Ursa Epicure楽曲ガイド
デュカス:歌劇《アリアーヌと青ひげ》第3幕への前奏曲
Paul Dukas: Ariane et Barbe-bleue, Prélude du troisième acte(作曲 1899–1906・初演 1907)|単一楽章・約6分半
枠の地図:調号は3つのシャープのまま最後まで動かない。前奏本体(A1〜A4・全65小節)は翳った緩徐楽章のような弧を描き、途中に2度の「silence(沈黙)」を挟んでフェルマータで閉じる。幕が上がると同時にきらめく三連音の音楽(B・18小節)へ一変して、歌の入りへ橋を架ける。幅は各区分の小節数に比例。上枠ボルドー=冒頭の枠。
出典・底本
主な分析ソース:本ガイド実測(底本:A. Durand & Fils 全曲総譜, 1907年。Internet Archive のスキャンで第3幕冒頭 pp.378–397 を逐次参照)。区分・小節・テンポ指示・楽器法はすべてこの版から直接数えた。補助(作品の背景・性格づけ):Bru Zane Mediabase(「第3幕は第1幕の変奏された再現」)、The Opera Scribe(2023・個人ブログ)、Phil's Opera World(2017・個人ブログ)、英語版 Wikipedia(初演・編成・録音)。いずれも査読なしの二次資料。
位置の準拠:小節番号は本ガイド実測(第3幕冒頭=m.1 として通し)。リハーサル番号 1〜9(Durand 版の四角囲み数字)を併記する。検算:前奏本体はページごとの小節数の合計=65小節、幕開き後は18小節で、歌の入り(セリゼット)=m.84=リハーサル9 と整合することを確認した。
参照録音(時間の基準):ジャン・マルティノン指揮/フランス国立管弦楽団(ORTF)/EMI(1972年2月録音・現ワーナー)。交響曲ハ長調とのカップリングで流通する本曲の代表的録音(トラック 6:28、Discogs 掲載の再発盤による)。≈mm:ss は未計測のため各区分に付さない(位置は小節のみ)
なお、演奏会用抜粋譜(Kalmus 貸譜「Act III, Introduction」)そのものは参照できておらず、抜粋の正確な終止小節(m.65 か m.83 か)は未確認。オペラ全曲録音のトラック分割(ベルティーニ盤の「Prélude」=6:40)は歌の入り直前までをひと区切りとし、マルティノン盤(6:28)もほぼ同じ長さなので、本ガイドは m.1–83 のひと続きの管弦楽部分を対象とする。スコア上この部分に表題はなく(「ACTE III」とのみ)、抜粋譜では「Introduction」、録音では「Prélude」とも呼ばれる。
曲全体の俯瞰(5区分・前奏本体+幕開き)
区分性格・テンポ小節主な素材聴きどころ
A1 二つの呼びかけAssez lent・4/4m.1–16叫びの和音/トランペットの沈む線/低音クラリネットの応答ff で立ち上がってすぐ萎れる和音が2度。そのたびにトランペットが半音階で沈み、低音クラリネットが小声で答える。この「呼びかけと応答」を覚えておくと曲の骨組みが見える。
A2 歌の中核6/4(Sans traîner)m.17–37弦の歌/コーラングレの独白拍子が広がり、第1ヴァイオリンが長い歌をつむぐ。歌がヴィオラ・チェロ、コーラングレへ渡っていく受け渡しを追う。
A3 頂点と崩落ff→silence/1er Mouvtm.38–49全奏の頂点(ハープ fff)/激発の音型ひと息の頂点で鳴るのはハープの fff とトライアングルだけの華——直後に高音の装飾句が舞い、スコアに「silence」と書かれた沈黙が2度訪れる。
A4 エピローグ4/4・pp(Cédez—Très retenu)m.50–65室内楽的な対話ヴィオラとチェロの二重奏に、分割ヴァイオリンが高くこだまする。フェルマータの和音で前奏本体が閉じる。
B 幕開きAssez animé・6/4m.66–83きらめく三連音/トランペット mf légerここで幕(RIDEAU)。宝石がきらめく夜の広間へ、音楽がいきなり明転する。三連音のさざめきが静まると歌(m.84)が始まる。
曲を貫く糸:第1幕もこの第3幕も、同じ調号(3♯)・同じ4/4の、管楽器が長い音を保ってから沈む前奏で開く(本ガイドの実測照合)。Bru Zane の解説は「第3幕は第1幕の変奏された再現」とし、その対応が前奏からすでに始まっていると読める。第1幕前奏がイ長調の pp の謎かけなのに対し、第3幕は同じ身振りを ff の叫びに変えて示す。
歌劇《アリアーヌと青ひげ》第3幕への前奏曲
自由な前奏曲(幕前の弧+幕開きの場面転換)
調号:3♯(イ長調圏) 拍子:4/4⇄6/4(9/4 挿入) Assez lent → Assez animé 前奏本体65小節+幕開き18小節 3管+Hp2・打は頂点と幕開きのみ 約6分半(Martinon 盤 6:28)
A1 呼びかけ
m.1–16
A2 歌の中核
m.17–37
A3 頂点と崩落
m.38–49
A4 エピローグ
m.50–65
B 幕開き
m.66–83
※ 幅は実測の小節数に比例(テンポが違うので演奏時間の比とは一致しない)。
主要素材(凡例)
叫びの和音と沈む線
