マルッキ×都響——デュカス/ドビュッシー《夜想曲》/バルトーク《青ひげ公の城》

スザンナ・マルッキの都響初登場が、バルトーク《青ひげ公の城》の演奏会形式。前半にデュカスの『アリアーヌと青ひげ』第3幕への前奏曲とドビュッシー《夜想曲》の2曲を置く、「青ひげ」を二人の作曲家で聴き比べる並びです。3曲は1897年から1911年、わずか15年ほどの間に書かれています。

公演情報

  • 日時・会場: 2026年7月17日(金)19:00開演、サントリーホール(第1047回定期演奏会Bシリーズ。翌18日に東京芸術劇場で同プログラムのA定期)
  • 指揮: スザンナ・マルッキ
  • 独唱: ジョン・レリエ(バス、青ひげ公)/シルヴィア・ヴェレシュ(メゾソプラノ、ユディット)
  • 曲目:
    • デュカス:歌劇『アリアーヌと青ひげ』第3幕への前奏曲(Ariane et Barbe-bleue、1899–1906作曲・1907初演)約6分半
    • ドビュッシー:《夜想曲》より「雲」「祭」(Nocturnes: Nuages / Fêtes、1897–99)約13分
    • バルトーク:歌劇《青ひげ公の城》Sz.48(A kékszakállú herceg vára、1911作曲・1918初演)演奏会形式・日本語字幕付、約60分

公演ページによると、前半の2曲は続けて演奏されます。

今日のプログラムの特徴

同じペロー起源の「青ひげ」物語を、フランスとハンガリーの二人が正反対に処理した、その両方を一晩で聴く企画です。デュカスの台本はメーテルランクの戯曲で、6人目の妻アリアーヌは先妻たちを解放しようとする側。バルトークの台本はバラージュ・ベーラで、ユディットは自分から扉を開けさせ、最後は自分が4人目の「夜の妻」になる側です。解放しようとして拒まれる女と、闇の中へ自分から入っていく女——同じ城の話がここまで違う音楽になります。

間に挟まる《夜想曲》は、単なる箸休めではなく系譜の結節点と読めます。ぶらあぼの公演紹介(室田尚子、2026年7月号)はこのプログラムを「青ひげもの」のつながりと、ドビュッシーからデュカスへの影響の流れで説明していました。バルトークの側も、コダーイが1907年にパリから持ち帰った楽譜でドビュッシーの語法を知ったとされます。《青ひげ公の城》の随所にあるドビュッシー的な和音の使い方を、直前に本家の《夜想曲》で耳に入れてから聴ける並びです。

もうひとつ、この組み合わせはマルッキが先月ケルンのギュルツェニヒ管との演奏会でも取り上げたもので、そこでは「Nacht(夜)」と題されていました。《夜想曲》も、窓のない城も、夜の音楽です。同じ3曲を同じ指揮者が別のオーケストラでも並べているので、この組み合わせ自体はマルッキが持ち歩いているものと見てよさそうです。ただし「Nacht」という題は主催者側が付けたもので、夜という括り方まで指揮者の発案なのかは確かめられませんでした。

デュカス『アリアーヌと青ひげ』第3幕への前奏曲

  • 作曲 1899–1906、初演 1907年5月(パリ、オペラ=コミック座)
  • 調号3♯のイ長調圏。前奏曲本体65小節+幕開き18小節の続きもの
  • 詳細は楽曲ガイド(区分・小節はガイド側でスコアから実測)

オペラ自体が上演の少ない作品なので、前奏曲だけでも実演で聴ける機会はありがたいものです。第3幕は、脱出に失敗したアリアーヌが先妻たちに別れを告げて城を去る幕。Bru Zane の作品解説では「第3幕は第1幕の変奏された再現」とされ、前奏曲も第1幕前奏と同じイ長調圏の素材で書かれています。

音楽は、呼びかけの音型から歌の中核へ、頂点で崩落し、静かなエピローグへという一続きの流れで、ワーグナー的な長い息とフランス的な色彩を併せ持つ書法です。手がかりとしては、イ長調圏の柔らかい光がどこで翳るか、頂点の崩落のあとに何が残るか。そして今夜は幕が開かない代わりに、そのままドビュッシーの「雲」へつながります。この接続がどう響くかは当日の楽しみにしたいところです。

ドビュッシー《夜想曲》より「雲」「祭」

  • 作曲 1897–99、初演 1900年12月9日(パリ、ラムルー管弦楽団/シュヴィヤール指揮)
  • 全3曲のうち第3曲「シレーヌ」は女声合唱を要するため、今夜は慣行どおり2曲の抜粋。この初演自体が「雲」「祭」の2曲だけで、合唱を含む全曲初演は翌1901年10月27日でした。抜粋で演奏する慣行は初演そのものに遡ります
  • 「雲」102小節・「祭」279小節(楽曲ガイド側でスコアから実測)。主分析はどちらも三部形式

「雲」は B を中心にした灰色の音楽です。弦が細かく分かれて雲の層を作り、その上をイングリッシュホルンの短い句が何度も横切ります。この句は C♯ から始まって B へ落ちる、三全音の枠に収まった旋法的な線で、曲の中でほとんど変形されずに戻ってくる。Hepokoski は三部形式の底に「同じ素材が5回めぐる回流」を読んでいます。三部形式を否定する読みではなく——本人も ABA′ の印象は確かにあり、ドビュッシーも意図しただろうと認めたうえで、それと共存する別の捉え方として提案しています——その印象がどこから来るかを説明する読みで、ガイドではそちらも紹介しました。当日は、同じ句が戻るたびに背景の雲の色だけが変わっていく、その変化を追うのが一番の楽しみです。

