| 曲 | 形式 | 中心音 | 拍子 | 形式上の特徴 | 聴きどころ |
|---|---|---|---|---|---|
| I. 雲 Nuages | 三部形式 A–B–A′ | B(機能和声なし) | 6/4(英管の句は4/4) | 属–主進行が全曲に一度もない。中間部だけ五音音階の「開示」 | クラリネットとファゴットが揺らす5度と3度のさざなみと、そこに割り込むイングリッシュホルンの短い句。この2つが姿を変えながら循環し、m.64 でふっと五音音階の別世界が開く。 |
| II. 祭 Fêtes | 三部形式(中間部=行列) | F ドリア → A | 4/4(実質12/8)ほか可変 | 旋法を次々に乗り換えるタランテラ。中間部は全体が A♭ ペダル上の行列 | 喧噪が突然 ppp に落ち、ハープとティンパニと pizzicato の足音の上を、ミュートを付けた3本のトランペットの行列が近づいてくる——この曲の中心。 |
| III. シレーヌ Sirènes | – | – | – | 歌詞のない女声合唱16部(初版表紙に「16 voix de femmes」) | 「海と、その無数のリズム。月光に銀色に輝く波間から、セイレーンの神秘の歌が笑いさざめき、過ぎてゆく」(ドビュッシー)。合唱を要するため演奏会では省かれることが多く、本ガイドの深掘り対象外。 |
| 区分 | 小節 | 響きの中心 | 素材 | 内容・性格・聴取ポイント |
|---|---|---|---|---|
| 「雲」の音型 導入 |
m.1–4 | B(弱い示唆) | 雲 | クラリネット+ファゴット(オクターヴ下で重ねる)pp。5度と3度が交互に揺れる均質な4分音符の列が、6/4 とも 3/2 ともつかない拍節で漂う。旋律というより気象——m.5 で G/B の空虚な2音に淀んで止まる。 → 聴取:「主題」を探さず、揺れの速度と濃淡を覚える。この音型は再登場のたびに楽器・和声・長さを変える(不定形=雲) |
| 英管の句=信号 Signal |
m.5–10 | B–F の三全音枠 | 信号 | イングリッシュホルンが 4/4 で(周囲は 6/4 のまま)短い句を吹く:C♯–D–E と3連符で駆け上がって F♮ に伸び、F–E–D–C♯ と下り、B に沈む。音域はちょうど三全音(B–F)、使用5音はオクタトニック集合の断片(Forte の指摘、音名は Commons 譜例より読み取り)。 → 聴取:この句は最後までピッチ・音色・音域が変わらない。変容し続ける「雲」に対する不変の「信号」——セーヌを行く船の汽笛(Vallas 伝)とも |
| 雲の変奏(弦へ) 平行和音の変種 |
m.11–20 | B♭9→G9 の淀み | 雲' | 弱音器付き divisi 弦に音型が移る。 m.14平行9度和音が下方へすべる(平行和音の変種の初出)→ m.15–16 B♭9 の窪みへ。 m.17–20厚い平行和音の上声に五音音階風の断片——B部(m.64)の遠い予告(Hepokoski)。 → 聴取:和音が「進行」せず、色の面としてまとまって平行移動する感触 |
| 信号×2+こだま | m.21–28 | G9 上で静止 | 信号 | 英管の句が2回(m.21–24, 25–28)、G9 の和音が静かに脈打つ上で。ホルンと低弦が遠いこだまを返す。Eduqas はこの区分の音組織を「9度音 A を含む G アコースティック音階」と読む。 → 聴取:句のあとの「こだま」まで聴く。応答が空間の奥行きをつくる |
| 平行三和音の変奏 | m.29–32 | Bm→C の窪み | 雲' | 平行和音の変種が澄んだ平行三和音で戻り、C の和音の窪み(m.31–32、チェロの開放弦 C が響きを開く)へ滑り落ちる。m.29DeVoto によれば全曲で唯一、B が三和音として鳴る箇所。 → 聴取:m.29 の一瞬だけ「ロ短調」が顔を出す。あとは常に暈された B |
| 全音音階の高まり | m.33–42 | C 全音音階圏 | 雲' | テクスチュアが2声に痩せ(低弦と木管のオクターヴ重ね)、全音音階を軸に pp から f へ登り詰める——全曲唯一のクレッシェンドらしいクレッシェンド。m.42、頂点に届く寸前で崩れる。 → 聴取:「何かが生まれかける」10小節。雲が濃く渦を巻くが、像を結ばない |
