マーラー:交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」 — 全5楽章アナリーゼ
Gustav Mahler, Symphony No. 7 in E minor "Lied der Nacht" (1904–05) 楽曲ガイド
調と枠の地図:第1楽章の序奏ロ短調に発し、ホ短調を経て、終楽章ハ長調で閉じる「闇→光」の進行的調性(第6番でいったん放棄した手法への回帰)。配置は対称のアーチ——両端の枠楽章(I・V)の内側で、2つの夜曲(Nachtmusik II・IV)が中心のスケルツォ(III)を挟む。色もこのアーチに対応(青=枠/灰=夜曲/紫=影の中心/緑=光のフィナーレ)。
出典・底本
主な分析ソース:第1楽章=Dennis Ming-yiu Wu「Structure of the First Movement of Mahler's Seventh Symphony – A Reading of Readings」(香港中文大学の学術論文。PDF。総括表が La Grange 〔vol.3, 855–6〕と Floros 〔192–4〕の両分析を小節番号+練習番号つきで併記)。全体・第2〜5楽章=英語版 Wikipedia「Symphony No. 7 (Mahler)」/The Mahler Foundation(財団)/LA Phil・Utah Symphony(USUO)等の楽団解説。第3楽章の小節=Matthew Saunders の個人ブログ(martiandances.com。個人媒体のため出所を明示して扱う)。
位置の準拠:第1楽章は 小節+練習番号(Ziffer)を併記(La Grange の読みを主軸に、Floros の異読を併記)。第2・4・5楽章は小節単位の通し資料が取れず、位置は区分・テンポ・場面で示す(推測の小節を書かない)。第3楽章の小節は Saunders 個人分析として注記する。
底本(版)は未確認(初版 1909 Bote & Bock/Ratz 校訂 1960/Redlich 1962/Kubik 新批判全集 2012 がある。Wu 論文の練習番号がどの版準拠かは論文中で未記載)。第1楽章の展開部・再現部の開始小節は分析者で割れる——本ガイドはこれを「形式の急所(crux)」として本文・特異点に両論併記する。
全5楽章の俯瞰
楽章形式主調特記形式上の変型聴きどころ
I. Langsam – Allegroソナタ形式(緩序奏つき)h→eテノールホルン独奏で開始展開部・再現部の境界が分析者で割れる低く吼えるテノールホルンの序奏主題が楽章の種。展開部が巨大で、行進主題が荘厳なコラールへ変容する。
II. Nachtmusik I対称的ロンドC/c夜のさすらい(《夜警》に喩える)主題が鏡像的に逆順で回帰2本のホルンの遠近をつけた呼び交わし、「鳥の声のように」集まる木管、遠くのカウベル。長短が数拍ごとに揺れる。
III. Scherzo: Schattenhaftスケルツォ=トリオd(ニ長/短)「影のように」グロテスク再現で主題を再示せず同時に積層ティンパニとピチカートの不気味な対話で開始。ウィンナ・ワルツの病的な戯画。低弦に fffff「弦が指板を打つほど」の指示。
IV. Nachtmusik IIセレナード(A–A′–B–A′)F durギター・マンドリン/室内楽編成金管の大半が沈黙する「室内楽の島」独奏ヴァイオリンのグリッサンド、ギターとマンドリンの爪弾きの上を独奏ホルンが甘く歌う、巨大編成中の親密なセレナード。
V. Rondo-Finaleロンド+8変奏(+大コーダ)C dur祝祭のハ長調・引用の織物第1楽章主題が回帰する循環ティンパニの強奏で夜が明ける。マイスタージンガーやメリー・ウィドウの引喩がコラージュ風に交錯。最後は和音が一瞬翳ってから fff のハ長調で断ち切る。
楽章をまたぐ仕掛け:①進行的調性——ホ短調に発しハ長調で閉じる「夜→夜明け」の弧。②対称アーチ——両端の枠楽章の内側で2つの夜曲(II・IV)が中心のスケルツォ(III)を挟む。③終楽章コーダで第1楽章主題が回帰し、循環を閉じる。④通称「夜の歌(Lied der Nacht)」はマーラー自身の命名ではない——マーラーが付けたのは第2・第4楽章の "Nachtmusik" のみで、その標題が後に全曲へ広がった。