「祭」は F のドリア旋法で始まる祭りの喧騒、その中間部(m.116〜)に「行列」が来ます。ミュートを付けたトランペット3本が遠くから行進してきて、祭りの音とすれ違い、また遠ざかる。最後は祭り自体が数十小節かけて消えていきます(m.252〜279)。行列がどの距離感から聞こえ始めるか、ホールでどう「遠さ」を作るかを確かめたい場面です。

バルトーク《青ひげ公の城》Sz.48

  • 作曲 1911、1912年に手を入れ、1917年に現行の結末へ改訂(出版譜の表記は「1911, rev. 1912/18」)。初演 1918年5月(ブダペスト王立歌劇場)
  • 一幕、登場人物は青ひげ公とユディットの2人だけ(昔の妻たちは黙役)。ハンガリー語上演
  • 4管編成にオルガン、チェレスタ、木琴、ハープ2、舞台上(別働)の金管
  • 場面構造と調の弧、扉ごとの練習番号は楽曲ガイドに整理しました(UEヴォーカルスコアから実測)

一幕60分のオペラですが、構造は明快で、語り手のプロローグ(省略されることも多い)、暗い城、7つの扉、そして終結の闇という一本道です。調性は F♯ の夜に始まり、第5の扉の C 長調で最も明るくなり、また F♯ の夜へ戻る対称の弧を描きます。F♯ と C は三全音、調の世界でいちばん遠い関係にあり、闇と光の対比が音程の遠さとそのまま重なっています。

場面単位の手がかりを番号で挙げます。

  1. 血の動機を全部の扉で拾えるか。 短2度(G♯–A のような半音のぶつかり)の軋みが、扉が開くたびにどこかの声部で滲みます。拷問部屋の血、武器の血、宝石に付いた血、百合の根元の血。60分を貫く最小の動機なので、これを追うだけで全曲の聴き方が変わります。
  2. 扉1〜4は音色の見本帳です。拷問部屋の木琴の乾いた音、武器庫の金属的な響き、宝物庫のチェレスタ、庭のハープとホルン。楽器が場面の「色」をどう塗り分けるか。
  3. 第5の扉(練習番号[74]直後)が全曲の頂点。 オルガンと全奏の C 長三和音が fff で立ち上がり、青ひげの領土に白い光が満ちます。サントリーホールなのでオルガンパートが実機で鳴るはずで、この一撃をホールで浴びるのが今夜最大の目当てです。直後、ユディットの声だけが翳る。光の中の影まで聴き取れるか。
  4. 第6の扉は涙の湖。ハープと木管のアルペジオが静かに波打つ、動きの止まった場面です。ここから音楽は闇へ下り始めます。
  5. 第7の扉で3人の昔の妻が現れ、ユディットが夜の妻として続く。冒頭の夜の音楽が戻ってきて、額縁が閉じます。この「戻ってきた」感覚が、生で聴いてどれほど重いか。
  6. 語り手のプロローグを置くかどうか。「あなたがたは私を見ている。私はあなたがたを見ている。まぶたの幕はすっかり開いている。舞台をお探しか。それはどこに開かれているのか。あなたの中にか、私の中にか」と観客に問いかける口上で、この物語を城で起きた猟奇譚ではなく心の内側の劇として観るよう促すものです。ケルンの同プログラムでは語り手(アンドラーシュ・パレルディ)が立てられていました。都響の公演ページには記載がないので、当日の確認事項です。
  7. ハンガリー語は語頭アクセントの言語で、バルトークの声楽書法はその抑揚をほぼそのまま音にしています。字幕で意味を追いつつ、音としては「話すように歌う」プロソディを聴きたいところです。

演奏家について

マルッキは今回が都響初登場です(ぶらあぼ公演紹介)。ヘルシンキ・フィルの首席指揮者を務めた後、現在は名誉首席。《青ひげ公の城》はベルリン・フィルの定期でも指揮し、ヘルシンキ・フィルとはライヴ録音(BIS、2020年)を残しています。近代フランスものと20世紀レパートリーを核にしてきた人なので、このプログラムはほぼ本丸と言えます。

ユディットのヴェレシュは、そのマルッキ盤で同役を歌ったハンガリー出身のメゾソプラノ(2018年からウィーン国立歌劇場)。指揮者と歌手が録音で作った解釈を、母語歌手のユディットで生で聴けるという配役です。青ひげ公のレリエはトロント出身のバスで、この役を各地で歌ってきた当たり役。ガードナー指揮ベルゲン・フィルとの録音もあります。両者とも「初役を日本で試す」のではなく、練り上げた役を持ってくる側の布陣です。

録音メモ

楽曲ガイドの参照録音は、デュカス=マルティノン/フランス国立管(1972)、ドビュッシー=ハイティンク/コンセルトヘボウ(1979)、バルトーク=ケルテス/ロンドン響(1965、扉ごとの時間目安はこの盤基準)です。当日までに聴くなら、ヴェレシュが同役を歌っているマルッキ/ヘルシンキ・フィル盤(BIS、2020年ライヴ)が今夜の舞台と地続きです。

今回確かめること

血の動機の短2度を、7つの扉すべてで自分の耳で拾えるか。ガイドで場所は頭に入れたので、あとはホールで音として気づけるかどうかです。