| 信号(拡大)+新しいこだま | m.43–56 | G9(バスに B) | 信号 | 突然の pp。英管の句が G9(今度は第3音 B がバス)の上で戻り、m.46–47, 50–51ミュートホルンが新しいこだまを返す——第3曲「シレーヌ」の主要楽想の先取り(Hepokoski)。m.51–57 で句は引き伸ばされながら 6/4 の流れに溶け込む。 → 聴取:ホルンのこだまを記憶しておくと、全曲版でシレーヌを聴くとき再会できる |
| 雲の回帰+ヴィオラ独奏 | m.57–63 | 全音和音→下降 | 雲 | 冒頭の雲の音型が原形に近い姿で戻り、今度はヴィオラ独奏(弱音器なし・expressif)の対旋律が寄り添う。m.61トリスタン和音に始まる長短7の平行和音が下降、m.62全音和音が行く手を遮り、m.63もう一度すべり落ちて——次の区分の扉が開く。 → 聴取:ヴィオラの一本の線が、初めて「人の声」のように聞こえる。B部の直前の予感 |
| 区分 | 小節 | 響きの中心 | 素材 | 内容・性格・聴取ポイント |
|---|---|---|---|---|
| 五音音階の旋律 全曲の頂点=開示 |
m.64–79 | D♯ 短調(旋法的) | 五音 | Un peu animé。弦の多重 divisi が D♯ 短調の和音を低くともし、その上をフルートとハープが黒鍵五音音階(D♯–F♯–G♯–A♯–C♯)の旋律を歩ませる——ガムランの残響を聴く人もいる、この曲でいちばん豊かな響きの場所。かたちは aa′bba″ の丸みを帯び(m.71 からは弦がオクターヴで旋律を継ぐ)、しかし終止には至らず、m.77–79 でほどけて消える。Taruskin はこの中間部を「2♯から6♯へ、そしてまた2♯へ」の転調と要約した。Hepokoski は m.64 が全102小節の 0.627 地点=ほぼ黄金分割点に当たることを注記している。 → 聴取:ここだけ音楽が「歌」になる。m.17–20 の断片が予告していたものの、ようやくの全身像 |
| 区分 | 小節 | 響きの中心 | 素材 | 内容・性格・聴取ポイント |
|---|---|---|---|---|
| 信号、最も強い形で | m.80–93 | G7系→C♯7・E7 | 信号 | 夢を破るように、英管の句が sforzando を伴って戻る——全曲でいちばん強い提示(Hepokoski は「telos の夢の成就を蹴散らす衝撃」と書く)。伴奏の G7 の響きは同じでも管弦の影が濃く、m.82C♯7、m.86E7 とオクタトニック圏の和音が色を差し替える(Eduqas)。m.88 で句は再び 6/4 へ吸収される。差異:A の再現ではなく「信号」だけが実体として戻る——雲の素材は影に退く → 聴取:同じ句・同じ音高なのに、これまでで最も「近い」。船が目の前を過ぎる瞬間、と聴くこともできる |
| 区分 | 小節 | 響きの中心 | 素材 | 内容 |
|---|---|---|---|---|
| 残滓と蒸発 | m.94–102 | B(G7 の影を残し) | 断片 | m.94–97雲の音型の低音の残滓。m.98フルートが B部の五音音階の記憶をひとかけら。m.99–100ホルンに信号の三全音のこだまだけが残る(句そのものはもう聞こえない——「船」は下流へ去った)。ティンパニが B–D をトレモロで支え、m.101–102すべてが薄れて無へ。終わりの中心は B——ただし三和音の確認はないまま。 → 聴取:「終止」ではなく「視界から消える」終わり方。祭・シレーヌも同じ消え方をする |
| 区分 | 小節 | 中心音/旋法 | 素材 | 内容・性格・聴取ポイント |
|---|---|---|---|---|
| S1=タランテラ主題 A1 |
m.1–8 | F ドリア | x S1a S1b | ヴァイオリン divisi が空虚5度(F–C)の3連リズム(動機 x)を ff で刻み、その上にイングリッシュホルン+クラリネットが F ドリア旋法の上行スケール→補助音の下行(動機 y)を吹き出す——タランテラ風の旋回(Fromont 初版で確認)。m.5–6ホルン+ファゴットの平行7度・9度和音(色彩として、解決しない)、トランペットが y の断片をこだまする。 → 聴取:4/4 の譜面が3連符でほぼ12/8に聞こえる。この「回る」リズムが A部全体のエンジン |
| S1、旋法を乗り換える A1 続き |
