64):提示部には存在しない。再現部から音響の重力が増す設計
  • 調号はホ長調なのに、ハ長調のファンファーレで開幕(Frisch p.195、譜例8-7)。この冒頭主題も第1楽章冒頭と同じく3度音程を基礎にした対称形(ミから3度上がり3度下がる)——全曲を貫く「ド♮=ハ長調」の要素がここで屈折して現れる。呈示部第1主題部は第5小節の主題を第13・26小節で変奏する「主題と変奏」の作り
  • コーダ(m.106)の「凍結」:属音ペダル上で減三和音「ソ#−シ−レ♮」を支え、第2変奏の断片が漂う——第1楽章の「凍結する場面」(呈示部 m.107、再現部 m.249)にたちまちつながる(Frisch p.197)
  • ドイツ六和音の回避:m.113 でファンファーレが戻ると C7 和音が現れ、シ♭をラ♯と読み換えればホ長調の「ドイツ六」として働く。ブラームスはこのAndanteでも前のAllegroでも、ドイツ六の伝統的解決(aug6→I6/4→V→I)をあえて避けている(Frisch pp.197–198)。最後の3小節 C→F→E は「これ以上難解な終止形はどこにも見当たらない。しかしこの中には最重要の音の工程が集約されている」(p.198)
第3楽章 Allegro giocoso
ソナタ形式(短縮再現部・トリオなし)
主調:C dur拍子:2/4 総小節数:357mm(KDH) 追加楽器:Picc / Contrafagott / Triangle 提示部反復あり
P群
m.1–52
移行部
m.53–72
S群
m.73–126
展開部
m.127–198
再現部
m.199–248
コーダ
m.249–357
提示部(Exposition) m.1–126(反復あり)
区分小節調性終止パターン内容・性格・聴取ポイント
第1主題群 a
P-a
m.1 C dur I:PAC P-a Picc・Contrafagott・Triangleが追加。弦の素早い3打音型(強拍アクセント)が全楽章開幕。管弦が交替しながら断片を受け渡す。スケルツォ的エネルギー。
→ 聴取:ブラームスの交響曲で唯一「スケルツォらしい」音楽。トライアングルの音色が祝祭感を添える
第1主題群 b
P-b
m.7 C dur P-b 対比的な第2素材(旋律的性格)。全体としてP群は3つの素材(P-a/b/c)が競合し提示部の約半分を占める。
m.17P-b変奏。
m.22新素材P-c(スタッカート的動き)。
m.35P-c拡大。
→ 聴取:P群は P-a/b/c の3素材が競り合う主題複合体。この競合がスケルツォ的な勢いを生む
移行部
Transition (TR)
m.53 C→G V:HC(MC) Tr C durからG dur(属調)へ移行。P群のリズム的エネルギーを保ちながらG durに収束。移行部の境界が比較的明確——スケルツォ的雰囲気は途切れない。
→ 聴取:移行部でも勢いが落ちない。C dur→G dur の転調はいつの間にか済んでいる
第2主題群 a
S-a
m.73 G dur V:PAC(EEC) S-a G durで抒情的対比旋律(Fl/Ob中心、pp)。楽章中でここだけ息をつく——P群の活気と対照をなす。m.95以降で拡大し終結群へ向かう。
→ 聴取:楽章でここだけ歩みを止める。P群の勢いのあとの、つかのまの静けさ
終結群
Closing
m.107 G dur V:PAC K P-a素材が終結群的に戻り、G durを確定。提示部がG durで力強く閉幕→反復記号。
→ 聴取:提示部は反復記号で繰り返される。反復を省いた第1楽章と違い、他の3交響曲と同じ処置に戻る
展開部(Development) m.127–198 計72小節
区分小節調性終止パターン内容
展開部全体 m.127 転調列 P断片主体 P-a/b/cを中心に転調と断片処理。第2主題はほぼ不在(KDH・Wikipedia両方が確認)。
m.181Poco meno presto——Hn/Bsn/Clが平静なP-c変形をDb durで(pizz弦)。Ob引継ぎ。弦が弓に戻りFl/Piccが加入。C durの「支配音」和音へ収束。
