楽曲ガイド 作品と関連記事

マーラー:交響曲第6番 イ短調

Gustav Mahler, Symphony No. 6 in A minor(1903–04/改訂 1906)

主調の地図:イ短調に始まり、イ短調で終わる。

出典・底本
底本=Kritische Gesamtausgabe(Erwin Ratz 校訂 1963/Füssl・Kubik による改訂刷 1998–2000。C.F. Kahnt 版番号 4526/KT 4526、263頁。IMSLP #522228)。この版は小節番号を刷ります——1906年の Kahnt 初版フルスコアと Dover 復刻は四角囲みの練習番号(Ziffer)しか刷らないので、小節番号を使う分析文献と手元のスコアを突き合わせるにはこの版が要ります。本ガイドは底本の PDF を通しで開き、以下を自分で確認しました:楽章末に印刷された総小節数 (481)(p.76)(446)(p.125)(201)(p.148)(822)(p.263)、扉と第1楽章の標題「Symphonie No 6」「Allegro energico, ma non troppo/Heftig, aber markig」(p.3)、モットーの位置(p.12)、牛鈴の脚注(p.35)、ハンマー2打の位置と脚注(p.194・p.216)、削除された第3打の位置にハンマー譜表が無いこと(p.260)、終結の1ページ(p.263)。さらに各楽章の冒頭ページ(p.77 スケルツォ/p.126 アンダンテ/p.149 終楽章)、トリオの指示「Altväterisch」(p.89)、終楽章の再現部の調号解除とテンポ表示(p.238)。
「Heftig, aber markig」であって「marschmäßig」ではありません。後者の表記が広く流布していますが、版面にそう刷ってある事実は確認できませんでした。
★ 練習番号は全曲通しで振られ、内声2楽章の順序で番号がずれます。底本はスケルツォを第2・アンダンテを第3に刷り、その Ziffer はスケルツォ46–86/アンダンテ87–103です(本ガイドが版面で確認:p.78=46、p.125=86、p.127=87、p.147=103)。スケルツォが41、アンダンテが17を占めるので、マーラー自身が演奏した順(アンダンテ第2)の版ではアンダンテ46–62/スケルツォ63–103になります。開始点は実測しました——アンダンテ第2で刷られた IMSLP #514284 では、スケルツォの2ページ目(p.101)が Ziffer 63(本ガイドが版面で確認)。底本の同じ箇所は 46 なので、内声2楽章の番号はちょうど17ずれます。上限の103は算術で、版面では確かめていません。1906年に順序を替えたとき Kahnt はページ番号と練習番号を振り直して約72ページを彫り直しました(Bruck 2004, p.20)。内声2楽章の Ziffer は、版と楽章順を添えないと通じません。小節番号は楽章ごとに振り直されるので順序の影響を受けず、第1楽章(Ziffer 1–45)と終楽章(104–166。p.151 で確認)の Ziffer も影響を受けません。
★ 第1楽章の小節番号には5小節ずれた2系統があります。提示部の1カッコ(5小節)を数えるかどうかで、2カッコ以降が全部ずれます。本ガイドは底本=KGA の系統(総小節数 481)を採り、Monahan 2015・Floros・O'Loughlin・Schweitzer と一致します。もう一方の系統(総小節数 486)は Monahan 自身の2008年学位論文・Samuels・Matić が使い、展開部開始を123ではなく128とします。Seth Monahan が両方の系統にまたがっている——2008年と2015年で区分の長さは同一なのに、反復以降の数字だけが5ずつ動く——ことが、これが分析上の対立ではなく数え方の約束の違いだと示しています。表では主要な境界に括弧で他系統の番号を添えました。
主な分析ソース:Niall O'Loughlin「Interconnecting Musicologies: Decoding Mahler's Sixth Symphony」Muzikološki zbornik XXXIX (2003), 31–49(査読誌・全文公開。モットー・コラール・牛鈴の全曲センサスを小節番号つきで持つ、無料で読める最良の資料)/Benjamin G. Schweitzer「Chorale and Collapse: An Analysis of Mahler's Sixth Symphony」(CUNY Queens College 修士論文, 2022。終楽章の完全な形式表 Table 10.1 と全曲の調計画)/Seth Monahan Mahler's Symphonic Sonatas(Oxford UP, 2015)の図版PDF(出版社が無料公開)と第1楽章の注記つき縮約譜/Constantin Floros Gustav Mahler: The Symphonies/Robert Samuels Mahler's Sixth Symphony: A Study in Musical Semiotics(Cambridge UP, 1995)/Paul Bekker Gustav Mahlers Sinfonien(1921) の Kelly Dean Hansen による英訳。
Bekker を引くときの注意:Hansen の序文が明記するとおり、Bekker の原文には小節番号も練習番号も一つもありません。英訳中の「mm. x–y」はすべて Hansen の補いです。本ガイドが Bekker から採ったのは音の描写だけで、位置は底本と他資料から取りました。
Warren Darcy「Rotational Form, Teleological Genesis, and Fantasy-Projection in the Slow Movement of Mahler's Sixth Symphony」19th-Century Music 25/1 (2001) はアンダンテの中心的研究ですが有料で本文に到達できませんでした。本ガイドがアンダンテで Darcy に帰する内容は、すべてSchweitzer が頁番号つきで引用している範囲です(孫引きであることを明示します)。同じく Del Mar、Jülg、Andraschke、La Grange、Kubik の校訂報告は未見です。
参照録音は固定していません。この曲の区分に紐づけて経過時間を示した公開資料が見当たらず、本ガイドでも計測していないので、区分ごとの時間目安(≈mm:ss)は付けていません。推測の時間は書きません。
分析者で見解が分かれる箇所(第1楽章の再現部の性格、終楽章の形式境界、内声2楽章の順序)は本文と特異点に両論を併記します。

全4楽章の俯瞰

楽章形式主調拍子形式上の変型聴きどころ
I. Allegro energicoソナタ形式イ短調 → イ長調4/4提示部を文字どおり反復する。第1交響曲以後これだけ(Bekker)。再現部が同主長調で始まってすぐ短調へ落ちる低弦のごつごつした行進で始まり、途中でトランペットとオーボエが長三和音を短三和音へ落とす2小節が置かれます。これが全曲を貫く合図で、以後この和音が出るたびに何かが翳ります。中ほどで音楽が急に静まり、遠くの牛鈴とチェレスタが鳴る場面があります。
II. Andante moderato主題提示と3つの「瞑想」変ホ長調4/4主調がイから三全音離れる。全曲でここだけ長調で閉じる弱音器を付けない第1ヴァイオリンが、伴奏らしい伴奏も持たずに歌い出します。中ほどでホ長調の明るい場面が開き、牛鈴とチェレスタとハープが加わって、この交響曲でいちばん陽の当たる音楽になります。ただしその明るさは属和音に届いた途端に崩れます。
III. Scherzo. Wuchtigスケルツォ=トリオイ短調3/8スケルツォ3回・トリオ2回。調の配置が第1楽章を縮尺で反復し、スケルツォ部は出るたびに短くなるティンパニが低いイの音を打ち、第1楽章の行進が3拍子へねじられて戻ってきます。トリオは「Altväterisch(古風に)」と指示され、拍子が3つと4つのあいだでよろけます。最後は崩れて、断片とすすり泣きのようなものだけが残ります。
IV. Finaleソナタ形式(大序奏つき)ハ短調 → イ短調¢(4/4 の箇所あり)822小節。序奏だけで113小節あり、展開部は291小節。偽再現を挟む。ハンマー打が2回(当初3回)ハープとチェレスタの一撃から、低い管楽器の葬送のようなコラールが立ち上がります。中ほどで2度、木槌が打ち下ろされて音楽が崩れます。終わり近くにイ長調が広く開きますが、それは保たず、最後は全奏の一撃とティンパニの行進リズムを経て、弦の弱いピッツィカートで終わります。
楽章をまたぐ仕掛け:①モットー(イ長調の三和音が短三和音へ落ちる和音+ティンパニの付点リズム)。O'Loughlin の数え方では第1楽章に3か所(うち提示部反復で1か所が2回鳴るので通算4回)、スケルツォに3回、終楽章に10回。アンダンテには出てきません——「長三和音が短調へ変わることなく持続する」(O'Loughlin)のはこの楽章だけです。②行進のリズムが第1楽章のティンパニ(小節57)から終楽章の最後のティンパニまで通っています。③コラール——第1楽章の小節61–76に出るものが、展開部(203–14)と変ホ長調の単独提示(239–42)を経て、アンダンテの小節165に一瞬戻ります。④牛鈴(Herdenglocken)は第1楽章・アンダンテ・終楽章に出て、スケルツォには一度も出ません。第1楽章とアンダンテでは変ホ長調圏の牧歌ですが、終楽章の2回はニ短調とハ短調で鳴ります(O'Loughlin)。