m.9–26 | D♭→全音→D♭ | S1 y | 同じ主題が旋法の衣装を替えて回る:m.9平行属9和音の上で D♭ アコースティック音階(リディア型の♯4度+ドリア型の上部)、m.15全音音階(A♭ 基準、m.19 で半音上の A へ)で S1a と S1b が層をなす、m.23D♭ 長調に着地して金管総出の y ファンファーレ——ここまでで最も明快な響き。ドラムロールの静止、ハープのグリッサンドが次の回転を巻き上げる。 → 聴取:「転調」ではなく「照明の切り替え」。同じ踊りに次々と別の色のライトが当たる |
| 拍子の仕掛け+S1a A2 |
m.27–38 | A ミクソリディア | S1a | m.27木管が 15/8、弦が 5/4——5拍を3連と2連で同時に割るクロスリズムで踊りが再点火。m.29S1a が 9/8 に整い、A ミクソリディアで戻る。伴奏は純度の高い平行三和音——7度・9度の連続のあとでは口直しのように澄んで聞こえる。m.33 から反復。 → 聴取:m.27 の2小節だけ、足元が二重に揺れる。拍子記号2つの同時進行 |
| 移行群 Tr1・Tr2 A2 続き |
m.39–53 | D♭(m.48 V–I)→F | Tr1 Tr2 | m.39ホルン+ファゴットの武骨な新楽想 Tr1(D♭ 長調とD♭ オクタトニックの混合——第1曲冒頭の B短調+Bオクタトニックの混合と同じ手口)。m.41Tr2 は明快な D♭ 長調。m.44S1a の全音音階版。m.47–48A♭7 が浮かび、Tr2 が D♭ へ——全曲最初の完全終止。解決先が主調 F ではなく D♭ である点に注意(WJEC)。m.50Tr1 が F に乗り換えて次節へ。 → 聴取:m.48、初めて和声が「着地」する。ここまで47小節、終止なしで踊ってきた |
| S2a=オーボエの第2主題 A3 |
m.54–69 | F(V–I)→ m.62 A | S2a | pp très léger の伴奏(9/8)の上に、オーボエが 3/4 で A から始まるオクタトニックのアルペジオ旋律を漂わせる。伴奏は F 長調の V–I を2度も明確に踏む(m.55–56, 58)——開始から55小節目にして初めて F が「調」として確立する皮肉(WJEC)。m.62 で全体が長3度上の A 長調へ写像される。 → 聴取:伴奏は調的、旋律はオクタトニック。地面は堅いのに人影は揺らぐ、この曲らしい二重写し |
| S2b・S2c の重ね A3 続き |
m.70–97 | F♯ ドリア→E→D→E | S2b S2c | m.702つの新主題を同時に重ねて熱を上げる(F♯ ドリア、i と IV〔B 長調〕の交替——ドリア旋法の看板進行)。m.78両主題を半分の時間に圧縮、E 長調圏へ。m.82E の完全終止(全曲3つめの「確立された調」)と同時に突然の pp、S2a が G♯ オクタトニックで戻る。m.90同じ流れを D 中心で反復。 → 聴取:盛り上がりの頂点で梯子を外して pp へ。クライマックスの「寸止め」はこの曲の常套手段 |
| 頂点への助走、そして遮断 | m.98–115 | E→F♯(未解決) | S2a x | m.98S2a が強奏で、m.102S2c の変形が F♯ 圏で続き、m.106molto crescendo、m.110平行7和音が階段状に上る。旋律は F♯ 長調の音階を導音まで駆け上がり、m.111–113最後の2音 D♯–E♯ が切迫して反復——だが F♯ 長調の頂点は永遠に来ない。m.115 で音楽は断ち切られる。 → 聴取:期待の頂点で幕がすり替わる。次の一拍から世界が変わる |
| 区分 | 小節 | 中心音/旋法 | 素材 | 内容・性格・聴取ポイント |
|---|---|---|---|---|
| 足音——ペダルの開始 遠くから |
m.116–123 | A♭ ペダル | 歩み | 2/4、Modéré mais toujours très rythmé(Fromont 初版で確認)。ppp——ティンパニ+ハープ2台+pizzicato のコントラバス(divisi)だけの、くぐもった空虚5度の足踏み。直前の ff からの落差で、耳を澄まさないと聞こえない。この A♭(ときに G♯ と書かれる)のペダルがB部58小節のあいだ一度も途切れない。 → 聴取:まず「音量」でなく「距離」が変わったことに気づく。遠くで何かが歩いている |
| ミュートトランペットのファンファーレ 行列が近づく |
