Ursa Epicure楽曲ガイド
シュミット:オラトリオ《7つの封印の書》
Franz Schmidt: Das Buch mit sieben Siegeln(1935–1937年作曲・1938年初演)|独唱6・合唱・オルガン・管弦楽/約110分
部の地図:作曲者自身が「プロローグ/第1部/第2部」の三分割と述べており(初演時の覚え書き)、上の4枚のうち「二」と「結」はその第2部を読みやすさのために二つに割ったもの。調名はプロローグと終結にしか典拠がない——ヨハネの挨拶がハ長調の大カデンツ、頌栄が「ニ長調の前奏曲とフーガ」、子羊がト長調、終盤で「わが子となる」の語からイ長調に落ち着き、ハレルヤがニ長調(いずれも Hrdlicka)。封印とラッパの各場面の調を明記した資料は見つかっていないので「—」にしてある。幅は参照録音の各部の演奏時間に比例。上枠ボルドー=額縁(冒頭と閉幕は音楽的に同一)。
出典・底本
主な分析ソース:Teresa Hrdlicka による解説(Preiser PH05029 ブックレット・ドイツ語/PDF)——調名・小節数・技法をひとつずつ挙げる資料で、本ガイドの調と小節数はほぼすべてこれに拠る。ほかに Wilhelm Sinkovicz の解説(Oehms OC1840/PDF)、シュミット自身が初演のために書いた覚え書き(Orfeo C143862H ブックレット所収/PDF。初演プログラムのファクシミリを含む)。
位置の準拠:リハーサル番号([62] 等)は本ガイド実測。底本=Universal Edition ヴォーカルスコア U.E. 10.951(1938年・シュミット自身によるピアノ縮約、Internet Archive のスキャンIMSLP。区分の開始点を1ページずつ目視で確認した。小節番号の通し資料は未確認のため小節では示さない(Hrdlicka が明記する「28小節」「25小節」などの数はその値を引く)。テンポ標語・声部指示・拍子・「(Orgel)」の指定はこの底本からの実測。
参照録音(時間目安の基準):ニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン楽友協会合唱団、クルト・シュトライト(ヨハネ)、フランツ・ハヴラタ(主の声)/Teldec 8573-81040-2/2000年4月 楽友協会ライブ。「≈CD1 33:40」等は各ディスク内の累積時間(MusicBrainz のトラック長から算出・10秒単位)で、本盤での目安であり作品の事実ではない。
本文で言及する論:Hrdlicka、Sinkovicz、シュミット自身。資料と楽譜が食い違う箇所は本文に両論を併記する。
曲全体の区分の俯瞰(三分割+額縁)
内容位置(参照録音)調聴きどころ
序:天上のプロローグヨハネの挨拶/主の召命/玉座の礼拝と頌栄/封印された書/子羊の出現CD1 0:00〜30:30C → D → Gハ長調の大きなカデンツで挨拶が始まり、四重唱と合唱の「聖なるかな」がニ長調のフーガへ育つ。書が現れると音楽はパッサカリアになり、低弦の同じ主題が半音ずつ上がりながら7回。
第1部:第1〜第6の封印四騎士(白・赤・黒・青白い馬)/殉教者の合唱/世界の終わりCD1 30:30〜終(66:53)典拠に調名なしオルガン独奏で始まり、封印がひとつ開くごとに世界が壊れていく。赤い馬では合唱が男声(兵士)と女声(母たち)に割れて罵り合い、最後は半音階だらけの巨大な合唱フーガで第1部が閉じる。
第2部:第7の封印〜最後の審判天の沈黙/太陽をまとった女と竜/ミカエルの戦い/七つのラッパ/4主題フーガCD2 0:00〜32:40典拠に調名なしふたたびオルガン独奏をはさみ、28小節の「天の沈黙」が開く。沈黙のなかで語られる竜との戦いが終わると、七つのラッパが順に鳴り、最後は4つの主題が同時に走るフーガ。
結:新しい天と地〜閉幕挨拶主の声(3回目)/ハレルヤ/男声合唱の感謝/ヨハネの閉幕挨拶CD2 32:40〜終(49:35)A → D →(冒頭)主の声がプロローグと同じ音楽で戻り、イ長調に落ち着いてからニ長調のハレルヤへ。その後、器楽を全部引いた男声のユニゾンが来て、最後に冒頭の挨拶がそのまま戻る。
全体を貫くもの:額縁——冒頭のヨハネの挨拶「Gnade sei mit euch」と閉幕の「Ich bin es, Johannes」は音楽的に完全に同一で、違いはヨハネの「アーメン」に合唱が加わることだけ(Hrdlicka)。循環する主題——「書の主題」はプロローグのパッサカリア、第1部冒頭のオルガン独奏、最後の審判の「そして書物が開かれた」と3度戻り、転回形と原形を使い分ける。「沈黙の動機」は第2部の長い挿話を前後から挟む。第1の封印の白い騎手は第2部で再登場し、そこでプロローグ冒頭の音楽が戻る(いずれも Hrdlicka)。主の声は3回——ヨハネの召命、第1部の騒擾の鎮め、第2部の救いの告知(シュミット自身の覚え書き)。
オルガンの位置づけ:シュミットは覚え書きで、管弦楽には前奏曲・間奏曲のような独立した器楽楽章を担わせず、それをオルガンに振り分けたと書いている。オルガンはこの作品では管弦楽に混ざる一楽器ではなく、独立した音体として扱われる。プロローグと第1部のあいだ、第1部と第2部のあいだに置かれた2曲のオルガン独奏がその実体で、のちにオルガン用の《2つの間奏曲》として単独出版された。
主要主題・動機(凡例)
挨拶の動機(1小節・ホルン)
冒頭のホルンの1小節音型。ピアノ縮約では f marcato の4分音符が順次上行する形(実測)。最初の7小節のうちに7回繰り返され、聖数7を最初に鳴らす(Hrdlicka)。この動機を含む挨拶の音楽が、そのまま閉幕にも使われる。
書の主題(Buch-Thema)
パッサカリアの固執低音。つねに pp のまま半音ずつ高くなりながら7回、最初はコントラバス、最後はファゴットと低弦(Hrdlicka)。天使の問いで転回形になり、第1部冒頭のオルガン独奏でまた7回、最後の審判では転回形→原形の順に戻る。
子羊のカンティレーナ(オーボエ)
子羊の出現を告げる、飾りのないト長調とオーボエ——牧人の楽器——の旋律(Hrdlicka)。第2部で「太陽をまとった女」がマリアの母性として歌われるとき、同じオーボエのカンティレーナが回想として戻る。