編成

底本 p.149(終楽章)の楽器欄をそのまま写す——この楽章が最大の編成で、ハンマーと鐘類を含む。ピッコロ/フルート4/オーボエ4/イングリッシュホルン/D管クラリネット/B管クラリネット3/バスクラリネット/ファゴット4/コントラファゴット/ホルン8/トランペット6/トロンボーン3+バストロンボーン/バステューバ/ティンパニ2対(2人)/鉄琴/牛鈴/深い鐘/大太鼓/トライアングル/小太鼓/シンバル/タムタム/Rute(棒の束)/ハンマー/ハープ2/チェレスタ/弦五部(チェロは3部に分割)。楽章ごとに楽器欄が違うのがこの曲の設計で、本ガイドが版面で確認した範囲では、牛鈴とチェレスタはスケルツォにだけ無く、木琴・鉄琴・タムタムはアンダンテにだけ無い。木琴は終楽章の欄にも無い。第1楽章とスケルツォのクラリネットは変ホ管で、終楽章ではニ管に変わる。演奏時間:マーラー自身が指揮用スコアの表紙に書いた楽章時間を Hurwitz が足すと、33分(第1楽章+スケルツォ)/14分(アンダンテ)/30分(終楽章)=およそ77分になる。
この曲の最大の版問題:内声2楽章はどちらが先か
  • 事実として争いのない部分:マーラーはスケルツォを第2・アンダンテを第3として作曲し、1906年3月の初版(Kahnt, 版番号4526)もその順で刷った。ところが1906年5月27日エッセンでの初演の直前に順序を入れ替え、以後アンダンテを第2として演奏した。総練習のあとの決断だったと、稽古の助手を務めたクラウス・プリングスハイムが1920年に書いている。エッセンで使った指揮用スコアの表紙には、楽章の演奏時間が青鉛筆で書かれている(Kaplan 編 2004 の図版6:第2楽章 15/12、第3楽章 12/15、第4楽章 32/31)。向きに注意が要る——Bruck の本文は「アンダンテ第2の時間が、スケルツォ第2に対応する時間で上書きされている」と書く。つまり表紙に最後に残った層はスケルツォ第2であり、Bruck 自身はこれを決定の証拠ではなく「マーラーの当初の迷い」の跡と読む(本ガイドが原文で確認)。
  • マーラーは撤回しなかった。初演後、Kahnt は売れ残りの全部数に正誤票を挟み、同年11月に楽章を入れ替えた新しい刷りを出した(Bruck)。マーラーが自分で指揮した残る2回(1906年11月8日ミュンヘン、1907年1月4日ウィーン)のプログラムもアンダンテ第2。1907年1月と1909年7月にメンゲルベルクのスコアを取り寄せて手を入れたときも、順序は変えていない(Bruck 2004)。
  • 逆順が復活した経緯:1919年10月1日、メンゲルベルクの問い合わせにアルマが電報で「Erst Scherzo, dann Andante(まずスケルツォ、次にアンダンテ)」と答えた。ただしこの電報は現物が確認されていない——Bruck の脚注は「メンゲルベルク文書庫を最近調べたが、この電報もそれへの言及も出てこなかった。アルマからメンゲルベルク宛の他の書簡・電報は十数点が丁寧に目録化されているのに」と記す。伝わっているのは1958年の学会報告(Bernet-Kempers)経由である。メンゲルベルクはこの電報を受けて自分のスコアに「Nach Mahlers Angabe II erst Scherzo dann III Andante」と書き込み、1920年にその順で演奏した。Bruck 自身が「スケルツォ第2を支持する『証拠』として、他のどれよりも多く引かれてきた」と認める物件である。Erwin Ratz はこれを踏まえて1963年の批判校訂版でスケルツォ第2に戻した。2004年、Ratz の書簡を調べたReinhold Kubik は、Ratz が根拠として挙げた事柄——アルマの「マーラーがアムステルダムで演奏した順が正しい」という返答(マーラーはアムステルダムでこの曲を演奏していない)、ルドルフ・メンゲルベルクが書いたとされる証言(書簡そのものは実在するが、Ratz が彼に帰した「晩年に原順序を選んだ」という一文は書かれていない。実物にあるのは「私個人としては、和声上・建築上の理由からこの順序を好む」というスケルツォ第2支持である)——を否定し、国際マーラー協会の公式見解としてアンダンテ=第2を宣言した。2010年の Kubik 版、2026年の Breitkopf 版(Riedel/Pfefferkorn 校訂)もその順で刷る。
  • 2つの問いを分ける必要がある。(a) マーラーが最後に承認したのはどちらか——ここは史料の階層がはっきりしている。スケルツォ第2は作曲時と初刷の状態、アンダンテ第2は初演前の変更・生前の全公演・訂正票・以後の全刷であり、彼が戻したことを示す同時代資料は無い。国際マーラー協会と現行の批判校訂版はこれを根拠にアンダンテ第2を採る。(b) どちらの順で演奏するか——こちらは開いている。以下は (b) の議論である。
    David Hurwitz は2010年版への書評で、証拠は両方の読みを等しく支えると論じる——作曲・出版はスケルツォ先、演奏は3回ともアンダンテ先、1919年のアルマの証言はスケルツォ先。批判の核は「退けたこと」ではない——「アルマのメンゲルベルク宛の明確な言明を退け、しかも残りの事実からマーラーの最終的な意図を見抜いたと称する限りにおいて、彼らは Ratz とまったく同じ誤りを犯している。読心術師を演じているのだ」(本ガイドが原文で確認)。
    音楽的な論拠も1つではない。①モットーの長調→短調の崩れが楽章のあいだでも働く(第1楽章の終わり→スケルツォの開始、アンダンテの終わり→終楽章の開始)のはスケルツォ第2のときだけ。②第5番までの先例に照らせば、関連する楽章の対を引き離さない。③マーラー自身が指揮用スコアに書いた楽章時間を足すと、第5番のような三部構成になる——「33分(第1部:第1楽章+スケルツォ)、14分(第2部:アンダンテ)、30分(第3部:終楽章)」。アンダンテが中心の支点になるのはそれが第3楽章に置かれたときだけだ、というのが Hurwitz の骨格である。La Grange も「第6番は常に『2つの版を持つ作品』であり続ける」とした(Bruck 経由の孫引き)。Donald Mitchell「この件に正解も不正解もない。私たちは今後も両方を、まったく正当に聴いてよい」(同じく孫引きで、本ガイドは出所の原文に到達していない)。
  • 逆向きの音楽的論拠:O'Loughlin は、アンダンテの小節165に第1楽章のコラールが一瞬戻ることを指して、「アンダンテがスケルツォの後に置かれたら、この回想の意味は間違いなく失われる」と書く。第1楽章から遠すぎるからである。O'Loughlin は上の①②への反論も書いている——「アンダンテの静謐な時間のあいだに聴衆が第1楽章を忘れるなどと言うのは、聴衆の知性を侮辱している」(スケルツォを第1楽章に隣接させよという David Matthews の主張への応答。本ガイドが原文で確認)。さらに、アルマ自身の回想が電報と食い違う——同じ本でアルマは子どもの遊びの音楽を「第3楽章で」描いたと書いており、これはスケルツォを第3楽章と数えている、つまりアンダンテ第2の順である(O'Loughlin の指摘。本ガイドが Creighton 訳で確認)。人物評や年代の齟齬より、この文書上の自己矛盾のほうが強い材料である。さらに同じ著者はこの問題だけを論じた論文を書いている——「The Movement Order of Mahler's Sixth Symphony: Musical Considerations」Muzikološki zbornik 44/2 (2008), 39–52。主題の連関・和声の連関・作品の筋・指揮者の見解の4章立てで、本ガイドはスロヴェニア国立大学図書館のデジタル図書館(dLib.si)から全文を取得して読んだ(学術誌自身の配信は壊れており、そちらのPDFを取りに行くと同号の別論文が返る)。
    そこには上の①②③への具体的な反論がある。①への反論:第1楽章の終わりとスケルツォの始まりを「モットーの長短」で結ぶ読み(Andraschke)は「巧妙だが支持しがたい」——モットーの長短の変化は第3音を下げた持続和音で作られるのに、第1楽章の終わりは8分音符ひとつ、スケルツォの冒頭はティンパニと低弦の低いイで、持続するイ短調和音が無いから(本ガイドが底本 p.76・p.77 で見た版面もそのとおりだった)。③への反論:マーラー自身が1906年の正誤票に記したアンダンテの時間は14分で、アンダンテを第2に置く近年の録音(アバド、フィッシャー、ゲルギエフ)はそれを下回る。第3楽章に置く演奏が通常15〜17分かかるのは、この楽章にマーラーの意図より重い荷を負わせてきた結果ではないか、というのが O'Loughlin の見立てである。
    実演で両方を試した例もある。イヴァン・フィッシャーは「ヨーロッパの長期ツアーに第6番を持って行き、毎回の演奏会で内声2楽章の順を入れ替えた」——「スケルツォ第2の演奏では楽章間の移行が素晴らしく、建築全体が筋を通した。ただ第1楽章のあとに来るスケルツォの大きさと重さには、はっきりした落ち着かなさを感じた。アンダンテ第2の演奏会では、均衡と変化が見事だった」。
  • 本ガイドの扱い:パネルはマーラー自身の演奏順(アンダンテ第2・スケルツォ第3)で並べた。現行の批判校訂版もこの順である。ただし小節番号の底本は Ratz 版(スケルツォ第2)で、小節番号は楽章ごとに振り直されるので順序の影響を受けない。影響を受けるのは練習番号だけで、内声2楽章の Ziffer は上の「出典・底本」に両方を書いた。
全曲を貫く素材
モットー(長調→短調)
イ長調の三和音が、同じ位置のままイ短調へ落ちる2小節。初出は第1楽章 m.59–60。3本のトランペットが ff の長三和音から pp の短三和音へ落ち、4本のオーボエは逆に p から ff へ育つ。音色が金属的な輝きからオーボエのガラス質へ入れ替わる(Bekker)。終楽章の最後(m.820–21)だけは短調しか鳴らない。
行進のリズム
付点の歩調。第1楽章 m.57 でティンパニ2人と小太鼓が始め、モットーの直前・同時・単独と現れ方を変えながら全曲を歩き続ける。いちばん最後に残る音の一つでもある(終楽章 m.816 以降、ティンパニ「a 2 Pesante」)。
コラール
第1楽章 m.61–76、モットーの直後に木管が置く16小節の和音進行。最初の4小節のそれぞれで長短が入れ替わる。下では行進主題が骨だけになってピッツィカートで刻まれる(O'Loughlin)。再現部では倍の速さで現れ、アンダンテ m.165 に一瞬だけ戻る。
第2主題(「アルマの主題」)
第1楽章 m.77、ヘ長調、指示は「Schwungvoll(勢いよく)」。3音の上行アウフタクトで始まり、短い音型が一段ずつ上へ積まれる。ヴァイオリンとフルート。アルマは夫が「君を主題で描こうとした」と言ったと回想したが、その回想の信頼性には批判がある(下記)。
牛鈴(Herdenglocken)
第1楽章 m.196 以降、アンダンテ m.84–99/m.155–59、終楽章 m.239 以降と m.554 以降。スケルツォには出ない。置き場所が楽章ごとに書き分けられている——第1楽章は「in Entfernung aufgestellt(遠くに配置して)」(底本 p.35)、アンダンテは「im Orchester(オーケストラの中で)」(p.134)、終楽章は「in der Ferne(遠くで)」(p.182)。いずれも本ガイドが版面で確認した。遠い・近い・遠いで、同じ音色が2度と同じ距離で鳴らない。マーラーは「牧場の群れの、遠くから寄っては離れて響く鈴の写実的な模倣」と書き、同じ脚注で「この技術的注記はいかなる標題的解釈も許さない」と釘を刺している。
ハンマー打
終楽章の m.336(fff)と m.479(ff)。譜表名は「Hammer」で、脚注に「短く、力強く、しかし鈍く響く、金属的でない性質の一撃」。底本はさらに「(斧の一撃のように)」を添える。指定されているのは音であって楽器ではないので、舞台に出てくる物は楽団ごとに違う。3打目は終楽章 m.783 にあったが、マーラーが削り、そのとき周囲の管弦楽法も書き換えた。

第1楽章 Allegro energico, ma non troppo(Heftig, aber markig)