→ 聴取:m.181 の Poco meno presto が、再現部前の唯一の小休止。第2楽章の主題を思わせる穏やかな性格
再現部(Recapitulation・短縮) m.199–248 計50小節
区分小節調性終止パターン内容・変容・差異
再現部開始
False arrival + P-c ff
m.199 Eb→C dur I:PAC P-c' 再現部への到着がC dur和音ではなくP-c素材のffで遮断(Eb durで登場——提示部・展開部に続く3度目の突然登場)。Triangleロール付き。m.211頃からC durのP-c。差異:「foreshortened recapitulation」——P-a・P-b素材が大幅省略、P-cから始まる短縮版
第1主題群再現
P' (短縮)
m.215 C dur I:PAC P' P-a素材が主調C durで短縮再現。提示部の3素材のうち部分省略・凝縮。差異:提示部の第1主題群が52小節→再現部では約30小節に短縮
移行部再現
Tr'
m.231 C dur内 Tr' 移行部も主調内で短縮再現。転調なし(提示部はC→G)。差異:転調なし→第2主題をC durで再現するための構造的省略
第2主題再現
S' (ESC)
m.239 C dur I:PAC(ESC) S' 第2主題がC dur(主調)で再現(提示部G dur→主調解決)。短縮版。差異:G dur(提示部)→C dur(再現部)——ソナタ形式の論理的帰結。第2主題も短縮
コーダ m.249–357 計109小節(大規模)
区分小節調性終止パターン内容
コーダ本体 m.249 C dur P+K P-a/c素材を中心に高揚。Picc・Triangle・Tp が加わって高まる。
m.295頃P素材と終結素材の交替——高低交替和音が登場。これは第4楽章パッサカリア主題の予告。コーダが再現部の倍以上ある(109小節 対 50小節)。重心を後ろへ寄せ、コーダを実質の本体にした設計
P-c 反復絶頂
P-c final
m.319 C dur P-c'' P-c素材が三度出現(A durを経て→C durへ)。Triangle ロールとともに P-c 素材が頂点に達する。
→ 聴取:P-c が3度、突然に現れる(m.1・m.199・m.319)。楽章全体を貫く構造パターン
P-a最終提示
終止
m.347 C dur I:PAC P-a final VnのみがP-aの下行線をunison。長い和音が調性付与される。Wnが徐々に加入。VnのTimp rollとjoyfulコード(Triangleロール)→3つの短い和音(Triangle・Timpani)が楽章を閉じる。
→ 聴取:P-a に始まり P-a に閉じる円環。最後の3打は第4楽章 3/4 拍子の予告とも読める
第3楽章:形式上の特異点
  • スケルツォでなくソナタ形式:ブラームス4交響曲中「スケルツォらしい」唯一の楽章が、唯一スケルツォ形式(A-B-A)を採らない逆説
  • トリオなし:ソナタ形式採用によりcontrastingトリオが存在しない。対比は第2主題(S)が担う
  • 短縮再現部(foreshortened recapitulation):P群52小節→再現約30小節。コーダ109小節がむしろ主役(KDH確認:357mm総計)
  • コーダが再現部の2倍超:再現部50小節・コーダ109小節——「コーダが本体」という設計
  • P-c素材の3度の突然登場:m.1, 199, 319 の3回——楽章を貫くarcitectural pattern
  • 第2主題が展開部・コーダでほぼ不在(KDH・Wikipedia確認):S素材は再現部のみに集約される異例の処置
  • m.181 「Poco meno presto」:展開部末尾の小休止。第2楽章のHornテーマを思わせる性格——楽章間の連関
  • コーダの高低交替和音(m.295付近):第4楽章パッサカリア主題の構造的予告とも読める
  • 追加打楽器Triangle:ブラームス全交響曲中唯一のTimpani以外の打楽器——祝祭色の源泉。初演時は大受けでアンコールを求められたと伝わる(Frisch p.199)