沈黙の動機(6度と3度)
第7の封印のあとの「天の大いなる沈黙」を作る動機で、6度と3度だけでできている。チェロが2度進行で和声を添えるだけ、楽器編成は1小節ごとに変わる(Hrdlicka)。第2部の長い挿話をこの動機が前後から挟み、あとで縮小形になって弦に戻る。
ラッパの主題(フーガ主題)
七つのラッパの場面を貫く主題。第1のラッパから「すべての死者が玉座の前に立った」まで、単一の巨大な塊をこの主題が繋ぎ止める。第6のラッパで拡大され、そこに現れる2つの対位主題がのちに4主題フーガの構成要素になる(Hrdlicka)。最後の審判の語りもこの主題で始まる。
白い騎手の音楽
第1の封印。低弦の付点音型が駆ける馬を描き、合唱が厳格なホモフォニーで「王の王」を歌う(実測+Hrdlicka)。シュミットはこの騎手をキリストと解した。第2部で竜が倒れたあと白い騎手が再登場し、そこでプロローグ冒頭の音楽が戻る(Hrdlicka)。
序 天上のプロローグ
黙示録 1章・4〜5章|ヨハネの挨拶から、子羊が書を受け取るまで|参照録音 CD1 0:00〜30:30(約30分)
聖書の場面による区分 + ハ長調の挨拶/ニ長調の前奏曲とフーガ/パッサカリア
開始:Moderato・C・ハ長調 リハーサル番号 [1]–[61] スコア p.3–44 オルガン初登場 [55] CD1 tr.1–6
挨拶
ハ長調
主の声
召命
昇天・玉座
聖なるかな
ニ長調のフーガ
封印された書
パッサカリア
子羊
ト長調・頌栄
幅は参照録音(アーノンクール/ウィーン・フィル)の各トラックの長さに比例。
区分位置調主題内容・性格・聴取ポイント
ヨハネの挨拶
Gnade sei mit euch
冒頭 Moderato · C≈CD1 0:00 ハ長調 挨拶 4小節の器楽の前置きのあと、5小節目でヨハネ(ヘルデンテノール)がひとりで歌い出す(実測)。この区分全体がハ長調の大きなカデンツで、冒頭の1小節のホルン動機が最初の7小節のうちに7回繰り返される——聖数7がここで最初に鳴る(Hrdlicka)。ピアノ縮約では f marcato の4分音符が順次上行する形で書かれている(実測)。
→ 聴取:この挨拶の音楽をまず耳に入れておく。約2時間後、同じものが最後にそのまま戻ってくる。7という数は以後、書の主題の7回、封印7つ、ラッパ7つと形を変えて出続ける。
器楽の間奏 [4]–[5] Andante · 3/4≈CD1 3:20 流動的 ヨハネの「アーメン」のあと、拍子が 3/4 に変わって短い器楽の間奏が入る(実測)。Hrdlicka はこの3拍子を三位一体の象徴と読む。次の主の声を導くのは7小節のティンパニのトレモロ(Hrdlicka)。
→ 聴取:拍子が3つになった瞬間が、人間の声から神の声へ移る境目。
主の声(1回目)
Ich bin das A und das O
[7]≈CD1 3:20 内 流動的 主の声 低いバスが「わたしはアルファでありオメガである」と歌う(実測:Die Stimme des Herrn (Baß))。[9] のあと Un poco lento・4/4 に変わって「Komm her!(昇って来い)」(実測)。ヨハネの部分と主の声の部分は書法が似ていて、厳格な全音階、大きな跳躍を避け、2度を好み、和声関係が明快——これが Hrdlicka の言う「善なるものの世界」の語法で、のちの騎士や災厄の場面と正面から対になる。
→ 聴取:主の声は全曲で3回しか出てこない(作曲者自身の弁)。1回目はここ、2回目は第5の封印のあと、3回目は終盤の「新しい天と地」。
ヨハネの昇天
Und eine Tür ward aufgetan im Himmel
[11] の後(Vivace)≈CD1 6:30 流動的 Vivace の器楽が走り出し、そこへヨハネが「天に一つの門が開かれた」と入る(実測)。Hrdlicka はこの短いフガートをヨハネが天へ昇っていく描写とする。[12] で Tranquillo になり「Und siehe, ein Thron(見よ、玉座が)」——この箇所はもう、次に来る頌栄のフーガ主題に支配されている(Hrdlicka)。
→ 聴取:「玉座が見えた」と歌っている時点で、まだ始まっていないフーガの主題がすでに鳴っている。音楽が筋を先回りする、この作品の癖がここで初めて出る。
聖なるかな(独唱四重唱)
Heilig, heilig ist Gott der Allmächtige
[21](rit. → Tranquillo)≈CD1 11:10 ニ長調 聖なるかな 独唱四重唱のテノールが dolce で主題を出し、以下ソプラノ・アルト・バスが模倣的に積み上がる(実測)。文献ではこの部分と直前の「Und siehe, ein Thron」を合わせて「ニ長調の前奏曲とフーガ」と呼ぶ(Hrdlicka)。静かに流れる主題は変形しながら高まり、「アーメン」に至る(同)。
表記の異同:楽譜の歌詞は heilig が2回で、3回ではない(実測。CD のトラック表記も盤により「Heilig, heilig」と「Heilig, heilig, heilig」で揺れる)。
→ 聴取:ここが作品で最初に「長調の名前を持つ」場所。独唱四重唱→男声合唱([26]・3拍子)→四重唱と合唱の合流([30])と層が増えていく積み上げを追うと、フーガの育ち方が見える。
封印された書(パッサカリア)
Und ich sah in der rechten Hand
p.25 冒頭([32] の直前)3/4≈CD1 17:10 上行しつづける ヨハネが「玉座に座す方の右の手に、一巻の書を見た」と語ると「書の主題」が現れる。これは低音の固執反復によるパッサカリア(バロックの舞曲形式)で、主題はつねに pp のまま、半音ずつ高くなりながら7回鳴る。最初はコントラバス、最後はファゴットと低弦(Hrdlicka)。
→ 聴取:音量は変わらないのに、同じ音型が半音ずつせり上がるだけで息が詰まっていく。この主題は第1部の頭と最後の審判でまた出てくるので、いま覚えておくと後で二度得をする。
天使の問い
Wer ist würdig …?