m.124–155 | A♭ ドリアほか | Fanf | 空虚5度9小節ののち、弱音器を付けた3本のトランペットが8小節のファンファーレを吹き始める(初出は A♭ ドリア=ペダル音が主音として文脈づけられる)。以後、同じペダルの上で旋法だけが差し替わる:m.128B♭ ミクソリディア、m.132B ドリア、m.144D♭ ミクソリディア、m.148F ドリア(WJEC)。 → 聴取:低音は一歩も動かない。近づいてくるのは「色」と「音量」だけ——遠近法を和声でなく旋法で描く |
| 行列と祭りの合流 tutti |
m.156–169 | A♭ ドリア→B♭→B | Fanf S1a | 行列が目の前まで来て forte の tutti。ファンファーレにA部の S1a が対位法的に重なり、ファンファーレのリズムは伴奏に回って冒頭の動機 x の変形になる。旋法は最初の3つを再巡回(m.156 A♭ ドリア→m.160 B♭ ミクソリディア→m.164 B ドリア)。m.168 からは半小節単位の断片反復で圧を上げる。 → 聴取:祭りの主題と行列のファンファーレが同時に鳴る瞬間——ドビュッシーの標題(行列が祭りに「溶け込む」)が音になる場所 |
| 雪崩——半音階の下降 | m.170–173 | 半音階→A♭7 | 断片 | 全奏 ff。7の和音が半音ずつ雪崩れ落ち、ペダルはティンパニに残ったまま、m.173 の終わりで全体が強く色づけされた A♭ 属7和音にまとまる——そのまま D♭ へ解決して A′ が始まる(WJEC の数えでこれが全曲5回目の完全終止・D♭ では2回目)。 → 聴取:58小節動かなかった低音が、ここで初めて「属音」として意味を持つ。長い停滞が一気に運動エネルギーへ |
| 区分 | 小節 | 中心音/旋法 | 素材 | 内容・変容・A部との差異 |
|---|---|---|---|---|
| S1 の回帰——半音ずつ上る A1′ |
m.174–207 | D♭→D→E♭ | S1a S2b | S1a がF でなく D♭ で戻る——A部で最初に明快な着地(m.23)と最初の完全終止(m.48)を得た、第2の極。導入の刻みなし・伴奏は最初から平行9度、m.180 で和声リズムが倍加。m.182まるごと半音上の D へ、m.190さらに E♭ ドリアへ——今度はS2b が S1a に絡む(A部で70小節待たされた S2 が、再現ではすぐ来る)。m.202E♭ に停止、金管が吹くのは y ではなくB部のファンファーレ。差異:調は半音階的な上昇連鎖・素材は圧縮と混成——行列以後、祭りはより切迫している(WJEC) → 聴取:同じ踊りなのに、休む間がない。回転数の上がった再現 |
| A2 の再現と圧縮 A2′ |
m.208–223 | A→C♯ | S1a Tr1 | m.208A ミクソリディアの S1a はほぼ忠実に戻るが、m.220移行群は14小節→4小節に切り詰められ(C♯=D♭ の異名同音で記譜)、Tr2 も全音音階版 S1 も省かれる。差異:移行の「間」が消える——m.225 では S2a の2音の節回しが装飾音ひとつに圧縮される → 聴取:A部(m.39–53)と聴き比べると、省かれたのがすべて「余裕」の部分だと分かる |
| S2a の変質と崩壊 A3′ |
m.224–251 | C♯ オクタトニック | S2a Fanf | m.224A部では安らぎだった S2a が、今度は強奏・厚いテクスチュア・調的支えなしのオクタトニックで鳴る。m.232旋律は反復する短3度の装飾だけに痩せ、バスにはB部末尾の半音階下降が戻ってくる。m.237ミュートトランペットのファンファーレの断片が明滅しはじめる(Fromont 初版の実測でも、リハーサル図20〔m.242〕と図22〔m.269〕に弱音器指定つきのこだまの波を確認)。 → 聴取:祭りと行列の記憶が同じ視界で明滅する。崩壊がそのまま最後の混成になる |
| 区分 | 小節 | 中心音 | 素材 | 内容 |
|---|---|---|---|---|
| 光る塵 | m.252–279 | A(曖昧に) | 断片 | 着地するのは開始の F でも D♭/C♯ でもなく、m.62 で一瞬だけ輝いた A。Un peu retenu と a tempo のあいだで揺れながら(実測・Fromont 初版)、3連符のこだま・ファンファーレの残像・スタッカートの和音が痩せてゆき、最後はチェロとコントラバスの ppp の pizzicato の A ひとつ(第1曲とよく似た消え方——WJEC)。 → 聴取:祭りは終わらない。視界から出ていくだけ——「背景は変わらずに残る」という標題どおりに |