第1楽章 Langsam (Adagio) – Allegro risoluto, ma non troppo
自由なソナタ形式(緩序奏つき・境界に異論あり)
序奏:h moll主部:e moll 序奏4/4→主部 alla breveテノールホルン独奏で開始 位置:小節+練習番号(Wu/La Grange・Floros)
序奏
m.1–49
提示部
m.50–144
展開部
m.145–372
再現部
m.373–494
コーダ
m.495–
区分は La Grange の読みを主軸にした幅。巨大な展開部がこの楽章の重心で、中央に「宗教的幻影」のコラールを抱える。Floros は展開部を m.186、再現部を m.338 とする(→特異点)。
序奏 Langsam(Adagio) m.1–49
区分小節/番号調主題内容・性格・聴取ポイント
序奏主題(テノールホルン) m.1 / №1 h moll 序奏 I 付加6度和音上の緩い行進リズムに乗り、テノールホルン独奏が属音主題を吼えるように歌う。m.2 の付点リズム動機が、のちに m.45 で「連続完全4度」の動機へ変容する——この4度がこの曲の“モダンな響き”の核(Wu/Revers)。
→ 聴取:いちばん最初の独奏=低く吼える金管的な音。これが楽章全体の種。付点のリズムを覚える
序奏の移行・アリオーソ m.19 / №3
m.27 / №3
h→es I′ m.19:やや速度を上げるが「常に非常に厳粛に」、行進歩調が立ち上がる。m.27:変ホ短調で歌うようなアリオーソ(Nicht schleppen)、後の主題Aを予示する。
→ 聴取:厳かな行進が立ち上がり、ふっと歌に変わる
提示部 Allegro risoluto m.50–144
区分小節/番号調主題内容・性格・聴取ポイント
主主題 A m.50 / №6 e moll A Allegro con fuoco。疾走する主主題が一気に立ち上がる(テノールホルンは m.36 以降いったん沈黙)。m.80:変ロ長調で主題の変形 A′。
→ 聴取:序奏の重さから一転、火のように疾駆する。ここがソナタ主部の出発
第2主題 B m.118 / №14 C dur B a tempo(sempre l'istesso)。より広く穏やかな、弦がスイープする抒情主題。m.134:終結主題 C(序奏 I′ 由来)が a tempo Allegro で割り込み、B 主題を未完のまま中断する。
→ 聴取:弦の大きく息づく歌。すぐに荒々しいエピソードが横入りする落差
展開部 m.145–372 — 楽章の重心
区分小節/番号調主題内容・性格・聴取ポイント
展開部 開始(La Grange) m.145 / №18 e–h–e A,A′ Tempo I。提示部素材の変形再示。La Grange はここを展開部の開始とする。m.174:ニ長→ロ短で序奏動機 I と A′ が結合。
→ 聴取:主題が形を変えて舞い戻る。序奏の動機と主主題が絡みはじめる
A の反行(Floros の展開部開始) m.186 / №22 →H dur A′+I A の反行形が現れる。Floros はここを展開部の開始とする。m.196:Moderato、序奏の閉じ動機(m.17–18)が回帰し、テノールホルンが復帰(m.193)
→ 聴取:主題が「逆さま」に流れる。低く吼える序奏の楽器がここで戻ってくる
宗教的幻影(コラール+《Urlicht》回想) m.256 / №31
m.298 / №37
Es dur コラール m.245:pp のトランペット信号(ファンファーレ)。m.256:Meno mosso、行進主題が荘厳なコラールに変容し、第2番《Urlicht》を回想する(Floros)。m.266:subito Allegro、独奏ヴァイオリンの挿話(ト長/短)。m.298:再びコラールとファンファーレ。
→ 聴取:行進が突然、教会の合唱のように荘厳化する。展開部中央の精神的な高み