「激しく、しかし芯を持って」——底本 p.3 の版面表記。広く流布する「marschmäßig(行進曲ふうに)」ではありません。
ソナタ形式(提示部を文字どおり反復)
主調:a moll → A dur4/4 481小節Ziffer 1–45 牛鈴・チェレスタ・木琴 位置:小節(KGA)+別系統を括弧に
提示部(反復あり)
m.1–122
展開部
m.123–285
再現部
m.286–373
コーダ
m.374–481
区分は Monahan の図 4.1(Oxford UP が無料公開する図版PDF。本ガイドが原本で確認)。幅は小節数に比例しますが、提示部は反復されるので実際に鳴る長さは倍です。Monahan が提示部を「127小節」とするのは m.1–122 に1カッコの5小節を足した数と一致し、展開部の「163小節」は m.123–285 とちょうど合います。この5小節を数えるかどうかが、冒頭で述べた2系統の分かれ目です。ただし同じ図の残り2ブロックは合いません——図は再現部を「86小節」とするのに境界 286→373 は88小節、コーダを「107小節」とするのに 374→481 は108小節になります(以上すべて本ガイドの検算)。上の帯の幅は境界から計算した88と108で描いています。境界どうしを足すと 127+163+88+108=486 となり、版面の総小節数 481 に1カッコの5小節を足した数と一致するので、合わないのは図の小節数表示のほうだと判断しました。
提示部 m.1–122(→ m.6 へ反復)
区分小節/Ziffer調主題内容・性格・聴取ポイント
序奏の行進(5小節) m.1–54/4 a moll 行進 低弦がイの音の上でごつごつした荒いスタッカートの4分音符を刻み、小太鼓が短い打を添える。弱拍に頑固なアクセントを置いた短い音型が、荷を振り落とそうとするようにぎくしゃくと上へ突き上げる(Bekker)。
→聴取:まだ主題ではありません。5小節だけの助走です。この歩調が最後の最後、終楽章のティンパニまで消えません
第1主題群 P m.6[1]・反復開始 a moll P 「第5小節の完了とともに荷は投げ捨てられ、主題が力強く踏み出す」(Bekker)。ヴァイオリンは音を厚くするためにイの音を4の指と開放弦で重ねて弾き、8本のホルンがほとんど吼えるような2つの和音で支える。m.103本のトロンボーンがニ短調で反復。主題は終止に到達しない(Monahan「no closure」)。
→聴取:ほぼ全小節にある広いオクターヴ跳躍が、この曲の身振りそのもの。のけぞるようで、同時に決然として聴こえます
変形反復 / 溶解する反復 m.25 / m.43属音保続 m.47 a moll → E P m.25 ではオクターヴ跳躍が上行から下行へ反転する(Saunders)。m.43 以降、主題は16分音符へほどけ、やがてトリルへ溶けて属7の上で足踏みを始める。
→聴取:同じ主題が形を崩しながら3回来ます。3回目で輪郭が失われ、和音が止まります
モットー(長調→短調) m.57 / m.59–60[7]=m.61 A dur → a moll モットー m.57ティンパニ(2 Pauker)と小太鼓(doppelt besetzt)が付点の行進リズムを打ち始める。
m.59–603本のトランペット(offen)が ff の長三和音から pp の短三和音へ落ち、4本のオーボエは中声を重ねて逆に p から ff へ育つ。「響きは鳴りながら変質する。トランペットの金属的で輝く性格に始まり、オーボエの透明でガラスのような音へ移る」(Bekker)。以上は本ガイドが底本 p.12 で確認した。
→聴取:この2小節がこの交響曲の合図です。和音の高さは動かず真ん中の音だけが半音下がり、楽器が入れ替わるので、光が引くように聴こえます
移行 TR=コラール(16小節周期) m.61–76[7] Stets das gleiche Tempo a/C コラール 木管が持続した和音進行を ppp espr. で置き、その下で冒頭の行進主題が骨だけになってピッツィカートで刻まれ、ヴァイオリンから低弦へ落ちてまた昇る(O'Loughlin)。「神秘的な薄明」——最初の4小節のそれぞれの中で長短が入れ替わる(Bekker)。m.69準–中断終止。
→聴取:行進が急に和音の膜になります。この和音進行が全曲を旅して、アンダンテの m.165 に一瞬だけ帰ってきます
第2主題 S1「アルマの主題」 m.77(8+6)[8] Schwungvoll F dur S1 「勢いよく」。3音の上行アウフタクトで始まり、短い音型が一段ずつ上へ積み上げられる(m.78–79)。ヴァイオリンにフルートが乗り、「弦の輝きと官能的な温かさを放つ」(Bekker)。Monahan はヘ長調が属和音からの「偽の」進行で据えられる点を強調する。
→聴取:行進の反対物。ひとつながりに大きく息をして、自分で自分を押し出していく旋律です
S2 / S1 再示 m.91(4+4)/ m.99(8+8)m.77–115=三部構造 F dur S2S1 m.91 で歌が止められ、冒頭主題が鋭いピッツィカートと短い管のリズムで割り込む(S2 は P 由来)。m.99木管の上声が歌を引き取り、ホルンとトランペットが模倣で呼び交わし、弦・ハープ・チェレスタが豊かな音型で取り巻く(Bekker)。
→聴取:歌が一度せき止められ、そのあとで音の層が厚くなって戻ります
提示部の終結(EEC) m.115[13]・F dur の完全終止 F dur S 「ほとんどイタリア的な広い終止で、旋律がごくゆっくりと滴り落ち、夢のようなヘ長調へ静かに沈む」(Bekker)。Monahan はここを提示部の目的地(EEC)とする。
→聴取:ここで音楽がいったん着地します。そして冒頭へ戻ります
1カッコ(5小節)→ m.6 へ m.121–122Allmählich wieder zum I. Tempo F → E → a — 「マーラーが第1交響曲以後ただ一度、古典交響曲の習わしどおりに提示部を一音たがわず反復した」箇所(Bekker)。1カッコはヘ長調から逆行するようにイ短調へ戻る(Saunders)。この5小節を数えるかどうかで、以後の小節番号が2系統に分かれる
→聴取:ここまでの音楽がそっくりもう一度鳴ります。反復を省く演奏もあり、そのときはモットーの回数が変わります
展開部 m.123–285(別系統では128–290)
区分小節/Ziffer調主題内容・性格・聴取ポイント
第1挿話(P) m.123(128)[14] Nicht eilen a → e → a → d P 版面には 123 b(2カッコ)と刷られる。行進のリズムが「静かに、ほとんど遠慮がちにノックするように」戻る。m.144ホ短調で主題が爆発し、木琴がトリル動機を打ち鳴らす。m.158「新しく情熱的な」第2の主題(ヴァイオリン+フルート+変ホ管クラリネット)。m.178第2主題が下声からニ短調で立ちのぼる。
→聴取:展開部はここで新しい歌を持ち出します。木琴の乾いた音が出たら、ここが第1の山
第2挿話(TR/S)=Naturlaut・牛鈴 m.196(201)[21]=m.194〜 Allmählich etwas gehaltener C dur(低いDの上) 牛鈴モットーコラール 全奏の嵐が突然ヴァイオリンのきらめく pp トレモロへ転じる。「チェレスタと低弦だけが、後者は神秘的な低いDの上で鳴り続ける。その上に明るいハ長調が張られる。牛鈴が鳴り、フルートに約束のようなハ長調の4度の呼び声」(Bekker)。
m.203–11モットーが弱音器付きホルンから、イではなくハとトへ移して鳴る(O'Loughlin)。m.203–14コラールも従う。
→聴取:音楽が林を抜けて開けた場所に出ます。牛鈴は舞台の外に置かれるので、遠近が付きます
S1 の変容 → 変ホ長調の高み m.217 / m.225(222/230)[22] Sehr ruhig・Grazioso G dur → Es dur S1 歌の主題が反行形でト長調に現れ、「奔放な勢いを剥がされ、牧歌的で穏やかな気分として読み替えられる」。m.225「ト長調がやさしく歌う変ホ長調へ変わる」(Bekker)。m.230編成は独奏ヴァイオリンと独奏ホルンだけに絞られる(Schweitzer)。m.239–42コラールが変ホ長調で単独に立ち、そこから下山が始まる(Monahan「Descent from Utopian heights」)。
→聴取:この曲でいちばん遠くまで来た場所が変ホ長調。のちにアンダンテがまるごとこの調に置かれます
第3挿話(P) m.251(256)Tempo I. subito. Sehr energisch! H → h → g → b Pコラール 冒頭主題がロ長調で燃え上がり、コラールの動機が引き込まれて切迫して変形される(ホルン m.271–72)。m.279「Immer streng im Takt」。
→聴取:牧歌が断ち切られ、行進が別の調から襲ってきます。ここから再現部まで一気に押します
再現部 m.286–373(別系統では291–378)
区分小節/Ziffer調主題内容・提示部との差異
第1主題 P の再現 m.286(291)[28]・調号は m.290 で解除 A dur → a moll Pモットー 「もはや短調ではない。自信に満ちた長調の響き、歓呼するイ長調を得る」(Bekker)——が、数小節で短調へ落ちる。Monahan はこれを「モットーの形式が主題そのものへ投射されたもの」と読む。2小節の和音でしていた長短の崩落が、こんどは主題の規模で起きる。差異:提示部はイ短調で始まった。再現部は同主長調で始まり、自分で崩れる
→聴取:この楽章のいちばんの仕掛けです。再現が明るく戻ってきて、すぐ自分から翳ります
移行 TR の再現(コラール倍速) m.336(341)モットー m.334–35 a/C コラール コラールが2分音符から4分音符へ、倍の速さで現れる(Schweitzer)。提示部の16小節周期は解体され、Monahan は「周期ではなく三部形式に書き換えられた」とする。弦のトレモロとチェレスタが付く。差異:同じ和音進行が倍速になり、瞑想ではなく通過点になる
→聴取:さっきの神秘的な和音の膜が、早送りのように過ぎていきます
第2主題 S の再現(不完全) m.348(353)Sostenuto D dur S1 Monahan は移行から S へ「省略で滑り込む(elision into incomplete S…)」とする。「純粋な歌、ヘ長調からニ長調へ移され、輝かしく温かく、ヴァイオリンのG線で大きく満ち足りた音で鳴り、断ち切られない深いコントラBで消えていく」(Bekker)。O'Loughlin:この再現は意図的に大きく切り詰められている——マーラーはこの主題をコーダの約40小節でこそ使い切るからだ。差異:ヘ長調→ニ長調。長さは提示部よりずっと短い
→聴取:歌は戻りますが短い。まだ本当の解決ではないと分かる長さです
偽の終止(False ESC) m.365D dur の完全終止 D dur S Monahan の図の書き込みは “False ESC: ‘failed’ recap!”。ソナタ形式なら再現部の第2主題は主調で解決するはずなのに、ここはニ長調で終止してしまう——再現部は課題を果たさずに終わる。Schweitzer も「ニ長調の完全終止で終わる」と独立に記す。m.361 の頂点から層が剥がれ、m.365 の終止では第1ヴァイオリンが落ちる。
→聴取:きれいに終わったのに調が違う。この「間違った成功」があるから、コーダが要ります
コーダ m.374–481(別系統では379–486)
区分小節/Ziffer調主題内容
第1挿話(P) m.374(379)m.376 Wie wütend dreinfahren e moll P 「Più mosso subito.(荒れ狂って突っ込むように)」。全奏が燃え上がり、低弦のうねる音の上をトロンボーンが第1主題の影のように進む。トロンボーンは「roh(粗く)」。m.410–12第1主題と第2主題の反行形が組み合わされる(Bekker)。
→聴取:コーダの前半は解決ではなく、もう一度の暴発です
第2挿話(S/TR)— 転回点 m.421 / m.429(426/434)[41] es moll → C dur S2S1 m.421 で第2主題群の行進素材(S2)が提示部の外でただ一度現れ、この楽章で唯一ピッコロが使われる。同じ場所で S1 が一瞬イ長調を掠める(Monahan「S1 appears fleetingly in A major!」)。m.429純粋なハ長調がトランペットから突き抜け、ホルンのファンファーレが確かめ、チェレスタと第2ヴァイオリンのハ長調トレモロの上を第1ヴァイオリンが主題を運ぶ(Bekker)。
→聴取:暗い変ホ短調からハ長調が扉のように開きます。ここから最後の上昇がひと息で来ます
イ長調の到達 m.444(449)[42] Pesante A dur S1 ハ長調が変ニへ滑り、ティンパニの転がる4度の上で、歌の主題がトランペットの賛歌のような拡大形として「凱歌のように」鳴る(Bekker)。Monahan の書き込みは “S attains tonic major: failed recapitulation redeemed.”——再現部が果たせなかった主調での解決を、コーダが第2主題に果たさせる。m.453以降、コラールがトロンボーンから荘厳に鳴る。m.448「Von hier bis zum Schluss etwas drängend」。
→聴取:この曲で最も明るい30数小節。第2主題がついに主調の長調に届きます
終止 m.481(486)版面に (481) と印刷 A dur S1 調号♯3、fff の全奏で断ち切る(本ガイドが底本 p.76 で確認)。この交響曲で長調が勝つのはここだけである。
→聴取:楽章がイ長調で終わります。残り3楽章は、この明るさを取り戻しません
第1楽章:形式上の特異点
  • 提示部の文字どおりの反復——第1交響曲以後、マーラーがこれをしたのはここだけ(Bekker)。アドルノは1960年に「もともと反復記号があった(=のちに外した)」と書いたが、これは誤りで、マーラーが計画した反復を実際に削ったのは第5番第2楽章と第9番第1楽章である(Hansen の訳注)。反復が「完全」か「ほぼ字義どおり」かは英独の Wikipedia で記述が割れており、ここは両論が残る。
  • 再現部が同主長調で始まり、自分で短調へ落ちる(m.286→290)。Monahan はこれを「モットーの形式を主題へ投射したもの」と読む。長短の崩落が、2小節の和音から主題の規模へ拡大される。
  • 「失敗した再現部」(m.365)。第2主題がニ長調で完全終止してしまい、主調での解決が起きない。その負債をコーダの m.444 がイ長調で返す——ソナタ形式の課題が再現部ではなくコーダで果たされる。
  • 小節番号が2系統に割れる。提示部の1カッコ(5小節)を数えるか否かで m.123 以降がすべて5ずれ、総小節数は481か486になる。Monahan 自身が2008年(数える)と2015年(数えない)で立場を変えているため、同じ分析者を引いても数字が違うことがある。
  • 「アルマの主題」の出所。アルマの回想(Memories and Letters)に「君を主題で描こうとした」というマーラーの言葉があり、第1楽章の第2主題がそれだとされる。ただしアルマの証言には時系列の合わないものが含まれ(スケルツォのトリオが「2人の子の遊び」を描くという話は、作曲時に次女がまだ生まれていない)、La Grange は「アルマは夫の創作生活の几帳面な観察者では決してなかった」と評する。Hurwitz も、同時代性が認められるのは「アルマの主題が存在するという初期の発言」までで、標題的な物語の大半は作曲の数年後のものだろうとする。Seth Monahan がこの主題の伝承を検討した論文(JAMS 64/1, 2011)は有料で未見。
  • 牛鈴についてのマーラー自身の釘(底本 p.35 の脚注。本ガイドが版面で確認):「牛鈴はきわめて控えめに扱わねばならない——牧場の群れの、あるときは寄り合い、あるときは離れて遠くから響いてくる(高い、そして低い)鈴の写実的な模倣として。ただしこの技術的注記はいかなる標題的解釈も許さないことを明示的に注意しておく」。牛鈴を伝記的に読む解説は多いが、作曲者は明文でそれを禁じている。