  • 終楽章の「内聴会(prehearing)」:アラン・ウォーカーの言葉で、この楽章は終楽章シャコンヌ主題を先取りする(Frisch p.199)。第5小節 ffz の「ファ−ラ」二和音に始まり、第93小節(展開部頭)で2小節に拡大され、コーダ第317小節で頭の音を並べると ラ→シ♮→ド→レ→ミ♭ ——移調すれば次楽章シャコンヌ主題の最初の5音そのものになる(pp.199–200、譜例8-11)
  • 比率の逸脱:展開部111小節は呈示部88小節より約25%長く、コーダ76小節は再現部83小節より僅か10%短いだけ。ジェームズ・ウェブスターの示すブラームス後期ソナタの基準値から外れる(Frisch p.200)。「3部形式の中間部的な作りでは、どうあってもこのような推進力は得られない」(p.200)——スケルツォ形式を捨てソナタ形式を選んだ理由がここにある
第4楽章 Allegro energico e passionato — Più Allegro
形式:パッサカリア(シャコンヌ)+コーダ
主調:e moll 拍子:3/4(第2セクションのみ 3/2) 総小節数:311小節 追加楽器:3Trb / Contrafagott 出典:Bach BWV 150
第1セクション 3/4拍子
主題+Var.1–11
m.1–96
第2セクション
3/2拍子
Var.12–15
m.97–128
第3セクション 3/4
Var.16–30
m.129–248
コーダ
Più Allegro
m.253–311
主題
m.1–8
Trb ff宣言
Var.1
m.9–16
弦・3/4
Var.2
m.17–24
Var.3
m.25–32
Trb
Var.4
m.33–40
1楽章引用
Var.5
m.41–48
頂点
Var.6
m.49–56
Var.7
m.57–64
1楽章引用
Var.8
m.65–72
Var.9
m.73–80
Var.10
m.81–88
減速・転換
Var.11
m.89–96
3/4最終
Var.12
m.97–104
3/2開始・Fl独奏・e moll→E dur
Var.13
m.105–112
E dur・Cl/Ob
Var.14
m.113–120
Trbコラール・E dur
Var.15
m.121–128
Trbコラール拡大・3/2最終
Var.16
m.129–136
3/4復帰 ff
Var.17
m.137–144
Var.18
m.145–152
Var.19
m.153–160
Var.20
m.161–168
Var.21
m.169–176
Var.22
m.177–184
Var.23
m.185–192
擬似再現
Var.24
m.193–200
Var.1–3参照
Var.25
m.201–208
Var.26
m.209–216
Var.27
m.217–224
Var.28
m.225–232
Var.29
m.233–240
1楽章引用(pizz)
Var.30
m.241–248
移行4小節
m.249–252
コーダ(Più Allegro)
m.253–311
3/4・e moll・主題反復→終止
■ 第1セクション(3/4)Var.1–11 ■ 第2セクション(3/2)Var.12–15 ★拍子変化 ■ 第3セクション(3/4)Var.16–23 ■ 擬似再現(3/4)Var.24–30 ■ コーダ
検算:主題8小節+30変奏×8小節(240)+移行4小節(m.249–252)+コーダ59小節(m.253–311)=311小節で総小節数と整合(変奏は厳密に8小節単位)。
第1セクション(主題+Var.1–11) 3/4拍子 m.1–96
区分変奏/小節調性拍子内容・性格・聴取ポイント
主題提示 m.1–8 e moll 3/4 Trb 3本のffで8音主題を宣言(E–F#–G–A–B–C#–D–E の上行)。第5音B前後の和声がクロマティック——バッハカンタータ第150番「Nach dir, Herr, verlanget mich」終楽章のオスティナートから借りた核心。ブラームスは1882年、この主題を友人に見せ「見てくれも悪いし単純過ぎるので、多少半音階的な手直しをしなくてはならんだろう」と書き、原主題に半音上げた音(ラ♯)を加えた(Frisch p.203、譜例8-13/8-14)。