[35] テノール独唱[36] ソプラノ独唱・[37] 四重唱 流動的 書(転回形) ひとりの天使(テノール独唱)が「誰がこの書を受け取り、封印を解くにふさわしいか」と問い、ソプラノ独唱、続いて独唱四重唱がそれを重ねる(実測)。この問いへの答えとして、書の主題が初めて上下逆さまの形(転回形)で現れる——子羊が封印を解くことを、音楽が言葉より先に告げてしまう(Hrdlicka)。[41] Più lento でヨハネが「天にも地にも、書を開ける者はいなかった」と告げる(実測)。
→ 聴取:「誰もいない」と歌詞が言っている裏で、主題がひっくり返って「もういる」と答えている。
子羊の出現
Nun sah ich, und siehe, mitten vor dem Throne
[43] Andante un poco lento[44] ヨハネ≈CD1 23:30 ト長調 子羊 救い主の出現は、飾りのないト長調とオーボエ——牧人の楽器——のカンティレーナで告げられる(Hrdlicka)。ヨハネの報告に [46] から合唱が pp で「O sehet!(ご覧なさい)」と割り込みはじめ、以後、語りと合唱が交互になる(実測)。
→ 聴取:ここまでの半音階と緊張のあとで、突然なんの飾りもない長三和音が鳴る。そのオーボエの旋律は、第2部で「太陽をまとった女」がマリアとして歌われるときに戻ってくる。
子羊が書を受け取る・頌栄 [51]〜[55] (Orgel)[56] Maestoso · 3/2 流動的 子羊 [54] で子羊が書を受け取り、四つの生き物と長老たちがひれ伏す。[55] の直前 Più lento に (Orgel) の指定が現れる——オルガンの初登場で、ヨハネが「竪琴と、香に満ちた金の鉢」と歌う場面の持続和音(実測+Hrdlicka)。[56] Maestoso・3/2 から合唱の頌栄が始まり、[57] Vivace(3/4)と [58]/[60] Maestoso(3/2)が交替して [61] の「アーメン」へ(実測)。この交替については楽譜に脚注があり、4分音符の速さは最後まで意味の上では同じに保つが、正確さにこだわって硬直させるな、と指示されている(実測)。
→ 聴取:オルガンが初めて入る瞬間を待つ。ここから終曲まで、オルガンは管弦楽の一部ではなく別格の音体として扱われる。
特異点
  • 7という数が音の設計に直に出ている。冒頭1小節のホルン動機が最初の7小節で7回、主の声を導くティンパニのトレモロが7小節、書の主題が半音ずつ上がって7回(いずれも Hrdlicka)。封印もラッパも7つで、数は題材であると同時に構成単位になっている。
  • 音楽が筋を先取りする。「玉座が見えた」の場面がすでに次のフーガ主題に支配され、天使が「誰がふさわしいか」と問うところで書の主題が転回形になる。テキストがまだ答えを出していない時点で、音楽の側が答えを鳴らしてしまう(Hrdlicka)。
  • 管弦楽前奏がない。この規模の作品で序曲も前奏曲も置かず、いきなりヨハネの声から始まる。シュミット自身が覚え書きで、管弦楽には前奏曲・間奏曲のような独立した楽章を担わせず、それをオルガンに割り当てたと書いている。実測では冒頭に4小節の器楽の前置きがあるが、いわゆる前奏と呼べる長さではない。
  • 「善の側」の語法が最初に定義される。ヨハネと主の声はどちらも、厳格な全音階・大きな跳躍の回避・2度中心・明快な和声で書かれる(Hrdlicka)。第1部以降の半音階だらけの災厄の音楽は、この基準があって初めて「壊れている」と聴こえる。
第1部 第1〜第6の封印
黙示録 6章|四騎士・殉教者・世界の終わり|参照録音 CD1 30:30〜終(約36分)
封印ごとの場面 + 合唱の分割(兵士/母たち)+ 半音階の合唱フーガ
リハーサル番号 [62]–[138] スコア p.45–122 冒頭:オルガン独奏(Lento) 封印5:6/8・(Orgel) CD1 tr.7–15
オルガン独奏
封印1
白い馬
封印2
赤い馬・戦争
封印3
黒い馬・飢餓
封印4
青白い馬・死
封印5
殉教者
主の声2
封印6
世界の終わり
幅は参照録音の各トラックの長さに比例(封印5は独唱の告知と殉教者の合唱の2トラックを合算)。
区分位置調担当内容・性格・聴取ポイント
オルガン独奏(第1の間奏曲) p.45 Lento · 3/4(Orgel)≈CD1 30:30 オルガン 声が完全に止まり、オルガンだけの間奏になる(実測:p.45 に (Orgel) の指定、リハーサル番号は振られていない)。最初の28小節はプロローグのパッサカリアと厳密に同じで、書の主題がふたたび7回鳴る(Hrdlicka)。
→ 聴取:いま聴いたばかりの音楽が、楽器だけで、しかもオルガンで戻ってくる。この作品でオルガンが単独で担う2つの楽章のひとつ(もうひとつは第2部の頭)。のちに《2つのオルガン間奏曲》として単独出版された。
第1の封印 白い馬
Und als das Lamm der Siegel erstes auftat
[62] Più mosso · C≈CD1 33:40 ヨハネ+混声合唱 白い騎手 低弦の付点音型が駆けてくる馬を描く(Hrdlicka)。合唱が「Komm! Komm!(来たれ)」と呼び、[65] から厳格なホモフォニーで「Der Herr! Der König der Könige!(主よ、王の王よ)」と主の姿を描く(実測+Hrdlicka)。シュミットはこの白い騎手をキリストと解した(Hrdlicka)——黙示録の四騎士の一人目を災厄でなく救いと読む立場。
→ 聴取:四騎士のうち、ここだけが輝かしい。合唱が縦に揃って和音で歌う書き方は、このあと三つの封印では二度と戻ってこない。この音楽は第2部で白い騎手が再登場するときにまた鳴る。
第2の封印 赤い馬(戦争)
Und als das Lamm der Siegel zweites auftat