ロ長調の頂点(楽章の中心) m.317 / №39
m.328 / №41
H dur 全主題 Sehr breit。全主題が長調に染まる(序奏主題 I も長調になる=終楽章以外で唯一)。m.328 から高揚し、m.335 で頂点、強い V–I 終止に達する(Floros の言う「楽章の中心、ロ長調」)。
→ 聴取:すべてが明るく一つに溶ける、安定したロ長調の絶頂
序奏の荘厳な回帰(境界の急所) m.338 / №42 h moll 序奏 I Adagio(序奏のテンポ)。葬送行進のリズムとトロンボーン独奏で、序奏主題 I が荘厳に回帰する。急所:Floros はここを「再現部開始」とする。La Grange はなお「序奏再現=移行」と読む(→特異点)
→ 聴取:冒頭の重い世界が荘厳に戻る。ここを再現の開始と聴くか、まだ展開の続きと聴くかで楽章の見取り図が変わる
再現部(La Grange) m.373–494
区分小節/番号調主題内容・変容・提示部との差異
主主題 A 再現 m.373 / №46 e moll A Allegro come prima。La Grange の読む真の再現部開始。差異:提示部より激しく、塑性的な三連音をまとい、♭IV–I の変格終止で導き入れられる
→ 聴取:火の主題が、より分厚く戻ってくる
第2主題 B 再現 m.465 / №57 G dur B m.427:A′ がロ長調で(提示部 m.80 は変ロ長調)。m.465:第2主題 B がト長調で再現。m.487:終結主題 C(Frisch)。差異:第2主題は提示部のハ長調(m.118)→再現はト長調。提示部とは別の調で「解決」する
→ 聴取:あの広い抒情主題が、別の調の光で戻る
コーダ m.495– (Floros は m.523 から)
区分小節/番号調主題内容
コーダ m.495 / №61
m.523 / №65
e moll 行進リズム m.495:Nicht eilen!(急がずに)。m.523:Tempo I(Allegro)で行進リズムの壮大なコーダ——La Grange はコーダを m.495 から、Floros は m.523 からとする。楽章はホ長調和音で閉じる。
→ 聴取:行進が壮麗に束ねられて楽章を閉じる
第1楽章:形式上の特異点
  • 形式境界そのものが分析者で割れる(この楽章の急所):展開部開始=La Grange m.145/Floros m.186。再現部開始=Floros m.338(ロ短調で序奏=主題Iが荘厳回帰)vs La Grange m.373(ホ短調で主主題A)。序奏主題が「主部主題(Hauptsatz)」か「序奏(Einleitung)」かで再現点が動く(Wu、アドルノは「ソナタ形式の急所」と評す)
  • テノールホルン独奏で開始:マーラーが他の交響曲で一度も使わなかった楽器。登場は m.1ff/m.32ff/m.193ff/m.334ff(Wu 脚注18)
  • 連続完全4度の動機:序奏の付点リズム動機(m.2)が m.45 で連続4度へ変容=この曲の前衛的な響きの核(Wu、Revers、シェーンベルクの証言)
  • 「宗教的幻影」:展開部中央(m.256以降/m.298)で行進主題が荘厳なコラールに変わり、第2番《Urlicht》を回想(Floros)
  • 付点リズムの着想:マーラーは「湖でボートを漕いでいて浮かんだ」とアルマに書いた(La Grange vol.3, 239)
第2楽章 Nachtmusik I. Allegro moderato
対称的ロンド(鏡像構造)
主調:C dur/c moll夜のさすらい(Nachtwanderung) 弱音器ホルン・カウベル・鳥の声位置:小節資料なし
I
A
B
I/A
C
I/A
B
A
I
主題が中心(C)を軸に鏡像(パリンドローム)的に並ぶ:I–A–B–I/A–C–I/A–B–A–I(Wikipedia/Mahler Foundation)。小節境界の資料はないため、幅は順序を示すだけで縮尺ではない。
区分調主題・動機内容・性格・聴取ポイント
序奏 (I) C↔c ホルンの呼び交わし 2本のホルンが応答し合い、第2ホルンは弱音器で「遠さ」を演出。木管が「鳥の声のように(wie Vogelstimmen)」集まる。