→ 聴取:まず低いトロンボーンの8音を覚える。この主題が以後30回、姿を変えて鳴り続ける
第1群
Var.1–11
(第1主題群的)
Var.1 m.9
→Var.11 m.89
e moll 3/4 激しいリズムと強奏が支配。Var.3でTrbが再登場。Var.4・7は第1楽章の3度下行動機を明示的に引用。Var.10で音量・密度が減少し第2セクションへの橋渡し。Var.11末尾でe mollへの「支配音」が準備される。
→ 聴取:どの変奏も8小節の枠を崩さない。その閉じた繰り返しの中で何を変えていくかを聴くのがパッサカリア
第2セクション(Var.12–15) ★3/2拍子 m.97–128
区分変奏/小節調性拍子内容・性格・聴取ポイント
Var.12
Fl独奏・拍子変化
m.97–104 e moll 3/2 拍子が 3/4 から 3/2 へ変わる、楽章の転換点。Fl独奏が長大で美しく、足取りの定まらない旋律を提示——主題の8音型はFl旋律の中に埋め込まれている。弦はpizz off-beatで支える。
→ 聴取:拍子が広がり、音楽が大きく息を吸い込む。3/4 の張りつめた歩みが、ここでほどける
Var.13
長調化
m.105–112 E dur 3/2 初めてE major(長調)に転換。Cl/Obが穏やかな旋律を受け渡す。Vn/Hnはsoft off-beat和音。主題の音型は音楽的テクスチャーの中に潜在。末尾でPlagal解決(A→E)が遅延される。
→ 聴取:初めて E dur(長調)に転じる。光が差すような色合いの変化
Var.14
Trbコラール・核心
m.113–120 E dur 3/2 Trb 3本が荘重なコラールを奏でる(BsnとHrnが加わる)。Va/Vcが短い上行アルペジオで応答。Plagal終止(A→E)の解決が再び遅延。楽章中最も「古楽的」な響き——バロック的敬虔さ。
→ 聴取:Trb 3本が、荘重なコラールを奏でる。冒頭の激しい宣言と同じ楽器とは思えない、静かな使い方
Var.15
コラール拡大・断絶
m.121–128 E dur 3/2 コラールにWoodwind(Fl除く)とTpが加わり拡大。弦も応答に参加(Va/Vn下行 vs Vc上行)。Plagal解決が再び遅延——今度は最後まで充足されない。Flが短い下行線を奏してa mollに停止(pause)。そして次の瞬間、Var.16のffが突然割り込む。
→ 聴取:解かれないままの Plagal 終止を、Var.16 の ff が断ち切る。3/2 の静けさが暴力的に破られる
第3セクション(Var.16–23) 3/4拍子復帰 m.129–184
区分変奏/小節調性拍子内容・性格
第3群
Var.16–23
(展開群・3/4復帰)
Var.16 m.129
→Var.23 m.185
e moll・転調 3/4(復帰) Var.15の「解決されない停止」から突如として3/4 ffで爆発(Var.16)。和声的・テクスチャー的に最も複雑な区間。テンポ感が増し転調も加速。ソナタ形式の展開部に相当する緊張蓄積。
→ 聴取:3/2 の静けさから 3/4 の轟音へ、音楽が断ち割られる。Var.15 の宙吊りを受けた、計算された落差
擬似再現部(Var.24–30) 3/4 m.193–248
区分変奏/小節調性拍子内容・性格
擬似再現部
Var.24–28
Var.24 m.193
→Var.28 m.225
e moll 3/4 Var.24–26がVar.1–3を参照する「擬似再現」(Brass全奏で冒頭素材回帰)。激しく絶望的な怒りの性格。Var.27–28で緊張が再び高まる。
Var.29
第1楽章引用
m.233–240 e moll 3/4 弦がpizzicato unison で第1楽章主題の下行3度連鎖を直接引用(Schoenberg指摘)。Flが上行2度の飛躍型で対比。交響曲全体の「円環」がここで完成する。