[70] Meno mosso→ Alla marcia≈CD1 36:10 ヨハネ+男声合唱/女声合唱 行進曲で始まる(実測:[70] のすぐ後に Alla marcia、同時に調号が消える)。Hrdlicka はこの区分をまるごと「戦争」と題しうる巨大な音画と呼び、ティンパニ・小太鼓・大太鼓・タムタムという打楽器の総動員がそれを支えるとする。合唱が二群に割れる——[73] から男声(テノール2部+バス2部)が「Tötet, erwürget, erschlaget den Feind!(殺せ、絞めろ、討ち取れ)」、[74] から女声が「Schonet uns … wir sind Mütter!(助けて、私たちは母です)」(実測)。以後 [75]〜[79] まで両群が交替し、重なり合う。最後は pp に消えていく(Hrdlicka)。
→ 聴取:この作品でいちばん耳に残るのは、たぶんここの男声と女声の掛け合い。兵士側の言葉が段階的に残虐になり(「母の胎の子も容赦するな」)、女声はそれに対して同じ懇願を繰り返す。1937年に書かれた音楽であることを思うと、聴き方が変わる。
第3の封印 黒い馬(飢餓)
Und als das Lamm der Siegel drittes auftat
p.71([81] の後)· 3/4[83] バス独唱≈CD1 43:30 バス独唱/ソプラノ・アルト独唱の二重唱/女声合唱 [82] Vivace のあと Lento になり、[83] Più Lento で黒い騎手(バス独唱)が秤を手に「小麦ひと升、大麦三升」と値を告げる(実測)。続いて [85] でソプラノ独唱が子として「Mutter, ach Mutter!(お母さん)」、アルト独唱が母として応じ、飢えを嘆く二重唱になる(実測)。この二重唱で二人は同じ旋律を、原形と転回形で歌う。主旋律が絶えず一方から他方へ跳び移り、それでいて隙間ができない——バッハの受難曲や《ロ短調ミサ》の二重唱と同じ書き方だと Hrdlicka は言う。[88] の女声四部合唱「Schwestern und Kinder! Seid standhaft im Leiden!(姉妹たちよ、子らよ、耐えなさい)」がコラール風にこの場面を閉じる(実測+Hrdlicka)。
→ 聴取:母と娘が同じ旋律を上下逆に歌っている、と知って聴くと二重唱の絡み方が全部見える。直前の戦争の場面と対照的に、ここは短調で、編成もぐっと薄い。
第4の封印 青白い馬(死)
Und als das Lamm der Siegel viertes auftat
[89] Largo · C[90] 独唱二重唱≈CD1 47:50 ヨハネ/テノール独唱+バス独唱 骨の指で死の太鼓を打つ死神を、弦の col legno(弓の木の背で弦を叩く)とシロフォン・シンバルが描く(Hrdlicka)。女声の抒情的な二重唱への釣り合いとして、ここはテノールとバスの二重唱が置かれる——シュミット自身の言葉で「屍の野に残された二人の生存者」(Hrdlicka の引く表現)。この場面の土台には弱音器を付けたトロンボーン3本とテューバの4声部が敷かれる(同)。[94] Meno largo に (Orgel) pp の指定があり、二人が「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」と歌う(実測)。
→ 聴取:音程よりも「音色そのもの」で書かれている場面。Sinkovicz はここを、のちのリゲティやツェルハの音響作曲に通じる領域への踏み込みと見る。四騎士は白=合唱、赤=男声対女声、黒=女声二重唱、青白=男声二重唱と、声の編成そのものが四段の性格分けになっている。
第5の封印 殉教者の合唱
Herr, du heiliger und wahrhaftiger
[95] Andante(告知)[96] Allegro ma non troppo · 6/8 · (Orgel)≈CD1 52:00 / 53:00 ヨハネ/混声合唱 [95] でヨハネが祭壇の下の殉教者の魂を語り、[96] で合唱が「主よ、聖にして真実なる方よ、いつまで裁かずにおられるのか」と入る(実測)。Hrdlicka はこれを3部構成の大規模な合唱フーガとし、殉教者の憤りを描くオルガンの音階がそれに伴うとする。実測では [96] に (Orgel)、[98] に (Org. u. Orch.) の指定があり、[98] でテノール、続いてアルト、[99] でソプラノと主題が段階的に積み上がる。異同:楽譜には「Fuga」の語は印字されていない(実測)。フーガと呼ぶのは Hrdlicka の記述による。
→ 聴取:オルガンが駆け上がる音階を弾いているのが、殉教者の怒りにあたる。6/8 の躍動する拍子で怒りを書いたところが独特で、悲嘆ではなく訴えとして鳴る。
主の声(2回目)
Und es wurde ihnen einem jeglichen gegeben
p.93([108] の後)Andante sostenuto · C[109] Tranquillo≈CD1 56:20 ヨハネ/主の声(バス) 主の声 殉教者に白い衣が与えられ、[109] Tranquillo で主の声が2度目に現れて「Ruhet noch und wartet eine kleine Weile(今しばらく休んで待て)」と告げる(実測)。1回目と同じく静けさと希望をもたらす——ただし Hrdlicka はこれを嵐の前の静けさと呼ぶ。シュミット自身は覚え書きで、主の声の2回目の役目を「天における騒擾の鎮め」と書いている。
→ 聴取:約2時間のうち、ここが最も静かな数分。直後に来るものの大きさが、この静けさで測れる。
第6の封印 世界の終わり
Und ich sah, daß das Lamm der Siegel sechstes auftat