第2楽章 Andante moderato

版によっては第3楽章。主調はイから三全音離れた変ホ長調で、全曲でここだけが長調で閉じます。
主要主題の3回の提示と、そのつど続く「瞑想」(Darcy)
主調:Es dur4/4 201小節Ziffer:底本では 87–103 イングリッシュホルン・牛鈴・チェレスタ 木琴・鉄琴・タムタムは無し
主要主題
と第1の瞑想
m.1–21
副主題
と遍歴
m.22–83
ホ長調の場面
m.84–114
第3の瞑想
と危機
m.115–159
クライマックス
と帰還
m.160–201
Darcy はこの楽章を回転形式(rotational form)として読み、主要主題の各提示のあとに続く紡ぎ出しを「瞑想(meditation)」と呼ぶ。Darcy の論文(19th-Century Music 25/1, 2001)は有料で本ガイドは本文に到達できていないので、以下で Darcy に帰する内容はすべて Schweitzer が頁番号つきで引用している範囲であり、回転の区切りの小節番号は Darcy に帰さない。区分の小節は Schweitzer の本文による。
区分小節/Ziffer調主題内容・性格・聴取ポイント
主要主題(P) m.1Andante moderato・4/4 Es dur P 版面(底本 p.126、本ガイドが確認)では第1ヴァイオリンだけが「ohne Dämpfer」で pp「zart, aber ausdrucksvoll(やさしく、しかし表情ゆたかに)」、第2ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロは弱音器付き、コントラバスはピッツィカート。ほとんど弦だけで始まり、6小節ほど進んだところ(m.7 の途中)でいったん全部が抜ける(Schweitzer)。m.3–4旋律の F–Ges–G は、他の楽章の長短動機を裏返した形。
→聴取:伴奏らしい伴奏を持たない、細い一本の歌で始まります。冒頭の楽句の数え方は資料で割れます——10小節とする解説、シェーンベルクの読みを「4.5+4.5小節」と伝える Schweitzer、同じシェーンベルクを「5小節句」に注目したと伝える Hansen(Samuels と Floros 経由)。本ガイドはどれも原典(シェーンベルク自身の文章)に当たれていません
第1の瞑想 → 区分の境 〜m.21主音保続 Es dur/moll P 主音の保続の上で変ホの長短が揺れる。主要主題はこの楽章で3回提示され、そのつど「瞑想」が続く——2回目と3回目は底本の練習番号 [89] と [96] にあたる(Schweitzer)。第2の瞑想では主音の保続がわずか3小節に縮み、そこで Darcy の言う「スポットライト動機」——のちにこの楽章の目的地(telos)へ育つ種——が蒔かれる。Darcy は第1の瞑想を短調への「腐朽(decay)」と呼ぶが、Schweitzer は異議を唱える——区分の境は m.21 であり、短調はそこに至る前に変ホ長調へ解決し終えているから、という理由。分析者で読みが割れる箇所
→聴取:歌が終わったあと、和音だけがしばらく漂います。歌そのものより、あとを引く時間のほうが長く続きます
副主題(S) m.22–27木管のみ g moll S 「まるごと木管に振られ、イングリッシュホルンが導く」(Schweitzer)。導音の嬰ヘを避けるため、響きが旋法的になる。続いてホルン独奏が引き取る(小節番号は資料になし)。
→聴取:弦がしりぞき、イングリッシュホルンの鼻にかかった音が出たら副主題です。導音がないので、古い旋法のように聴こえます
遍歴(長三度の環) m.56 / m.72— e moll → h moll PS Schweitzer はこの楽章の調計画を長三度の環と読む——Es dur → g moll(m.22)→ h moll(m.72)→ H dur(m.160)で、主要主題と副主題の双方が六音音階的な対極に触れる。m.72 あたりが楽章のほぼ中点で、最も葛藤が強い。
→聴取:だんだん遠い調へ連れて行かれます。変ホからロ短調は、耳にはかなり遠い場所です
ホ長調の場面(牛鈴とチェレスタ) m.84–99牛鈴 im Orchester E dur 牛鈴 「この交響曲でいちばん明るく、陽の当たる音楽。きらめくハープとチェレスタ、弦と木管のトリル、ホルンとトランペットのファンファーレ」(Schweitzer)。低声には第1楽章の終結群の揺れる5度が置かれる。この楽章の牛鈴だけは「im Orchester(オーケストラの中で)」と指定されている(底本 p.134、本ガイドが確認)——第1楽章と終楽章では「遠くに」なので、ここだけ音が近い。Darcy はこれを「幻想の投影(fantasy projection)」、Floros は「パストラーレ」、Bekker の系譜では「突破(Durchbruch)」と呼ぶ。しかし属和音に届いた途端に崩れ、半音階の切れ端に引き裂かれる——Darcy はこれを「崩れることが予め定められている」と言う。
→聴取:牛鈴が第1楽章とは違う調で戻ってきます。いちばん明るい場所が、いちばん脆い場所でもあります
第3の瞑想(急転) m.115Es → C C dur へ P 変ホからハへ突然移る。属音保続の上に半減七、ドイツ6が積まれ、最後に増三和音の Des–H が ♭2–7 としてハ長調へ解決する(Schweitzer)。m.124イ長調。m.139イ短調——全曲の主調がこの避難所へ侵入し、それがクライマックスを引き起こす。
→聴取:ここで足元が抜けます。この楽章がずっと避けてきた「イ」が入り込んでくる場面です
副主題の最後の登場 m.148g moll から三全音 cis moll S 副主題が原調ト短調から三全音離れた嬰ハ短調で最後に現れ、続いて Gis–D–Fis–A の和音(ナポリの長三和音を属保続の上に置いたもの)が鳴る。「高揚の表現だったものが、絶望の叫びへねじ曲げられている」(Schweitzer)。Darcy はこの和音に《ラインの黄金》の「呪い」の動機を聴くが、Schweitzer はその読みに与しない。分析者で読みが割れる箇所
→聴取:やさしかった木管の主題が、遠い調で悲鳴のように鳴ります
クライマックスと主調の回復 m.155–59 / m.160–72 / m.173牛鈴 m.155–59 H dur → Es dur Pコラール牛鈴 m.155–59 で嬰ハ短調→嬰ヘ長調→ロ長調と急速に転じ、牛鈴が2度目の役を果たす——1度目が遠い牧歌なら、こちらは「激した嘆き」(Schweitzer)。m.160ロ長調で主要主題が戻り、クライマックスに達する。
m.165第1楽章のコラールが一瞬だけ帰ってくる(「Immer mit bewegter Empfindung」)。O'Loughlin は「痛切なほど意味深い」とし、アンダンテがスケルツォの後に置かれたらこの回想の意味は失われると論じる。Darcy は m.165–67 に終楽章の主題への言及を見る。
m.173ロ長調の属保続の上で、ナポリ→主和音がドイツ6に変わり、Ces–B–A が変ホの第5音へ解決して主調が決定的に回復する。
→聴取:ここが楽章の頂点。音域が一気に上下へ開き、そのなかに第1楽章の和音が数秒だけ顔を出します
終結 〜m.201Zeit lassen! → Molto rit. → Langsam Es dur P 回復のあと終止は逸れて完全終止に至らず、動機の断片がしだいに遅く、希薄になって遠ざかる(Schweitzer)。マーラーは第1楽章の IV–iv をiv–IV へ反転させ、変イの第3音が減七(Es–A–Fis–C)へ譲り、それが上へ解決して Ges–G の動機をもう一度鳴らす。版面(底本 p.148、本ガイドが確認)は、ホルンが「mit Dämpfer … morendo ppp」、フルートも morendo ppp、チェレスタの和音に「(nicht arpegg.)」、チェロとコントラバスがピッツィカート。
→聴取:チェレスタの一撃が、アルペジオにせず一度で鳴らされます。全曲でここだけが長調のまま静かに終わります
アンダンテ:形式上の特異点
  • モットーの不在。この楽章にだけ出てこない。O'Loughlin は明言する——「アンダンテには現れない。長三和音が短調へ変わることなく持続する」。全曲を貫く崩落の合図が届かない場所が、この楽章である。
  • 三全音の隔たり。主調が全曲の主調から最も遠い位置にある。イ短調3楽章に対して変ホ長調ひとつ。Samuels はこの楽章を「作品の残りから孤立して見える」と書き、Schweitzer は「調的にも旋法的にも対極として切り離されている」とする。
  • 形式の呼び名が資料で割れる。Darcy は回転形式、Utah Symphony の解説はロンド(ABABA)、ドイツ語のプログラムノートは「均衡した3つの部分」、Schweitzer は主要主題の3回の提示とそれぞれに続く瞑想。本ガイドは Schweitzer の記述(小節番号を持つ唯一の到達可能な資料)に沿って並べたが、これが唯一の読みではない。
  • 《亡き子をしのぶ歌》との関係は、資料が言うほど強くない。「主題は第1曲〈Nun will die Sonn' so hell aufgeh'n〉の引用だ」という記述が流布しているが、出所をたどると Utah Symphony の解説の「第1曲の終止音型の短い引用」という、ずっと弱い言い方に行き着く。さらに遡るとSamuels のモノグラフにあたり、Hansen の訳注が頁まで示す——「この主題の終止が、《亡き子をしのぶ歌》第1曲の主旋律の結びの音型によく似ている」(Mahler's Sixth Symphony, pp. 18, 26)。いずれも「終止音型が似ている」であって、主題そのものの引用ではない。Haenchen は第4曲と「類縁がある」と言い、Deryck Cooke はこの交響曲には「声楽的要素も、歌曲からの直接の引用も、鳥の声もない」と明言する。主題そのものの引用だと断定できる分析者は見つかりませんでした。
  • この楽章がどこに置かれるかで、m.165 の意味が変わる。第1楽章のコラールの回想は、第1楽章の直後に置かれてこそ届く——というのが O'Loughlin の論拠。逆に Hurwitz は、モットーの長短の崩れが楽章と楽章のあいだでも働くのはスケルツォ第2のときだけだと論じる。俯瞰の下の版問題を参照。