→ 聴取:遠近をつけたホルンの掛け合いと、グロテスクな鳥のさえずり。夜の散歩が始まる
主題 A(行進) C dur 牧歌主題+《Revelge》 豊かで田園的なホルンの主題。歌曲《Revelge》由来の行進リズムに乗り、伴奏は col legno(弓の木で弦を打つ)。
→ 聴取:col legno のカサカサした行進。素朴で牧歌的な歌
主題 B(舞曲) (調は未確認) 素朴な舞曲 優しく無邪気な田園的舞曲。
→ 聴取:肩の力の抜けた舞曲。場面が和らぐ
中心部 C(中央) (調は未確認) 長短モットー 「意地悪な」性格の中間部。《Revelge》のリズムと鳥の声で装飾され、第6番由来の長短(major-minor)動機が顔を出す。
→ 聴取:鏡の中心。不気味に彩られ、長調と短調が入れ替わる
逆順の回帰(I/A–B–A–I) →C 諸主題+カウベル 中心を過ぎると主題が逆順で戻る。回帰部では遠くのカウベルが夜の気配を添え、鳥の声が長短モットーとともに消えていく。
→ 聴取:来た道を鏡のように戻る。遠いカウベルと、消えゆく小鳥の声でフェードアウト
第2楽章:特異点
  • 弱音器ホルンによる「距離」の幻影(第2ホルンを mute)——夜のさすらいの遠近感
  • 「鳥の声のように(wie Vogelstimmen)」の木管と、遠くのカウベルによる夜の音響
  • 行進主題が歌曲《Revelge》のリズムに由来(Mahler Foundation)
  • ハ長調/ハ短調が数拍ごとに揺れる長短両義性
  • 主題が中心 C を軸に鏡像的に逆順回帰する対称ロンド。マーラーはこの楽章をレンブラント《夜警》に喩えた(絵の描写ではない)
  • ※ 二次資料は散文記述に留まり、各区分の小節境界は典拠なし。LA Phil は「A–B–A–B–A」と簡略化する(形式の粒度に資料差)
第3楽章 Scherzo. Schattenhaft(影のように)
スケルツォ=トリオ
主調:d moll(資料により「ニ長/短」)Fließend, aber nicht zu schnell fffff のピチカート小節は Saunders 個人分析
スケルツォ(導入+主部)
d moll
トリオ
長調
スケルツォ再現+コーダ
d moll
ウィンナ・ワルツの「最も病的で皮肉な戯画」。下の小節番号は Matthew Saunders の個人分析による(※印)。調は資料で割れる(→特異点)。
区分位置※調主題・動機内容・性格・聴取ポイント
導入 m.1–12 d moll ティンパニ+pizz ティンパニと pizzicato 低弦の対話。半音(B♭–A)の「種」から12小節かけて素材を蓄積し、皮肉な木管が合いの手を入れる。
→ 聴取:pp のティンパニとピチカートの不気味な問答。何かが忍び寄る気配
スケルツォ主部 m.13〜 d moll 威嚇的ワルツ 「威嚇的なワルツ」主題と、木管の「嘆き(klagend)」動機。幽霊的・グロテスクで、木管が金切り声をあげ、低弦が不気味に揺れる。主題は特定の楽器に固定されず、オーケストラ中を巡る。
→ 聴取:渦巻く三連音と、突き刺すような木管。踊りが亡霊のように歪む
トリオ m.179〜 長調 反行・第3番引用 スケルツォ主題(m.38 の木管)を長調・反行で改作。オーボエの二重奏(dolce espressivo)で開始し、呼び交わし(m.210–243)を経て、m.246 でホルン・チェロがマーラー第3番を引用する。
→ 聴取:一瞬の暖かい長調。独奏ヴィオラが舞い、束の間の田園が開ける
スケルツォ再現+コーダ m.293〜/終結 m.408 d moll 主題の積層 拡大した導入から再現へ。諸主題を単純に再示せず同時に積層してパロディ化する。終結は snap pizzicato(m.408)。
→ 聴取:主題が重なり合い、夢のように出没してフェードアウトする
※ 小節番号は Matthew Saunders の個人ブログのみが出すもので、相互検証できていない(個人分析として参照)。Mahler Foundation/USUO は散文記述で小節を示さない。