p.95([111] の後)[112] Allegro molto · 3/4≈CD1 59:00 ヨハネ/混声合唱 第6の封印は混沌を呼び、五つの天変地異——地震・月食・嵐・雹・洪水——が順に襲う(Hrdlicka)。合唱が [113]「Die Erde wankt!(大地が揺れる)」から順に言葉で描き、管弦楽がそれを音で描く。低弦の半音階の16分音符が地震、管と弦のスタッカートとピッツィカートの交替が星の落下(Hrdlicka)。実測では [116] で合唱がユニゾンの pp に落ちて「O seht, der Mond ist rot … Wie Blut!(見よ、月が赤い……血のように)」、[120] からふたたび ff で嵐に入る。この区分は作品でもっとも鋭い半音階で書かれている(Hrdlicka)。
→ 聴取:五つの災厄がひとつずつ名指しで来るので、歌詞が分からなくても数えられる。月が血の色になる箇所だけ音量が落ちるのが不気味。
半音階の合唱フーガ
Es schwillt das Meer und es steiget immer höher
p.106([125] の後・[126] へ)主題入り:T → A → [126] S → p.107 B 混声合唱 海の主題 「海がふくれ上がり、いよいよ高くなる」の語で半音階のフーガが始まる。Hrdlicka はその主題が半音階のすべての音を含むことを挙げ、以後もっとも厳格な書法で導かれる、オラトリオ文献のなかでもっとも大胆で技巧的な合唱フーガのひとつだとする。実測では主題「Es schwillt das Meer …」がテノール→アルト→[126] ソプラノ→バスの順に積み上がり、対主題として「O, welch grauenvolle Finsternis!(なんという恐ろしい闇)」「Rennet und fliehet!(走れ、逃げろ)」が絡む。[135] Poco a poco string. で「Der Tag des Zornes ist da(怒りの日が来た)」、[136] Più allegro「Ihr Berge, fallet über uns!(山よ、我らの上に崩れ落ちよ)」が頂点、[138]「Wer kann da bestehen?(誰が耐えられよう)」から Lento で静まり、第1部が pp のうちに閉じる(実測)。
→ 聴取:12の音が全部入った主題を4声で追いかけっこさせる、というのが技術的な見どころ。合唱には相当きつく、管弦楽が同じ線を重ねて支えている。第1部の締めくくりがこの巨大なフーガで、しかも最後は消え入る。
特異点
  • 四騎士が「声の編成」で描き分けられている。白=ヨハネ+ホモフォニーの混声合唱、赤=男声(兵士)対女声(母たち)、黒=バス独唱+ソプラノとアルトの二重唱+女声合唱、青白=テノールとバスの二重唱(実測)。旋律や和声の前に、まず誰が歌うかで性格が決まっている。
  • 白い騎手=キリストという読み。黙示録の解釈は分かれるところだが、シュミットは白い騎手をキリストと解し、そう作曲した(Hrdlicka)。だから第1の封印だけが輝かしく、第2部でこの騎手が戻るときにプロローグ冒頭の音楽が回帰する。
  • 半音階のフーガの主題が12音を全部含む。調性の内側にとどまりながら、主題の材料としては全音域の半音を使い切る(Hrdlicka)。同年生まれのシェーンベルクが調性の外へ出たのに対し、シュミットは調的な足場を壊さずに同じ素材を扱った、と Sinkovicz は位置づける。
  • 楽譜には様式の名前が書かれていない。第5の封印にも第6の封印にも「Fuga」「Fugato」の語は印字されていない(実測。範囲全体で確認)。フーガという呼び名は分析者のもので、楽譜に書かれた事実ではない。
  • 第1部が消え入って終わる。世界が終わる場面の頂点が ff ではなく、「誰が耐えられよう」という問いの pp で閉じる(実測)。次に来るのはオルガン独奏の静けさで、破局の直後に音楽が独りごとになる。
第2部 第7の封印〜最後の審判
黙示録 8章・9章・11〜12章・19〜20章|天の沈黙/太陽をまとった女と竜/ミカエルの戦い/七つのラッパ|参照録音 CD2 0:00〜32:40(約33分)
沈黙による額縁 + 七つのラッパの単一ブロック + 4主題フーガ
リハーサル番号 [139]–[222] スコア p.123–182 冒頭:オルガン独奏(Vivace ma non troppo) 沈黙=28小節 CD2 tr.1–6
オルガン独奏
第7の封印・天の沈黙
女と竜
ミカエルの戦い
白い騎手の再登場
沈黙の再来
七つのラッパ
4主題フーガ
最後の審判
幅は参照録音の各トラックの長さに比例。
区分位置調担当内容・性格・聴取ポイント
オルガン独奏(第2の間奏曲) p.123 Vivace ma non troppo · 3/4(Orgel)≈CD2 0:00 オルガン 第1部の巨大な合唱フーガが消えたあと、ふたたびオルガンだけになる(実測:p.123〜125 は声楽なし、リハーサル番号も振られていない)。Hrdlicka によれば、この独奏はいま聴いたばかりの合唱フーガに主題の上で接続し、第7の封印の開封へ橋を渡す。実測では Vivace ma non troppo → Allegro molto moderato(4/4)→ Più allegro と加速し、末尾で rallent. から Lento へ落ちて、そのまま次のページのヨハネにつながる。
→ 聴取:2つのオルガン独奏の性格が正反対。第1部の頭は静かなパッサカリアの再現、こちらは速い動きから減速して沈黙へ落ちていく。
第7の封印と天の沈黙
Nach dem Auftun des siebenten der Siegel