第3楽章 Scherzo. Wuchtig(3/8 ausschlagen ohne zu schleppen)

「重々しく(3/8で振る。引きずらずに)」——底本 p.77 の版面表記。版によっては第2楽章。
スケルツォ=トリオ(スケルツォ3回・トリオ2回)
主調:a moll3/8(トリオで 4/8・3/4 と交替) 446小節Ziffer:底本では 46–86 木琴・鉄琴・タムタム 牛鈴・チェレスタは無し
スケルツォ 1
m.1–96
トリオ 1(F dur)
m.97–198
スケルツォ 2
m.199–272
トリオ 2(D dur)
m.273–371
スケルツォ 3
m.372–412
コーダ
m.413–446
区分は Haenchen の脚注20——「A (Takt 1-96) – B (97-198) - A1 (199-272) - B1 (Takt 273-371) - A2 (Takt 372-412) - Coda (Takt 413-446)」(本ガイドが原文で確認)。Haenchen の本文はマーラーの一人称で書かれた再構成の書簡なので史料としては扱えないが、この区分は脚注の側、つまり Haenchen 自身の分析である。他の資料と独立に噛み合う——O'Loughlin が挙げるモットーの3か所(m.87–91/261–65/420–22)はそれぞれ B・B1 の直前と Coda に落ち、Schweitzer の言うトリオ1の終結(f moll, m.183〜)は B の内側、トリオ2の終結(es moll, m.355〜)は B1 の内側、崩壊の起点 m.408–9 は A2 の末尾で Coda の直前になる。スケルツォ部は 96 → 74 → 41 小節と実際に縮んでいく。ただし Haenchen はトリオ1の開始を m.97 とし、Schweitzer は m.98 とする(1小節のずれは解消していない)。
区分小節/Ziffer調主題内容・性格・聴取ポイント
スケルツォ 1 m.1Wuchtig・3/8 a moll 行進(3拍子版) 「ティンパニが低いイの音を打ちつけて始まると、交響曲が最初からやり直されたかのような不気味な感覚を受ける」(Schweitzer)。第1楽章の行進が3拍子へねじられ、拍の裏にアクセントが移る。ヴァイオリンには「wie gepeitscht(鞭打たれたように)」。変ホ管クラリネット・ピッコロ・木琴が戯画的な色を与える。
→聴取:第1楽章の行進が、足を1本折られたような3拍子で戻ってきます。木琴の乾いた打音で、その印象が決まります
スケルツォ部の崩壊 → モットー m.87–91トランペット A dur → a moll モットー スケルツォ部はそのつど崩れ、崩れ際にモットーが鳴る(O'Loughlin:トランペット m.87–91、トロンボーンとトランペット m.261–65、トランペット m.420–22)。O'Loughlin はまた、スケルツォ部が現れるたびに短くなっていくことを指摘する。
→聴取:行進が3回とも同じ和音で息絶えます。この和音が第1楽章と同じものだと分かると、楽章の設計が見えます
トリオ 1「Altväterisch」 m.98[56](底本)・Merklich langsamer F dur トリオ 版面(底本 p.89、本ガイドが確認)は「Altväterisch (Merklich langsamer)/Grazioso (Immer gleiche Achtel)」——「古風に(目に見えて遅く)/優美に(8分音符は常に同じ速さで)」。調号はフラット1つ。3/8・4/8・3/4 が書き分けで交替し、8分音符だけが一定に保たれるので、拍子が変わってもテンポは変わらない。譜面には「オーボエの1・3小節目のブレス記号で、小さいが誇張しない『空白の休み』を作ること」という注意まで付く。
「絶えざるリズムの曖昧さで自分の足につまずきながら、この調子外れのレントラーは軽薄を装う」(Schweitzer)。トリオへはハの単音で入り、イの単音で出る——2つの主音が共有する音を際立たせる作りになっている。
→聴取:拍子が3つと4つのあいだでよろけます。速くなったり遅くなったりしているのではなく、1小節の長さだけが変わっています
トリオ1の終結 / トリオ2の終結 m.183〜 / m.355〜各トリオの内側 f moll / es moll トリオ トリオ1のあとにヘ短調の終結が置かれ、トリオ2のあとにはその変形反復が変ホ短調で置かれる(Schweitzer)。この変ホ短調は、第1楽章のコーダの中ほどで第2主題の行進素材が戻る場所と対応する。m.162以降のトリオの動機細胞は、終楽章の最後を締める「レ–メ–ド」の動機の源になる(Schweitzer)。
→聴取:トリオは2度出ますが、2度目は1度目の繰り返しではありません
スケルツォ 2 m.199–27274小節 a moll 行進(3拍子版) スケルツォ部の2回目。1回目より22小節短い。末尾でまたモットーの和音(m.261–65、トロンボーンとトランペット)に断ち切られ、そのままトリオ2へ渡る(O'Loughlin)。
→聴取:同じ行進が戻りますが、前より早く力尽きます
トリオ 2 m.273–371— D dur トリオ 調はニ長調(Schweitzer)。1回目の反復ではなく、似てはいるが別のもの(ドイツ語版 Wikipedia)。末尾に置かれる終結は、トリオ1のヘ短調の終結を変ホ短調へ移した変形反復である(Schweitzer, m.355〜)。
→聴取:ニ長調は第1楽章の再現部で第2主題が出た調です。調の配置がここでも第1楽章をなぞります
スケルツォ 3 m.372–41241小節 a moll 行進(3拍子版) 3回目は41小節しかない——96・74・41 と、出るたびに短くなる(区分は Haenchen、縮小の指摘は O'Loughlin)。末尾の m.408–9 で崩れ、コーダへ落ちる。
→聴取:3回目はほとんど始まらないうちに終わります。この短さ自体がこの楽章の結末です
崩壊 m.408–9 / m.409〜[84]=m.408 主音側のドイツ6 → 低い A — コーダを導く進行は「主音側のドイツ6が低いイの音へ半音階的に落ちるもので、完全な和音へ解決すらしない」(Schweitzer)。O'Loughlin はここからの崩壊を「断片とすすり泣きの連なりで、額面どおりには受け取りがたいほど雄弁」と書く。ドイツ語版 Wikipedia は、まったく不意に来る劇的な全奏和音が音楽を即座に静止させ、木管のためらいがちな動機がそれを越えるものの、楽章は脅かすような動機を残して控えめに消える、と記す。
→聴取:音楽は途中で壊れて止まります。そのあとに残るのは断片だけです
コーダ・終結 m.431 / 〜m.446[86] Nicht eilen! → Rit. → Langsam a moll トリオ 版面(底本 p.125、本ガイドが確認):m.431 に「Nicht eilen!」、m.439 から「Rit.」を経て「Langsam」、3/8・2/4・3/4 が書き分けで交替し、トロンボーンは弱音器を付けて dim.→pp、ティンパニの Solo、コントラバスはピッツィカート、最後の数小節にフェルマータ。終止は完全終止によらない(Schweitzer)。
Schweitzer は、第1楽章と同じくコーダが主要素材ではなく副次素材(トリオ)に軸を置く点を指摘する——ただし今回はそれが短調へ引きずり下ろされる。
→聴取:最後に残るのはトリオの素材です。それが短調になり、ティンパニ一人になって消えます
第1楽章 Allegro energico
第1主題 提示部=イ短調
第2主題 提示部=ヘ長調
第1主題 再現部=イ短調
第2主題 再現部=ニ長調
終結=イ長調
スケルツォ Wuchtig
スケルツォ 1=イ短調
トリオ 1=ヘ長調
スケルツォ 2=イ短調
トリオ 2=ニ長調
終結=イ短調
対比の軸は調。Schweitzer の表による。「スケルツォの調の設計は第1楽章の重要な調域を縮尺で反復する。……この広い視野から見ると、変わったのはコーダの旋法だけで、アレグロの明るい長調ではなく陰鬱な短調で閉じる」。O'Loughlin はこの対応を認めつつ単純化しすぎだと釘を刺す——第1楽章の展開部には遠い変ホ長調の大きな区画があってスケルツォに対応物がなく、再現部は(さほど堅固にではないが)イ長調で始まり、第2主題の本当の頂点はコーダのイ長調にある、と。
スケルツォ:形式上の特異点
  • 第1楽章の調の設計を縮尺で反復する(上の対比グリッド)。これはスケルツォを第2楽章に置く根拠として Füssl らが挙げてきた点でもある。
  • トリオの拍子が書き分けで揺れる。3/8・4/8・3/4 が交替し、版面には「♪=♪」と「etc.」が印字されていて、8分音符が一定に保たれることが明示されている。「常に同じ8分音符で」という見出しの指示がそれを念押しする。
  • 牛鈴もチェレスタも、この楽章にだけ出てこない。逆に木琴と鉄琴とタムタムはこの楽章の編成表にあり、アンダンテの編成表には無い。打楽器の色が2つの内声楽章で正反対になっている。
  • 「砂の上をよろめく2人の子の遊び」の話。アルマの回想に、マーラーが「第3楽章で」「2人の幼な子の不規則な遊び、砂の上をジグザグによろめく姿」を描いたという記述がある(Creighton 訳 p.65。「トリオで」とは書いていない。ついでに、ここでアルマがスケルツォを第3楽章と数えていることは、1919年の電報と食い違う)。ただし年代が合わない——スケルツォが書かれた1903年夏、長女はまだ1歳に満たず、次女は1904年7月まで生まれていない。ドイツ語のプログラムノートは端的に「そのときマーラーの娘は生後数か月で、まだ歩けない」と書く。La Grange は第6番についてのアルマの証言をとりわけ疑わしいとしている。
  • スケルツォ部は出るたびに短くなる(O'Loughlin)。そしてそのつどモットーの和音で断ち切られる。同じ壊れ方を3回繰り返すのがこの楽章の設計である。