→ 聴取:第1楽章冒頭の Vn 旋律が、pizzicato で戻ってくる。全4楽章にわたる下行3度の伏線がここで閉じる(Schoenberg)
Var.30
+移行4小節
m.241–252 e moll 3/4 最終変奏。その後唯一の8小節規律からの逸脱:4小節の移行部(m.249–252)でコーダへ橋渡し。全30変奏を通じてこの4小節のみが例外。
コーダ(Più Allegro) m.253–311 計59小節
区分変奏/小節調性拍子内容・性格
コーダ本体 m.253–311
(59小節)
e moll 3/4 テンポが増しffで主題素材を猛烈に反復・圧縮。長調転換なし、救済なし。ブラームスの全交響曲で唯一、短調のまま閉じる。
この楽章の形式上の特異点
  • 二重の形式:パッサカリア(バロック反復)とソナタ形式的4区分が重層共存
  • 拍子変化(3/4→3/2→3/4):Var.12–15のみ3/2拍子。音楽の息づかいそのものが変わる、楽章の構造的な転換点
  • Trbコラール(Var.14–15):冒頭の激烈なTrb宣言とは対極の、古楽を思わせる敬虔さ。解決されないPlagal終止が3回遅延し、Var.16の爆発で断絶される
  • 8小節絶対規律の唯一の破壊:Var.30直後の移行4小節(m.249–252)のみが例外——このただ一度きりの逸脱がコーダの突入を際立たせる
  • 第1楽章主題引用(Var.29):pizzicato下行3度連鎖でSymphony全体の円環が閉じる(Schoenberg "Brahms the Progressive")。Frisch は第29変奏の8分音符を小節の頭ごとに抜き出すと上行音階=シャコンヌ主題の最初の4音になると指摘し、第1楽章第1主題とシャコンヌ主題が同じ素材だと「瞬時に認識させる顕現」と呼ぶ(pp.210–212、譜例8-20)
  • 短調終結:ブラームス全4交響曲中唯一。総小節数311mmのコーダは第1楽章のものより大規模
  • 主題の出所と系譜:バッハ・カンタータ第150番の終楽章オスティナートに由来(1882年の書簡)。Frisch は「ベートーヴェン以降マーラーまでに書かれた交響楽章として、これほど風変わりな曲もない」「19世紀の交響曲史上ここにしかない瞬間——過去と現代の実践を統合する最も徹底した試み」と評す(pp.202–203)。背景にブクステフーデ、バッハ『パッサカリア ハ短調』、『エロイカ』フィナーレ、後世にレーガー・ツェムリンスキー・ウェーベルンのPassacaglia(p.203)
  • シャコンヌ主題の和声的多義:主題はミに始まりミに終わるのに、和声はイ短調和音で始まり下属側を向く。ホ短調とも イ短調とも解析でき、終わりから2つ目に「フランス六」が置かれる——この調性の曖昧さ自体が主題の本質で、以後の変奏がこの多義を汲み尽くしていく(Frisch p.206)
  • パッサカリアにソナタ形式を重ねる(Frisch):呈示部=主題〜Var.15(第1主題群 主題–Var.9/経過 Var.10–11/第2主題群 Var.12–15)、展開部=Var.16–23、自由な再現部=Var.24–30、コーダ=m.253–(pp.204–205)。第3楽章と同型で、主題が展開部頭(Var.16)に主調で戻り、再現部(Var.24)は第1変奏のリメイクで始まる
  • コーダ=「シャープとフラットの戦い」:シャコンヌ主題5音目のラ♯/シ♭が、まずト短調・C7(ホ調のドイツ六)で和音化されて「ド/ハ長調」を呼び戻し(m.257–)、m.295 でついに根音ファ♯の属七に読み換えられて「シャープ系」が勝ち、ド♮が和声から消える。全曲を支配した和声的緊張がここに要約される(Frisch pp.211–212、譜例8-21)。「フィナーレを綿密に解析した者は、形式/主題/和声がこれほど対等な作品は他にないことに衝撃を受ける」(p.213)

参考文献

Ursa Epicure 楽曲ガイド | ursaepicure.comガイド一覧