p.126([139] の直前)Lento≈CD2 3:00 流動的 沈黙 「第七の封印が解かれると、天に大いなる沈黙があった」——この沈黙がまるまる28小節続く。音楽は6度と3度だけでできた動機にすべてを託し、チェロが2度進行で和声を添えるだけ。楽器編成が1小節ごとに変わり、そのぶん音色が絶えず移り変わる(Hrdlicka)。
→ 聴取:「何も起きない28小節」が、この作品でいちばん凝った書き方をされている場所。旋律も和声もほとんど動かないので、代わりに音色だけが1小節ごとに入れ替わっていくのが聴こえる。
太陽をまとった女
Ein Weib, umkleidet mit der Sonne
[143] Tranquillo · C 流動的 ヨハネ 沈黙のなかで、ヨハネが救済史をいわば括弧に入れて語り出す。太陽をまとい月を踏み、十二の星の冠をかぶった女——弦とイングリッシュホルンの旋律が、精緻に書かれた対位法的な弦の上に立ち上がる(Hrdlicka)。マリアの母性が語られるところで、オーボエがカンティレーナで入る——プロローグの子羊の出現の回想(同)。
→ 聴取:オーボエが出てきたら、それはプロローグの子羊の音。約1時間前に一度だけ聴いた音色が、こういう形で戻ってくる。
[146] Più tranquillo[149] Allegretto grazioso · 2/4 流動的 ヨハネ 女の音楽と正面から対をなすのが竜の響きで、トロンボーン・テューバ・コントラファゴットによる不気味な「コラール」がその出現に付き添う(Hrdlicka)。[147] Lento で尾が星を掃き落とし、[149] から竜が女の前に立ちはだかる(実測)。[162] のあと拍子が 6/8 に変わり Vivace で竜が女を追う(実測)。
→ 聴取:低い金管とコントラファゴットだけで書かれた「賛美歌」——それが竜の音楽。善の側の語法(全音階・2度中心)と、ここまではっきり書き分けられている。
ミカエルの戦い
Im Himmel aber erhob sich ein großer Streit
[155] Allegro vivace · 3/4≈CD2 12:20 流動的 ヨハネ ここでシュミットは後期ロマン派の管弦楽の音を全開にする——木管の総奏、ホルン4・トロンボーン3・テューバの分厚い和音が弦の音階の上に積み重なる(Hrdlicka)。戦いの頂点で竜の墜落が聴こえる。ほぼ全楽器の下行する32分音符がそれを描く(同)。
→ 聴取:竜が落ちる瞬間は聴き逃しようがない。オーケストラ全体が一斉に音階を駆け下りる。
白い騎手の再登場
Ich sah den Himmel aufgetan …
[171] Vivace · C 流動的 白い騎手 第1の封印で一度だけ現れた白い騎手が、「王の王」としてふたたび天から現れる(実測)。音楽はここでプロローグ冒頭の箇所へ立ち返る(Hrdlicka)。サタンが決定的に敗れると管弦楽は突然 ff で断ち切られ、緊張をはらんだ全休止のあと、あの沈黙の動機が pp で戻ってくる(同)。
→ 聴取:音が全部止まる一瞬(総休止)を待つ。そのあと戻ってくる pp が、28小節の沈黙と同じ動機。
沈黙の再来・ラッパの準備
Und als die große Stille im Himmel vorüber war
[176] Lento[177] Poco a poco più mosso・[178] Allegro≈CD2 19:00 流動的 沈黙 沈黙が明け、玉座の前の七人の天使に七つのラッパが与えられる(実測)。天使たちが吹く支度をすると、管楽器に半音階が現れる——これから呼び出される苦しみの象徴(Hrdlicka)。弦は沈黙の動機(6度と3度)を縮小形で処理しつづける(同)。
→ 聴取:沈黙の動機が、速く小さくなって弦に潜り込んでいる。ここで挿話が閉じる——沈黙で開き、沈黙で閉じる額縁になっている。
七つのラッパ(第1〜第4)
Die Posaune verkündet großes Wehe
[179] Allegro, ma maestoso第2=[181]・第3=[183]・第4=[185]≈CD2 20:40 流動的 ラッパ アルト独唱が第1の災いを告げ、[180] で合唱が「かくして主は罪ある人類を罰する」と応じる(実測)。以後、独唱が災いを告げ→合唱が応じる、という組が第4まで繰り返される。第2=燃える山が海に投げ込まれる(アルトとテノール)、第3=苦よもぎの星(テノール、アルト・バスも同語)、第4=日月星の消滅(独唱四重唱)(実測)。第1のラッパからヨハネの「すべての死者が玉座の前に立った」まで、全体が単一の巨大なブロックで、絶えず戻ってくるラッパ主題がそれを繋ぎ止める(Hrdlicka)。
→ 聴取:「独唱の告知→合唱の応答」が4回続くので、数えながら聴ける。災いが増すたびに手段が増やされていく。
第5・第6のラッパ(合唱フガート) [186] Allegro · 6/8主題入り:T・B → [188] A → [189] S第6=[191] 流動的 ラッパ 第5のラッパで拍子が歓呼するような 6/8 に変わり、合唱のフガートが始まる(Hrdlicka+実測:主題「Die Posaunen künden euch das Gericht Gottes des Herren」がテノールとバス→[188] アルト→[189] ソプラノの順に入る)。Hrdlicka はここと第6のラッパの独奏トランペットを挙げるが、ヴォーカルスコアには楽器指定が印字されていないため本ガイドでは未確認とする。第6でラッパ主題が拡大され、2つの新しい対位主題が加わる——これがのちの4主題フーガの部品になる(Hrdlicka)。
→ 聴取:ここから終わりまで、音楽はずっと同じ主題の育て方をしている。第6で加わる2本の新しい線が、数分後のフーガで主役になる。
第7のラッパと4主題フーガ
Gott, der Herr regiert die Welt!