第4楽章 Finale. Allegro moderato

底本 p.149 の版面には「IV. Finale」と「Allegro moderato」だけが刷られています(本ガイドが確認)。ドイツ語版 Wikipedia などが冒頭に添える「Sostenuto」は、この版面にはありません——ただし「Sostenuto」は楽章内の m.288 に現れます。
大序奏つきソナタ形式(偽再現を挟む)
主調:c moll → a mollアラ・ブレーヴェ 822小節Ziffer 104–166 ハンマー・鞭(Rute)・深い鐘・牛鈴・チェレスタ 木琴は使われない
序奏
m.1–113
提示部
m.114–228
展開部
m.229–519
偽再現・再移行
m.520–641
再現部
m.642–772
コーダ
m.773–822
区分は Schweitzer の表 10.1(本ガイドが論文の当該頁を原本で確認)。下位区分の小節数の和は各ブロックの表示と一致します(展開部=59+48+28+17+16+61+21+25+16=291小節。本ガイドの検算)。ただし表の展開部の2つめのセルは「228–335」と刷られており、直前のセル(229–287)と重なります。288 の誤植と判断しました——そう読めば和がちょうど291になるためで、本ガイドは 288 を採ります。
序奏 m.1–113
区分小節/Ziffer調主題内容・性格・聴取ポイント
冒頭の一撃と序奏主題(I) m.1–15Allegro moderato・¢ 不確定 → a I 大太鼓が単独で1打(p、短くアクセント付き)、次の小節でシンバルが「mit Schwammschlägel(スポンジの撥で)」「ausklingen lassen(鳴り終わるまで)」。2台のハープが低音を ff で置き、ペダル設定「G♭ D♯ H♯」を刷ったうえで全音域を駆け上がる gliss.、チェレスタが同じ上昇を重ねる。弦は弱音器付き、チェロはピッツィカートから弓へ。
Monahan はこの響きを「この楽章の毒のある冒頭の響き(C・E♭・F♯・A♭)」と呼び、ハ短調のドイツ増三度和音の上で序奏主題が紡がれるとする。Schweitzer は「ハ短調と言われることが多いが、実際にどの調かは明らかでない」と留保する。調の同定そのものが分析者で割れる
→聴取:輪郭のない「響きの雲」で始まります。ハープとチェレスタが同時に駆け上がるので、どの音が根音か耳では決まりません
モットー(この楽章での初出) m.9–12調号 3♭ → 3♯ A dur → a moll モットー ホルン a4・トランペット・トロンボーンが ff でイ長調の三和音を置き、ティンパニ(2 Pauker in A・Holzschlägel=木の撥)が付点の行進リズムを打つ。次の小節にナチュラルが入り、三和音が短調へ落ちる。m.8 からは変ニ長調のハープのグリッサンドが導く。Monahan:「序奏の複合体は8小節ずつ2つに分かれる。前半はハ短調のドイツ増三度和音の上で不安な序奏主題を紡ぎ、後半は唐突にイ長調/短調へ移って、この交響曲のモットーを暴力的に鳴らす。2つの調の面の対立はこれ以上ないほど強調されている」。
→聴取:ハ短調の霧のなかへ、イの和音が刃のように差し込まれます。以後、ハ短調とイ短調が最後まで争います
低音の主題/深い鐘 m.16 / m.29–33[104](Etwas schleppend・4/4) 不確定 I m.16 でバステューバが単独に p で付点の暗い音型を出し、ティンパニが pp、チェロは「immer mit Dämpfer, Griffbrett, trem.(弱音器のまま指板の上でトレモロ)」、ヴァイオリンは沈黙する。
m.29–33Tiefes Glockengeläute(深い鐘)が「in der Ferne(遠くに)」鳴り、チェレスタが伴う。マーラーの脚注:「2つ以上のごく低い、不確定だが互いに異なる音高の鐘を、遠くに据えて静かに不規則に打つこと」。
→聴取:チューバの単独の一句が、のちに大きな主題へ育ちます。遠くの鐘は序奏にすでに鳴っており、終わり近くにもう一度出ます
コラール(低い木管) m.49–66(64)[106] Schwer. Marcato c → g(完全終止) コラール 「Schwer. Marcato (ungefähr l'istesso Tempo)」。金管ではなく低い木管です——B管クラリネット a3、バスクラリネット、ファゴット群、コントラファゴットが pp で最低音域に置かれ、ヴァイオリンは完全に休む。ヴィオラ・チェロ・バスはピッツィカート。「弱音器を付けたような、葬送の響き」(Schweitzer)。4小節句だけで作られ、第5音から始まり、半音階の下行4度(m.54–56 と m.63–66、いずれも変ホ→変ロ)を持ち、執拗に長短を行き来する。
O'Loughlin は他の論者が指摘していない発見として、これがマーラー自身の第3交響曲第5楽章のコラール(〈Es sungen drei Engel〉)の版だと記す。終端が資料で割れる:半音下行が m.63–66 に及ぶとする Schweitzer の記述からは m.66 まで、O'Loughlin は「bars 49–64」とする
Monahan はこのコラールを後続する複数の主題の親とし、移行主題(m.141–44)とハンマー打の主題(m.336ff/479ff)をその子として並べる。
→聴取:低い木管だけの、地を這うコラールです。この旋律がのちにハンマーの一撃を呼ぶ主題へ変わります
断片と準備 m.68–97 / m.98–113[109]=m.98 Allegro moderato g → c → a Iモットー m.65–67 と m.96–97 にモットー(O'Loughlin)。m.98ここで「Allegro moderato」が改めて置かれ、主要テンポに到達する——提示部の16小節前、まだハ短調で。Monahan:「提示部への導入(m.98)の時点で、終楽章を前へ進める力を示したのは追い出されたはずのハ短調のほうだった。最後の一瞬まで、すべてはハ短調のソナタを指している」。
→聴取:序奏だけで113小節あります。そのあいだ、主調にも主題にもたどり着きません
提示部 m.114–228
区分小節/Ziffer調主題内容・性格・聴取ポイント
行進主題 M m.114–139[110] Allegro energico a moll(完全終止) M 調号が消えてイ短調になり、全奏が ff で襲いかかる。第1・第2ヴァイオリンには「G-Saite」(G線で弾け)——最も太くざらついた音を要求する指定。Monahan は「イ短調が力ずくでハ短調を3度目に押しのける」と書き、この主題を「4小節のファンファーレの寄せ集め」「生きてはいるが感情を持たない、より高い意志の空虚な下僚」と評する。
→聴取:ここでようやく主調と主題が来ます。ヴァイオリンがG線に指定されているので、輝きが引っ込み、ざらつきが前に出ます
跳躍主題 L m.139–176[113] Pesante a moll / C Lコラール Monahan:「移行主題(m.139)はコラール旋律から派生した跳ね上がる形で、イ短調に始まるがただちに序奏の調の争いを引き継ぐ。イとハが(どちらも主に長調で)、しばしば数小節の陣地をめぐって公然と戦う」。指紋は下行する半音の集中(m.149, 163 ほか)で、これは親であるコラール(m.49, 50, 57 ほか)から受け継いだもの。Schweitzer は16小節の文が2つ(2つめは m.160 のイ短調復帰から)で、あいだにハ長調からイ短調への3小節の橋がある、と分析する。
→聴取:コラールが跳ねる主題に化けています。下へ落ちる半音が続けて出たら、この主題の指紋です
ホルンの呼び声 H(第2主題群) m.191–204[117] Sempre l'istesso Tempo (Fliessend) D dur H この小節でちょうど調号が♯2つ(ニ長調)に変わる。フルート4本とA管クラリネットの pp スタッカートの三連符、ホルン1と3に「1. Solo」、チェロとバスはピッツィカート、ハープがここで入る。Ledbetter:「上行するオクターヴで始まる高翔するヴァイオリン主題が、第1楽章の主題の下行オクターヴを鏡に映す」。m.194ホルンに対旋律がひそかに入る(Schweitzer)。
→聴取:第1楽章はオクターヴを落ちて始まり、ここはオクターヴを昇って始まります。同じ身振りの裏返しです
Abgesang A / 終結 m.205–216 / m.217–228[118]/[119] G → D / D(完全終止なし) A m.205 は全奏 ff、ティンパニのロールと2台のハープがここで入る。Monahan はこれを「Erfüllung(成就)の第1の試み」と呼び、第1楽章の「アルマの主題」と関係づける。
m.217 から音楽は不安定化し、m.220–22ホルンがコラールの動機、m.224–27トランペットとトロンボーンが2つの主題の運命リズム由来の動機を対位法で鳴らす(Schweitzer)。Monahan の判定は “Failed exposition: No EEC”——第2主題群はニ長調の完全終止に到達しないまま崩れる。
→聴取:提示部が「終わらないまま」終わります。この未払いの終止が、以後300小節の推進力になります
展開部 m.229–519 — ハンマー2打を含む
区分小節/Ziffer調主題内容・性格・聴取ポイント
序奏主題の変形(牛鈴) m.229–287[120]/牛鈴 [121]=m.239 不確定(d?) I牛鈴 序奏の素材が戻り、牛鈴が m.239 から鳴る。O'Loughlin:「マーラーは主要テンポを再び宙吊りにし、序奏の再来のためだけでなくその先の数小節でも、牛鈴が緩徐楽章の遠い記憶として現れるのを許す(m.229–59)。重要なのは、調がもはや変ホ長調ではなくニ短調であること」。
→聴取:牛鈴が3度目に鳴りますが、調が変わっています。同じ音色で、同じ場所には戻れないという合図です
Abgesang の変形 m.288–335[124] Sostenuto D dur A 第2主題群が調も楽句構造も保ったまま全長で戻り、提示部の倍近い長さに伸びて、m.328でニ長調の属和音に食らいつく(Monahan)。ハープのグリッサンドが上下同時に走り、m.294 の後半には 3:4:5:8 という極端な多重リズムが置かれる(Schweitzer)。
→聴取:提示部で果たせなかった終止を、こんどこそ取りにいきます。だからこそ次に起こることが効きます
ハンマー 第1撃 m.336–363[129] a tempo. Wie eben vorher 不確定(g?) ハンマーL 調号が♯2つから♭1つへ変わり、「Hammer」の譜表に fff の一撃(本ガイドが底本 p.194 で確認)。同じ頁の下に脚注——「短く、力強く、しかし鈍く響く、金属的でない性質の一撃(斧の一撃のように)」。
Monahan:「終止への最後の推進は、この時点でこれほど確実に見えたのに、ハンマーの巨大な短調の偽終止(m.336)によって粉砕される。それが交響曲の現在時制を再び突きつけ、提示部の閉鎖を最終的に宣告する」。そして——「ハンマーに倒れたあと、望みを託された第2主題もニ長調も、この終楽章に二度と現れない」。
m.338–39直後にホルンでモットー(O'Loughlin)。続く m.338–63 は混沌。ハンマーが解き放つ主題はコラールの悪魔的な変形(Monahan)。
→聴取:音楽が終止に届く寸前で断ち切られます。木槌そのものより、断たれた和音の落ち方を聴くと構造が分かります
イ長調の幻視(第1回)/ 行進の展開 m.364–380 / m.397–457[131]/[134] A dur → Fis / c → C HM m.364 でイ長調の「高いワーグナー的な変容の一節」が開く(Monahan「ユートピア的幻視」)が、m.372で主調の把握が失われ、m.385で断ち切れて大混乱が解き放たれる。
m.397調号が♭4つから♭3つ(ハ短調)へ変わり、行進主題の展開が始まる。ここでRute(棒の束)が m.397–400 と m.403–405 に打たれる——この楽器の位置を記した資料は見当たらず、本ガイドが版面から拾った。m.395–96・401–2モットー(2度目は変装した形)。
→聴取:イ長調が開いて、すぐ閉じます。同じ型が3回繰り返されます
ハンマー 第2撃 m.458–478 / m.479–503[139]/[140] Pesante A dur → d / 不確定 ハンマーL m.458 でイ長調の幻視が2度目に開く——「崩れゆく行進の空白へ駆け込み、より恍惚とした調子でイ長調を呼び出す」(Monahan)。m.469その把握が奪われてニ短調へ逸れ、m.479で第2撃。
版面(底本 p.216、本ガイドが確認)は調号♭2つ、「Pesante(2分音符が前の小節の4分音符よりやや遅く)」、ハンマーは ff で、ティンパニ・シンバル・大太鼓・タムタムと同時に鳴る。同じ頁の脚注:「★ シンバルとタムタムは『ハンマー』の人員が十分でない場合にのみ」。第1撃は fff、第2撃は ff——版面上、2つの打の強さは同じではない
m.497ハンマーの主題がハの属和音に食らいつき、m.520 でのハ短調の据え付けを準備する(Monahan)。
→聴取:2撃目は1撃目より弱く書かれています。アルマは「1撃目が最も強く、2撃目は弱く、3撃目=致命の一撃が最も弱い」と書きました
偽再現と再移行 m.520–641
区分小節/Ziffer調主題内容・性格・聴取ポイント
序奏主題の偽再現(ハ短調)/ 最後の牛鈴 m.520–574[143]/深い鐘 [145]=m.550 不確定 → c moll I牛鈴モットー 調号が♭3つに戻り、序奏の複合体がハ短調で戻る。「終止の低音がついに(450小節近く経って)低いDに到達し、上声はこの楽章の毒のある冒頭の響き(C・E♭・F♯・A♭)を鳴らす」(Monahan)。m.530–35モットー。
m.550–574深い鐘と牛鈴の受け渡し——深い鐘が m.550–554 に「gänzlich verklingend(完全に鳴り止むまで)」、牛鈴が m.554 から「deutlich beginnend(はっきり始めて)」入り、m.568–574 で「verklingend」。深い鐘が鳴り止んでから牛鈴が入る。
O'Loughlin:「牛鈴の最後の登場が、なかでも最も痛切だ。断片的な織物のなかから、再現部を導く運命の動機(長短の和音、行進のリズム)とともに現れる。……調はもはや楽天的な変ホ長調ではなく、不吉なハ短調である」。
→聴取:牛鈴が最後に鳴ります。第1楽章とアンダンテの牧歌が、ハ短調で回想されて終わります