第3楽章:特異点と両論
  • 調が資料で割れる:Mahler Foundation の第3楽章ページは「ニ短調(トリオは長調)」、Wikipedia/概説は「ニ長調とニ短調」と並記。本ガイドは「ニ短調のスケルツォ+長調のトリオ」を主軸に両論併記
  • 「影のように(schattenhaft)」の幽霊的・グロテスクな性格=ウィンナ・ワルツの病的な戯画
  • 極端な指定:チェロ・コントラバスの fffff ピチカート「弦が指板(木)に当たるほど強く弾け」——スコア最大級のダイナミクス(Wikipedia/Mahler Foundation)
  • トリオでマーラー第3番を引用(ホルン・チェロ、Saunders は m.246 とする)
  • 主題が特定楽器に固定されずオーケストラ中を巡り、再現で主題を再示せず同時に積層してパロディ化する
  • ※ 拍子はワルツ性から3拍子系が示唆されるのみで、典拠での明記が取れず断定しない
第4楽章 Nachtmusik II. Andante amoroso
セレナード(A–A′–B–A′)
主調:F dur2/4 ギター・マンドリン・独奏Vn/Hn/Vc室内楽編成(金管の大半が休み)
A:セレナード提示
F dur
A′:展開
転調
B:トリオ
(調は未確認)
A′:回帰/コーダ
F dur
巨大編成のなかに置かれた「室内楽の島」。緩いセレナード三部(USUO は AA′BA=serenade/その展開/trio/serenade と記す)。小節境界の資料はないため幅は順序の目安。
区分調主題・動機内容・性格・聴取ポイント
セレナード提示 A F dur ホルン旋律 独奏ヴァイオリンのグリッサンドで開始。ハープ・ギター・マンドリンの撥弦の上に、独奏ホルンが "zart hervortretend"(やわらかく前へ)と甘く歌い、セレナードの気分を確立する。
→ 聴取:ギターとマンドリンの爪弾き。巨大なオーケストラが急に親密な小編成に縮む驚き
展開 A′ F→短調側 主題の断片化 主題素材が断片化し、マンドリンの音色が前に出て短調へ陰る。"graziosissimo" の優美な短い間奏(Mahler Foundation)。
→ 聴取:楽器の組み合わせが刻々と変わる。木管に鳥の声めいた身振り
トリオ B(中央) (F以外、調は未確認) 独奏Hn+Vc 独奏ホルンとチェロによる、息の長い「広い下行主題」。中央部はやや劇的に高まる。
→ 聴取:独奏チェロとホルンが寄り添う、深く歌う旋律
セレナード回帰/コーダ A′ F dur 冒頭素材の変奏 冒頭素材が変奏されて戻り、短く劇的強度まで高まったのち、鳥の声と撥弦の和音へ収束する。終末は透明な静けさで、フィナーレ突入への静かな背景となる(Wikipedia)。
→ 聴取:最後は爪弾きと小鳥のさえずりで消えるように閉じる。次の楽章の唐突な爆発への“間”
第4楽章:特異点
  • ギターとマンドリンを含む、巨大編成中の「室内楽の島」——マーラー交響曲で唯一この2楽器を使う楽章
  • "Andante amoroso" の親密さ=地中海風セレナードの装い(LA Phil「Mediterranean serenade」)
  • 撥弦の織物:ハープ・弦・ギター・マンドリンの爪弾きの上を、独奏ホルン・独奏ヴァイオリンが歌う
  • 金管の大半が沈黙(トロンボーン・チューバ・トランペット休み、木管半減)で得る透明な音色
  • 終結の透明化が、フィナーレの唐突な開始への対比を準備する
  • ※ ヘ長調以外の各部の具体調は信頼できる形で取れず、「短調側へ転調」までに留める
第5楽章 Rondo-Finale
ロンド+8変奏(+大コーダ)
主調:C dur4/4 ティンパニの強奏で開始引用の織物(マイスタージンガー他)
リフレイン A
行進・C dur
エピソード
牧歌/オペレッタ
変奏・展開の交替
転調多数
第1楽章主題の回帰
コーダ
fff C dur
形式は「ロンド+8変奏」(Wikipedia/Mahler Foundation)。USUO は「ソナタ・ロンド/8エピソード」とも。テンポが9回以上変わり、拍子も揺れる「ポストモダンのコラージュ」。小節境界の資料はないため幅は順序の目安。