第7=[196][198] 内「Nun sind die Reiche…」[199] 4主題の同時提示 流動的 ラッパ 第7のラッパのあと、合唱が「この世の国は我らの主のものとなった」と斉唱し(実測:[198] の区間内、番号の印字はない)、[199] から4主題フーガ(クヮドルプル・フーガ)が始まる(Hrdlicka)。実測では [199] でソプラノ・アルト・テノール・バスがそれぞれ違う歌詞と違う旋律を同時に提示し(バスは1小節遅れ)、以後 [200][201][202] と声部の配置を組み替えながら反復する。頂点で音楽は非物質化し、輝かしい高音のトランペットに収斂してタムタムの一撃だけが支える、と Sinkovicz は書く。異同:楽譜に「Fuga」の語は印字されていない(実測)。4主題フーガという呼び名は分析者のもの。
→ 聴取:4つの声部が全部ちがう言葉を同時に歌っている。だから歌詞は聴き取れないが、それでいい——4本の線が絡んでいることだけ分かれば足りる。
最後の審判
Vor dem Angesichte dessen
[215] Un poco lento[217]/[219]–[220] 書の主題[221] Più vivace(火の池)≈CD2 29:50 流動的 ラッパ ヨハネの独白もラッパ主題で始まる(Hrdlicka)。「そして書物が開かれた」でチェロに書の主題の転回形、「また別の書物が開かれた」で原形が戻る(同。実測では [217] と [219]–[220])。火の池=「第二の死」は、弦の6連符と管の16分音符が半音階でずれ合い、増三和音が重なり、音量が激しく膨らんでは萎む(同)。
→ 聴取:プロローグで7回鳴った「書の主題」が、ここで最後に戻る。しかも転回形が先、原形が後——封印を解く前と解いた後で向きが入れ替わっている。
特異点
  • シュミットは黙示録の後半を丸ごと切り落とした。覚え書きで自ら述べているとおり、バビロン対エルサレム=異教対キリスト教という対立軸と、それに関わる素材をすべて外した。そのぶん第2部が原作の意図どおりの釣り合いで建てられる、というのが本人の説明で、対立そのものは力を失っていないと考えた。オラトリオが2時間で収まっているのはこの決断の結果。
  • 28小節の沈黙が第2部の額縁になっている。第7の封印が解かれて生じた沈黙のなかで、救済史の挿話(女と竜、ミカエルの戦い)が語られ、挿話が終わると同じ沈黙の動機が戻って閉じる(Hrdlicka)。ヨハネの長い独白は、テキストの上でも音楽の上でも括弧に入っている。
  • 沈黙を6度と3度だけで書く。動かない場面を、動機の音程を2つに絞り、代わりに1小節ごとに楽器を入れ替えることで持たせている(Hrdlicka)。この動機は後段で縮小形になって弦の中に潜り込む。
  • 七つのラッパが切れ目のない一塊。7つの独立した曲にせず、繰り返し戻るラッパ主題で全体を接着した(Hrdlicka)。しかもその主題は最後に4主題フーガへ流れ込む。第6のラッパで加わる2つの対位主題がフーガの部品だと分かるのは、フーガが始まってから、というのが仕掛け。
  • 楽譜には様式の名前がない。この範囲でも「Fuga」「Fugato」の語は一度も印字されていない(実測)。フガート・4主題フーガという呼称はすべて分析者のもので、楽譜から読めるのは「4声が別々の主題を同時に出し、以後それを組み替えている」という事実まで。
結 新しい天と地〜閉幕挨拶
黙示録 21章・19章・11章・22章|主の声(3回目)/ハレルヤ/男声の感謝/ヨハネの閉幕挨拶|参照録音 CD2 32:40〜終(約17分)
プロローグの回帰 + ニ長調のハレルヤ + 冒頭と同一の閉幕
リハーサル番号 [222]–[250] スコア p.183–204 ハレルヤ=ニ長調(調号♯2・実測) 感謝の合唱=無伴奏 CD2 tr.7–10
新しい天と地
主の声(3回目)
ハレルヤ
ニ長調
男声の感謝
無伴奏
閉幕挨拶
冒頭の回帰
幅は参照録音の各トラックの長さに比例。
区分位置調担当内容・性格・聴取ポイント
新しい天と地
Und ich sah einen neuen Himmel
p.183([222]–[223] の間)· 3/4 · pp≈CD2 32:40 流動的 ヨハネ 火の池の混沌が Lento で鎮まり、ヨハネが pp で「わたしは新しい天と新しい地を見た」と歌い出す(実測)。ここから音楽はゆっくりと、主の出現の様式へ移っていく(Hrdlicka)。
→ 聴取:ここが折り返し点。破局の描写が終わり、以後は最後まで音量も語法も穏やかな側に留まる。
主の声(3回目)
Ich bin das A und das O
[225] Andante · 3/4 流動的 主の声 主の声が3度目に現れる。最初の25小節は、歌詞も音楽もプロローグの「Ich bin das A und das O」とそのまま同一(Hrdlicka)。今度はその周りを、弦の16分音符と管の8分3連が包む——Hrdlicka はこれを主の声の周りに張られた「ちらちらする音の絨毯」と呼ぶ。
→ 聴取:約2時間ぶりに、まったく同じ旋律が戻る。違うのは伴奏だけで、旋律は召命のときのまま。1回目は「昇って来い」、3回目は「わたしは彼らの神となる」。
イ長調への着地
er wird mein Sohn sein
[234]→ 12小節の保続低音 イ長調 主の声(バス) それまで移ろいつづけていた和声が、「彼はわたしの子となる」の語で明るいイ長調に落ち着き、12小節の保続低音(Orgelpunkt)を経て終結のハレルヤのニ長調へ流れ込む(Hrdlicka)。実測との異同:この箇所に調号は付いておらず(調号なしのまま)、イ長調は臨時記号で作られている。調号が実際に変わるのはハレルヤの入りで、そこでシャープ2つ=ニ長調になる。
→ 聴取:「わが子となる」の一語で和音が落ち着く、その瞬間を待つ。約2時間さまよってきた和声が、ここで初めて足を止める。
ハレルヤ
Halleluja!