ホルンの呼び声の変形(変ロ長調) m.575–611[147]・調号♭2 B dur(完全終止) H この小節でちょうど調号が変ロ長調になる。伝統的にはここが「逆順の再現部」の始まりとされてきた——Del Mar、アドルノ、La Grange、Hefling、Mitchell ほか。Monahan の縮約譜の書き込みは「普遍的に逆順再現部の開始と受け取られている」。Monahan 自身はこの読みを退け、第2主題が m.670 に主調の短調でトランペットに戻ることを根拠に、ここは再現部前の空間だとする。この楽章で最も見解が割れる境界
→聴取:大きな主題が明るい変ロ長調で戻ってきます。これを再現部の始まりと聴くかどうかで、楽章の見取り図が変わります
再移行(全主題) m.612–641Ziffer なし([150]=m.610) A dur 全主題 調号が♯3つに変わり、第2ティンパニの ff トリルがちょうどここで入る。「本物の主調が突然すべてを覆して主導権を握り、脈絡のない再移行を開始する。……打ち鳴らされるモットーのリズム(とくに m.622–25)は、これがユートピア的挿話の超越的なイ長調ではないことを思い出させる。こちらは本物の主調が長調の目まぐるしさをまとったものだ」(Monahan)。
→聴取:同じイ長調でも、幻視のイ長調と本物の主調のイ長調は性格が違います
再現部 m.642–772
区分小節/Ziffer調主題内容・提示部との差異
行進主題 M の再現(H を伴う) m.642–668[153]・調号が消える a moll(完全終止) MH 版面(底本 p.238、本ガイドが確認)では、練習番号 [153] のところで調号がナチュラルで解除されてイ短調に戻り、同時に「Tempo I. (Allegro energico)」と 4/4 が刷られている。提示部の冒頭(m.114)に置かれたのと同じテンポ表示がここで戻ることは、この小節を再現部の開始と読む根拠のひとつになる。差異:提示部で別々だった行進主題とホルンの呼び声が、ここでは重ねられる
→聴取:2つの主題が同時に鳴ります。提示部では順番に出たものです
跳躍主題 L の再現(H を伴う) m.668–703[156]=m.668 a moll LHモットー Schweitzer は境界を m.668、Monahan は m.670 とし、そこでトランペットに第2主題が重ねられるとする(版面でも m.670 のトランペット1が「ff etwas hervortretend=やや浮き出して」)。練習番号 [156] は m.668 にある。m.668–70・686–87モットー。
→聴取:ここで第2主題がイ短調に引き戻されます。提示部ではニ長調だったものです
イ長調の幻視(第3回・最後) m.728–772[161] Bewegter, aber nicht eilen! A dur AI 調号が♯3つになり、ハープが「A-dur fff gliss.」で入る。「イ長調の幻視の最後の版が花開き始める。……この一度だけは、ユートピアの飛び地がソナタの中でもっともらしい場所に現れる——第2主題群の回転上の対応物として」(Monahan)。
しかし m.744とm.760で、低音にイを共通音として残したまま音楽はヘ長調へ滑る——Monahan はこれをワーグナー《指環》の最終場面への「紛れもない参照」とし、m.760–72 を四部作の最後の9小節と比べる。m.754ホルンの動機、その下でティンパニがモットーのリズムを打ち、「この長調の勝ち誇りを、それが壮大に短調へ崩れうるという可能性ゆえにこそ味わっている」。
→聴取:3度目のイ長調が最も長く、最も広く開きます。だから落ちるときの高さも最大です
コーダ m.773–822
区分小節/Ziffer調主題内容
崩落 / 第3のハンマー打があった場所 m.773 / m.783[164]=m.773 不確定 → a moll Iモットー 調号が♯3つから♭3つへ落ち、楽章の冒頭の装置がそっくり戻る——大太鼓・タムタム・シンバル(スポンジ撥、klingen lassen)、チェレスタ、2台のハープの上行 ff、ティンパニ、そして弦の ff ピッツィカート。Monahan:「この最後の恍惚とした主調長調への突進が、最終の序奏複合体(m.773)に粉砕されたとき、第2主題群の運命は決まる。残るのは、主調短調の長い影に引きずられる衰弱した後記だけである」。
m.783ここに第3のハンマー打があった。削除は「譜表を1本抜いた」ことではない——本ガイドは底本と1906年の Kahnt 刷り(IMSLP #514284)の同じ p.260 を並べて確認した。この Kahnt 刷りは楽章順をすでに入れ替えたあとのもので(p.77=「II. Andante moderato.」、p.100=「III. Scherzo.」。本ガイドが版面で確認)、それでいて第3打はまだ残っている——楽章順の変更が先、第3打の削除が後だったことが印刷物で確かめられる(Haenchen の脚注46「第783小節の打は、のちになってから消された」と合う)。その刷りには「Hammer.」の譜表が ff で存在し、チェレスタの譜表そのものが無く、ハープの指示は「A-dur.」で、トロンボーンとバステューバがここで鳴る。底本ではハンマー譜表が消え、代わりにチェレスタが ff(m.782)で入り、ハープは「B-dur gliss.」に変わり、トロンボーンとテューバは休む。Monahan の縮約譜はここに「第3のハンマー打の元の位置」「モットーと同時に鳴る唯一の打」と書き込む。O'Loughlin も m.783–89 にモットーを数え、「序奏、コーダの前、第3のハンマー打の瞬間」と注記する。
→聴取:削られた3打目は、モットーと重なる唯一の打でした。木槌が無くてもティンパニの行進リズムが轟くので、場所は耳で分かります
葬送のコラール(トロンボーンとテューバ) m.790–815[165] Bedeutend langsamer a moll コラール 「Bedeutend langsamer (aber immer noch Halbe)」。第1トロンボーンに「Schwer!(重く)」と指示され p espr.、第2–4トロンボーンとバステューバが続き、ティンパニの pp ロールとバスの ff ピッツィカートが下を支える。Monahan:「その後にもかすかな衝動がテューバとトロンボーンに動く(m.790 以降)。……ここでのトロンボーンは、2度のハンマー打の直後に現れた音型(m.352 以降と m.504 以降)を反響させており、よく見ればそれらはコラールそのものの遠い末裔で、その回音形をかろうじて保っている」。Haenchen はこれを「トロンボーンのレクイエム」と呼ぶ。
→聴取:序奏の低い木管のコラールが、こんどは金管で戻ります。同じ音楽の最後の姿です
解体と終結 m.816–822Noch einmal so langsam → Schleppend a moll モットー行進 音楽はこの交響曲の最小の細胞——オクターヴの跳躍と短三度の3音——へ解体される(Monahan)。Schweitzer はこれを「レ–メ–ドの動機への liquidation」と呼ぶ。
版面(底本 p.263、本ガイドが確認):「Noch einmal so langsam」→「Schleppend」で4/4になり、バスクラリネットとファゴットの句が pp「morendo」で消えたあと、「(Achtel ausschlagen)(8分音符で振る)」の指示のもと全奏が和音を1つ ff で打つ——実音表記の譜表に調号は無く、イ短調の三和音である。長三和音から短三和音へ落ちる形は、ここには無い。続いてティンパニが「a 2 Pesante」で行進リズムを ff → mf → p と打ち、最後は全弦のピッツィカート p(大太鼓の p の一打を伴う)で終わる。
O'Loughlin:「イの上に持続する三和音が最後に鳴るとき(m.820–21)、それは短調でしかない」。
→聴取:最後の全奏和音は fff ではなく ff で、しかも最後の音ではありません。本当の最後は弦の弱いピッツィカート。「大音量で終わる」と「静かに終わる」はどちらも半分だけ正しく、この2つは続けて起きます
終楽章:形式上の特異点
  • 再現部がどこから始まるかで、読みが4つに割れる。m.520(ハ短調。Dika Newlin を引く英語版 Wikipedia、Mahler Foundation、Haenchen)/m.575(変ロ長調の「逆順の再現部」。Del Mar、アドルノ、La Grange、Hefling、Mitchell ほか、この楽章の伝統的多数説)/m.642(Monahan、Schweitzer)/Bekkerはさらに、第2主題群の再示はまだ提示部の続きで、提示部はハンマーの第1撃で終わると読んだ。Redlich は「前–再現部(ante-recapitulation)」という独自の用語を作った。本ガイドは小節番号つきの表を持つ Schweitzer に沿って並べたが、これは多数説ではない。
  • ハンマー打の数は減らされた。版面に残るのは2打(m.336・m.479)。第3打は m.783 にあり、マーラーが削った。自筆譜に何打あったかは資料で食い違う——Monahan は「初版にある3打に、第1と第3の序奏複合体(m.9・530)の2打を加えた5打」とし、Kubik も同じ2打を挙げる(Hurwitz の書評経由)。この2つは同じ主張であって、独立した2証言ではない。これに対し Haenchen の脚注46は「自筆譜から分かるのは、マーラーが総譜を書き上げたあとで初めてハンマーを使う考えに至ったことである。ハンマー打は後から青鉛筆で4か所(!)に書き入れられている——第336・479・530・783小節。まだ作業段階のうちに彼は第530小節の打を消した。第783小節の打は、のちになってから消された」と記す(本ガイドが原文で確認)。m.9 を数えない点で上の5打説と食い違い、しかも削除の順序まで述べている。「もともと5打で、3打に減らし、最後に2打にした」という広く流布した要約は、この不確かさを平らにならしている。
  • 版面に残る2打はモットーと重ならず、削られた第3打だけがモットーと同時に鳴る位置にあった(Monahan の縮約譜の書き込み)。さらに、Monahan の数え方(5打)に立てば、削られた3打(m.9・530・783)はいずれも序奏複合体の中にあり、いずれもモットーと重なる。この数え方を採るかぎり、マーラーが外したのは打の回数ではなくモットーと重なる打だった、と読める。ただし打数そのものが上の項目のとおり資料で割れており、この読みはその分だけ足場が弱い。
  • アルマの「3つの運命の打撃」。回想(Creighton 訳 1946, p.65/Mitchell 第3版 1973, p.70)は「英雄、その頭上に3つの運命の打撃が落ち、最後のものが樹を伐り倒すように彼を倒す」というマーラーの言葉を伝える。ただし——(1) 1946年版に「ハンマー」という語は第6番との関係で一度も出てこない。「運命の打撃(blows of fate)」と楽譜の「ハンマー打」を同一視したのは読者の推論である。(2) 有名な「長女の死・心臓病の診断・歌劇場辞任」という3つの列挙も、この版には無い。(3) アルマ自身の1924年の文章(Gustav Mahler: Briefe 1879–1911, Zsolnay 1924 の序文)では、「終楽章が3つの恐ろしい打撃を含み、それは交響曲の英雄の生を滅ぼす破局の象徴である」と、彼女自身の読みとして書かれている(本ガイドが原文で確認)。マーラーの言葉としての直接引用の形は1940年代以降に現れる。(4) マーラー公認の《主題解説》を書いた Richard Specht は1913年の著書に運命の打撃も樹の比喩も書かず、終楽章について「世界存在のハンマーが振り下ろされる(この2か所は恐ろしいほどの規模だ!)」とだけ記している。
  • ハンマーの指示は版で字面が違う。底本(KGA)は「短く、力強く、しかし鈍く響く、金属的でない性質の一撃(斧の一撃のように)」と刷るが、1906年の Kahnt 刷り(IMSLP #514284。楽章順を入れ替えたあとの刷りで、本ガイドの底本ではない)にはこの括弧が無い。なお1906年の Kahnt には内容の違う2つの刷りがあり、扉・日付・版番号では区別できない(Bruck:「外見上は不幸にも同一で、いずれも1906年の日付、どちらがどちらを置き換えたのかの表示もなく、版番号も同じだった」)——見分けるには中身を見るしかなく、決め手は内声2楽章の順序である(3月の刷りはスケルツォ第2、10–11月の刷りはアンダンテ第2)。第3打の有無は別の軸で、そちらはさらにあとの改訂による——英語圏で定訳になっている "like the fall of an axe" を引くときは、版を添える必要がある。
  • 第3打を復活させるなら、ハンマーだけ足しても足りない。Kubik 版は、第3打を戻すときはその一節全体の元の管弦楽法と強弱もあわせて復元しなければならないと強く求めており、版に批判的な Hurwitz もこの点だけは「まったく正しい」と認める(書評 p.12 の脚注。本ガイドが原文で確認)。したがって録音を比べるときの分かれ目は「2打か3打か」だけではない——改訂後の響きに木槌を1つ足しただけの演奏と、旧稿の響きごと復元した演奏は別物である。Redlich の Eulenberg 版(1968)は元の管弦楽法の多くを復元しており、Hurwitz はそれが録音されていないことを惜しんでいる。耳で見分けられる——上の m.783 の項に挙げた差(チェレスタが鳴るか鳴らないか、ハープのグリッサンドがイ長調か変ロ長調か、トロンボーンとテューバが加わるか)が、改訂後の響きに木槌だけ足したのか、旧稿の響きごと戻したのかを分ける。
  • イ長調は3度開き、3度とも閉じる(m.364・458・728)。Monahan はこれを「ユートピア的幻視」と呼ぶ。3度目が最も長く、最も自然な場所(第2主題群の対応位置)に置かれ、そのぶん m.773 の崩落が大きい。再現部もコーダも、イ短調の終止和音に到達しない——「序奏を通じて予告されていたとおり、イ短調は終止の礼儀ではなく力ずくで優位を得る調である」(Monahan)。
  • 「Tragische(悲劇的)」はマーラーが付けた副題ではない。1906年の Kahnt 刷り(IMSLP #514284。本ガイドの底本ではない)の扉には「SECHSTE SYMPHONIE FÜR GROSSES ORCHESTER」とだけ刷られ、副題はない。Specht の公認《主題解説》にも、ツェムリンスキーのピアノ連弾編曲にも無い。副題が現れる最初のものとして確認できるのは1907年1月4日ウィーンの演奏会プログラム(マーラー自身の指揮)で「Sechste Sinfonie (Tragische)」。黙認したことは窺えるが、彼が監修した出版物のどれにも印刷されていない。