区分調主題・動機内容・性格・聴取ポイント
リフレイン A(行進) C dur マイスタージンガー引喩 Tempo I(Allegro ordinario)。ティンパニの強打と輝く金管のコラールで夜が明ける。①トランペットのコラール②ホルンによるワーグナー《マイスタージンガー》行進曲の引喩③活発なヴァイオリンの変形。気高いはずの行進が "disingenuously pompous(もったいぶった大仰さ)" に変質する(USUO)。
→ 聴取:冒頭のティンパニ強打と金管のコラール。荘厳なはずの行進がどこか滑稽にずれる
エピソード(牧歌/オペレッタ) C圏/D系 メリー・ウィドウ引喩 オーボエの二重奏による牧歌的挿話。続いて レハール《メリー・ウィドウ》のワルツの引喩を二倍速で、USUO の言う「ハイドン風メヌエット」(ニ長調・複合拍子)として。三拍子と二拍子の混乱が続く。
→ 聴取:ウィンナ・ワルツめいた節が、行進のテンポに無理やり押し込まれる可笑しみ
変奏・展開の交替 転調多数 各主題の重ね合わせ 各主題が変奏・重畳される。USUO は《トリスタン》第1幕終結の金管の身振りの模倣→ハ長調から急に変ト/A♭和音へ転じて英雄性を覆す、と指摘する(USUO 単独の読み)。テンポと拍子が頻繁に変わる「ポストモダンのコラージュ」。
→ 聴取:祝祭が何度も腰を折られる。引用とパロディが次々に横切る
第1楽章主題の回帰(循環) 短調→長調 第1楽章 主主題 第1楽章の主主題が回帰し、肥大したワーグナー風の行進主題に重ね合わされる。「猛烈に華やいだフィナーレの只中に現れ、すぐ鎮められて長調で再来する」(Wikipedia)。第4楽章の "twinkle" 句も再帰する(USUO)。
→ 聴取:序盤の暗い主題がふいに顔を出し、押し返される。全曲が円環を閉じる瞬間
コーダ/結尾 C dur 和声の地口(pun) マイスタージンガー句とティンパニ動機が回帰。迷い込んだ G♯(=異名同音の A♭)が和音を長和音から増和音へ変え、音楽が急にピアノへ落ち、そののち fff のハ長調和音で全曲を断ち切る(Wikipedia/USUO)。カウベルとグロッケンシュピールが輝きを添える。
→ 聴取:最後の一瞬、和音が翳ってから fff のハ長調で叩き切る。この“地口”が祝祭に小さな影を残す
第5楽章:特異点
  • 祝祭的ハ長調=夜曲群のあとの「broad daylight」。全曲の調的解決点(進行的調性の到達)
  • 《マイスタージンガー》引用は実在(Wikipedia/Mahler Foundation/USUO/LA Phil で一致)。パロディ/皮肉として扱われる一方、スタインバーグは「上機嫌な勝利の記号」とも読む
  • レハール《メリー・ウィドウ》のワルツの引喩。USUO はさらに《トリスタン》第1幕終結の模倣、モーツァルト《後宮からの誘拐》のトルコ風音楽の近似引用も挙げる(後二者は USUO 単独・要裏取り)
  • 第1楽章主題の回帰による循環的構造
  • テンポが9回以上変化、拍子も揺れる
  • 結尾の和声的「地口(pun)」:迷い込む G♯(=A♭)で増和音に翳らせてから fff のハ長調で断ち切る
終楽章ハ長調をめぐる論争
この祝祭的フィナーレは「マーラー全交響曲中もっとも議論を呼ぶ楽章」とされる。祝祭一辺倒の気分が、夜の各楽章の暗さと齟齬をきたすと聴くか、夜を抜けた真正の夜明けと聴くか——評価が真っ二つに割れてきた。
懐疑・否定派
先行楽章が立てた問いを回避した皮相な拍子抜け、英雄的フィナーレ伝統への皮肉な回想と読む。オーリン・ダウンズ(1948)は「陰気な決まり文句」「暴挙」とまで評した。
擁護・肯定派
シェーンベルクは本作を擁護し批評家にスコアの精読を促した。バーンスタインの擁護も再評価に寄与。ケネディは「生を肯定する力強い祝祭絵巻」と。マーラー自身は「世界はわがものだ」と説明した。
両義として読む
アドルノは勝利か皮肉かに両義的で、「悪魔的な反抗の身振りが、脆い寓意として和解を意味しうる」とする。引用とパロディの織物を、皮肉とも勝利とも決めきらずに聴く立場。

参考文献