p.190 [236] の数小節後Un poco allegro, ma maestoso · 3/4≈CD2 39:20 ニ長調 混声合唱+管弦楽+オルガン 二重線で調号がシャープ2つに変わり、合唱と管弦楽の全勢力がハレルヤの喚呼に合流する(実測+Hrdlicka)。「ハレルヤ」を歌うリズムはハンガリーの舞曲から採られている(Hrdlicka)。喚呼の合間にコラール風の合唱節(「Danket dem Herrn」ほか)が挟まり、実測ではこのコラール節が8つ、3/4 のハレルヤ楽節と 4/4 のコラール節が accel./rit. をはさんで交互に続く。コラール節は二重符と拍子の交替によって、そのつど加速していき、制動をかける「アーメン!」に着地するように記譜されている——この律動の多様さで際限のない喜びを表すのだ、と Hrdlicka は書く。
→ 聴取:「ハレルヤ」の連呼と、落ち着いたコラールが8回交代する。そのたびに速くなっては「アーメン」で止まる、という呼吸の繰り返しが終曲の設計。ヘンデルの《メサイア》のハレルヤとよく比べられるが、作りはまったく別物。
男声合唱の感謝
Wir danken dir, o Herr, allmächtiger Gott
[244] Tranquillo · C調号なしに戻る≈CD2 44:40 調号なし 男声合唱(無伴奏) ハレルヤがフェルマータで止まると、シュミットは器楽をすべて引き上げる。合唱のテノールとバスだけが残り、伴奏譜は全休——完全な無伴奏(実測)。素朴なグレゴリオ聖歌のような調子で感謝の歌が歌われる(Hrdlicka)。Sinkovicz はこの、ピアニッシモで唱える修道士のコラールこそ、この作品の音響上の見どころだとする。異同:Hrdlicka は「男声合唱のユニゾン」と書くが、実測ではテノールとバスが同じリズムで別の音高を歌う2声体。
→ 聴取:2時間鳴りつづけた管弦楽とオルガンが、ここで完全に消える。大合唱の直後に来る数分の無伴奏が、いちばん耳に残るという人は多い。
閉幕挨拶
Ich bin es, Johannes, der all dies hörte und sah
p.202([246]–[247] の間)Moderato · C[250] アーメン≈CD2 46:40 冒頭と同一 挨拶 ヨハネが「これらすべてを聞き、見た者、それがわたし、ヨハネである」と歌い出す。この閉幕の挨拶は冒頭の「Gnade sei mit euch」と音楽的に完全に同一で、唯一の違いはヨハネの「アーメン」に合唱が加わることだけ(Hrdlicka)。本ガイドの実測でも、冒頭(p.3)と閉幕(p.202)はテンポ標語 Moderato、4/4 拍子、4小節の器楽の前置き、伴奏の f marcato、続く強弱の運び(più f → p)まで一致し、ヨハネの入りも同じ形だった。[250] でヨハネと合唱の全声部が ff の「Amen!」を歌い、オルガンと管弦楽が加わって閉じる(実測)。
→ 聴取:ここで大きな環が閉じる。冒頭を覚えていれば、いま何が戻ってきたのかは説明なしで分かる。最後のアーメンにだけ合唱が加わるのが、2時間を経た唯一の変化。
冒頭の挨拶 ↔ 閉幕の挨拶
冒頭(プロローグ)
Gnade sei mit euch und Friede(あなたがたに恵みと平安があるように)。Moderato・4/4、伴奏は f marcato。4小節の器楽の前置きののち、ヨハネがひとりで歌い出す。区分全体がハ長調の大きなカデンツで、1小節のホルン動機が7小節のうちに7回(実測+Hrdlicka)。これから起きることを、ヨハネはまだ何も語っていない。
閉幕(エピローグ)
Ich bin es, Johannes, der all dies hörte und sah(これらを聞き、見た者、それがわたし、ヨハネである)。Moderato・4/4、伴奏は f marcato(実測)。音楽は冒頭と完全に同一(Hrdlicka)。唯一の差異:ヨハネの「アーメン」に合唱が加わる
対比の軸は同一性——変奏でも回想でもなく、同じ音楽をもう一度置いている。だから聴き手の側に起きる変化だけが差になる。約2時間のあいだに四騎士も、世界の終わりも、最後の審判も通り過ぎたあとで同じ挨拶を聴くと、それが違って聴こえる。作曲者自身も覚え書きで、ヨハネは「音楽的に同一の2つの挨拶(開幕と閉幕)のあいだで」黙示を語る、と書いている。
特異点
  • 主の声の3回が、同じ音楽で始まって違う意味に着地する。1回目(ヨハネの召命)と3回目(救いの告知)は最初の25小節が歌詞も音楽も同一(Hrdlicka)。1回目は「昇って来い」と続き、3回目は「彼はわたしの子となる」まで進んでイ長調に落ち着く。同じ入り口から別の場所へ出る書き方になっている。
  • ハレルヤのリズムがハンガリーの舞曲由来。黙示録の頂点に、シュミットの出自(プレスブルク生まれ、母語はハンガリー語)の音楽が入り込んでいる(Hrdlicka)。アーノンクール盤の解説もハンガリー風のリズムを指摘する。
  • ハレルヤは1928年のオルガン曲と関係がある。独語版ウィキペディアは《オルガンのための4つの小前奏曲とフーガ》(1928) にハレルヤと主の終結の語りの素材が先取りされているとし、英語版はハレルヤをその編曲だとする。両者で言い方の強さが違うので、ここでは関係があるという事実までを採る。
  • 最大の音量の直後に、完全な無伴奏。全奏のハレルヤが止むと、男声だけの数分が来る(実測:伴奏譜は全休)。この落差を Sinkovicz は音響上の見どころと呼んだ。オラトリオの終曲としては異例で、ふつうならここで盛り上げて終わる。
  • 楽譜に完成日も署名も印刷されていない。ヴォーカルスコア最終ページには版番号 U. E. 10.951 があるだけ(実測)。扉には「ウィーン楽友協会に、創立125年を祝して献呈」とある(実測)。総譜の完成は1937年2月23日、初演は1938年6月15日、シュミットはその8か月後に世を去った。
別の見立て:受難曲として読むと
主分析は聖書の場面による区分(プロローグ/第1部=六つの封印/第2部=第7の封印以降)だが、役割の配り方だけを見るとバッハの受難曲とそのまま重なる。作曲者がそう名付けたのではなく、この語彙で読むとこう見える、という分析上の見立て。Sinkovicz も、パトモスで聴衆を導くヨハネの役はバッハの福音史家そのものであり、物語の進行を止めて省察させる慣行もバッハから借りたものだと指摘している。
福音史家にあたる
ヨハネ(ヘルデンテノール)。ほぼ休みなく語りつづけ、筋を運ぶのはこの一人だけ。冒頭と閉幕の挨拶が全体を囲む。
群衆と会衆にあたる
合唱。第2の封印の兵士と母たち、第6の封印の逃げまどう人々は群衆(トゥルバ)、コラール風の合唱節と男声の感謝は会衆の歌にあたる。
器楽の楽章にあたる
オルガン。作曲者自身が、前奏曲・間奏曲にあたる独立した楽章を管弦楽ではなくオルガンに割り当てたと書いている。2曲のオルガン独奏がその位置に置かれている。
ただし決定的に違う点がひとつある。受難曲のアリアにあたる観想の場所で、シュミットは省察ではなく聖書にいない登場人物を立てた——兵士たち、母たち、黒い騎手、飢える母と娘、屍の野の二人の生存者。これはシュミットが劇として書き足した部分で(Sinkovicz)、そこがこの作品をオラトリオより歌劇に近づけている。

参考文献

Ursa Epicure 楽曲ガイド | ursaepicure.comガイド一覧