参考文献

  • 楽譜(底本):Gustav Mahler, Symphonie Nr. 6, Kritische Gesamtausgabe(Erwin Ratz 校訂 1963/Karl Heinz Füssl・Reinhold Kubik による改訂刷 1998–2000), C.F. Kahnt/Peters, 版番号 4526/KT 4526, 263頁 — IMSLP #522228。小節番号を刷る唯一の入手可能な版。同ページの Kahnt 1906 刷り(#514284。初版ではなく、楽章順を入れ替えたあとの刷り——本ガイドが p.77・p.100 で確認)と Dover 復刻(#927113)は練習番号のみ。1906年3月の初刷(スケルツォ第2・ハンマー3打)の実物は IMSLP に無く、本ガイドは見ていない。
  • Niall O'Loughlin, "Interconnecting Musicologies: Decoding Mahler's Sixth Symphony," Muzikološki zbornik / Musicological Annual XXXIX (2003), 31–49 — 全文PDF(査読誌・公開)。モットー・コラール・牛鈴・ハンマーの全曲センサスを小節番号つきで持つ。
  • Benjamin G. Schweitzer, Chorale and Collapse: An Analysis of Mahler's Sixth Symphony, MA thesis, Queens College, CUNY, 2022 — 全文公開。終楽章の形式表(Table 10.1)と全曲の調計画。
  • Seth Monahan, Mahler's Symphonic Sonatas, Oxford University Press, 2015 — 出版社が無料公開する図版PDFと第1楽章の注記つき縮約譜。
  • Paul Bekker, Gustav Mahlers Sinfonien, 1921 — Kelly Dean Hansen による英訳。原文に小節番号は一つも無く、英訳中の小節番号はすべて訳者の補い。本ガイドは音の描写のみを採った。
  • Gilbert Kaplan (ed.), The Correct Movement Order in Mahler's Sixth Symphony, The Kaplan Foundation, 2004 — 全文PDF。Jerry Bruck「Undoing a 'Tragic' Mistake」と Reinhold Kubik「Analysis versus History: Erwin Ratz and the Sixth Symphony」(国際マーラー協会の公式見解)を収める。アンダンテ第2を主張する側の刊行物である点は明記しておく。
  • David Hurwitz, 2010年 Kubik 版への書評, ClassicsToday — PDF。スケルツォ第2を支持する側のまとまった反論。
  • Alma Mahler, Gustav Mahler: Memories and Letters, trans. Basil Creighton, Viking Press, 1946 — archive.org。「3つの運命の打撃」は p.65、エッセンの総練習は p.89。
  • Hartmut Haenchen, Imaginäre Briefe Bd. 8(マーラー第6番) — PDF。指揮者の自費出版。本文はマーラーの一人称で書かれた再構成の書簡なので史料ではない——史料として扱えるのは脚注の側(Haenchen 自身の分析)だけである。本ガイドはスケルツォの区分(脚注20)をここから採り、他資料と突き合わせたうえで用いた。
  • Niall O'Loughlin, "The Movement Order of Mahler's Sixth Symphony: Musical Considerations," Muzikološki zbornik 44/2 (2008), 39–52, DOI 10.4312/mz.44.2.39-52 — 楽章順だけを論じた査読論文。学術誌自身の配信は壊れているが(PDFを取りに行くと同号の別論文が返る)、スロヴェニア国立大学図書館の dLib.si に全文があり、本ガイドはそちらから取得して読んだ(2026-09-07)。
  • Matthew Saunders, "Mahler, Symphony No. 6"(martiandances.com)— 個人ブログ。第1楽章のオクターヴ跳躍の反転と1カッコの逆行について本文で用いた。学術文献と同じ格ではない。
  • Steven Ledbetter, プログラムノート(University of Georgia Symphony Orchestra, 2016-03-03)— 演奏会解説。終楽章の「上行するオクターヴで始まる高翔するヴァイオリン主題が、第1楽章の下行オクターヴを鏡に映す」という観察を用いた。ただし底本の m.191 でソロを取るのはホルン1・3 なので、彼が指しているのは同じ主題群の別の場面かもしれない。
  • 未見(本ガイドが到達できなかったもの):Seth Monahan, "'Inescapable' Coherence and the Failure of the Novel-Symphony in the Finale of Mahler's Sixth," 19th-Century Music 31/1 (2007), 53–95(有料。本ガイドの終楽章はこの読みに全面的に依っているのに、その論証本体を読めていない)/David Matthews, "The Sixth Symphony," in The Mahler Companion, ed. Mitchell & Nicholson, OUP 1999(英語圏の標準章)/Stefan Hanheide, Mahlers Visionen vom Untergang, 2004(この曲だけを扱う独語単行本)/Karl Heinz Füssl, "Zur Stellung der Mittelsätze in Mahlers Sechster Symphonie," Nachrichten zur Mahler-Forschung (1992)(スケルツォ第2側の主要論文。本文で名前だけ借りている)/Henry-Louis de La Grange, "The Sixth Symphony: The Order of Movements," 同誌 58 (2008)/Herta Blaukopf, 同誌 (2004)/Theodor W. Adorno, Mahler: Eine musikalische Physiognomik (1960)(本文の3か所はいずれも孫引き)/Warren Darcy, "Rotational Form, Teleological Genesis, and Fantasy-Projection in the Slow Movement of Mahler's Sixth Symphony," 19th-Century Music 25/1 (2001)(有料)/Seth Monahan, "'I have tried to capture you…': Rethinking the 'Alma' Theme," JAMS 64/1 (2011)(有料)/Norman Del Mar, Mahler's Sixth Symphony: A Study, Eulenburg, 1980/Peter Andraschke(1978、第1楽章の単独研究)/Hans-Peter Jülg(1986)/Constantin Floros, Gustav Mahler: The Symphonies(部分のみ)/Robert Samuels, Mahler's Sixth Symphony: A Study in Musical Semiotics, Cambridge UP, 1995(部分のみ)/Kubik 2010年版(C.F. Peters EP 11210)とその校訂報告/La Grange 第3・4巻。これらに由来する記述はすべて孫引きであることを本文に明示した。
第1版 | 初版 2026-09-06 | 最終改訂 2026-09-07