ff で膨らんですぐ減衰する全奏の和音。その上でトランペット第1が f espress. の長い音から半音階で一歩ずつ沈み、pp に消える。応答は低音クラリネットの独奏+クラリネット2本の静かな二重奏。翳った、問いかけるような身振り。
弦の歌
6/4 に広がってから第1ヴァイオリンが p dolce espress. で歌い出す、半音階の装飾を含む長い旋律。チェロ・ヴィオラ、そしてコーラングレの独白(p dolce marc.)へ受け渡される。息の長いレガート。
激発の音型
オーボエ・クラリネット・弦が f marc. で叩きつける付点混じりの音型(m.44)。アクセントを重ねて ff まで駆け上がり、一瞬で pp へ崩れ落ちる。前奏の中で最も劇的な身振り。
きらめきの三連音
幕が上がる m.66 から、フルート・オーボエ・クラリネット・ファゴットが poco f で刻み続ける三連音の和音連打。ヴァイオリンはユニゾンの三連音で駆け上がり、低弦はピッツィカート、トランペットは mf léger(軽く)。宝石のきらめきの音楽。
※ 名称は本ガイドの便宜的な呼び名。オペラ全体の示導動機(アリアーヌの主題、「オルラモンドの五人の娘」の歌など)との対応名は、参照できた資料では特定できなかったため付さない。
A1 二つの呼びかけ(Assez lent)
区分位置響き素材内容・聴取ポイント
第1の呼びかけ m.1–6Assez lent・4/4 3♯圏・翳り 叫び 沈む線 全奏が ff で膨らみ、すぐ萎れる。その残響の上でトランペット第1が f espress. の長い音から半音階で沈み(dim. → p marc. → pp)、m.3 末から低音クラリネットの独奏、続いてクラリネット2本の二重奏(p espress.〜poco cresc.〜dim. p)が小声で答える。低弦は保続音とピッツィカートの一点で支える。
→ 聴取:「叫び→沈黙→小声の応答」のひと呼吸。この呼吸が前奏全体の単位になる。
第2の呼びかけ m.7–12 同上 叫び 沈む線 同じ身振りがもう一度。今度はオーボエ・コーラングレも加わって色が濃くなる。
→ 聴取:1度目と2度目の色の差。同じ問いが言い直される。
吐息の余波 m.13–16リハーサル1 半音階 溜息の音型 オーボエ+コーラングレ+ファゴットが p espress. の短い溜息のような音型を置き、分割した第2ヴァイオリンがこだまする。呼びかけの緊張がほどけて、歌の準備になる。
→ 聴取:管の溜息に弦が寄り添う瞬間。
A2 歌の中核(6/4・Sans traîner)
区分位置響き素材内容・聴取ポイント
弦の歌・開始 m.17–196/4・Sans traîner 3♯圏 弦の歌 拍子が 6/4 に広がり(「引きずらずに」の指示)、第1ヴァイオリンが p dolce espress. で長い旋律を歌い始める。チェロが p のアルコで下支えし、ホルン第1が dolce marc. で合いの手を入れる。
→ 聴取:ここからが前奏の「歌」。4/4 の重い足取りが 6/4 でふっと流れ出す。
歌の継続 m.20–23m.20 Cédez très peu(9/4)→ リハーサル2 au Mouvt 半音階 弦の歌 9/4 の1小節でふくらみを溜めてから、テンポを戻して歌が続く。旋律はヴィオラ・チェロ側へ降り、p espress.〜poco cresc. とうねる。
→ 聴取:Cédez(ゆるめて)→ au Mouvt(元の速さで)の呼吸。この伸縮が全編で繰り返される。
コーラングレの独白 m.24–31m.29 Cédez(9/4)→ リハーサル3 au Mouvt 半音階 弦の歌(管へ) クラリネットと低音クラリネットが p espress. で絡み、m.27 からコーラングレの独奏(p dolce marc.)が歌を引き取る。内声のヴィオラ・チェロは八分音符の波で動き続け、もう一度 Cédez で溜めてから、ホルン2本の dolce marc. と弦の poco cresc. が次の高まりを準備する。
→ 聴取:歌い手のリレー:ヴァイオリン→チェロ→コーラングレ。楽器が替わるたびに翳りの色も変わる。
積み上げ m.32–37m.37 En serrant légèrement peu à peu ♭側の和音が差す 弦の歌+金管 トランペットが p marc.、次いで p dolce sost. で加わる。フラット系の変化音を帯びた和音が差し込み、響きの底が動き出す。「少しずつ切迫して」の指示とともにクレッシェンドが始まる。
→ 聴取:調号は3♯のままなのに、♭の付いた和音で空の色が変わる。頂点への助走。
A3 頂点と崩落
区分位置響き素材内容・聴取ポイント
頂点 m.38–40リハーサル4=m.40 全奏 ff 叫び(拡大) molto のクレッシェンドが m.40 で全奏 ff の頂点に達する。ここで初めてハープ2台が fff のアルペッジョを掃き上げ、トライアングルのトリルとティンパニが加わる——そして同じ小節の中で molto dim.、一気に引いていく。
→ 聴取:頂点は1小節だけ。ハープとトライアングルはこの瞬間(と幕開き後)にしか鳴らない。
静まりと沈黙 m.41–434/4 に戻る pp 高音の装飾句 pp に沈んだ弦とホルンの持続の上で、フルートとオーボエが6連符の速い装飾句をひらひらと舞わせる。più p → pp と薄れ、小節の最後にスコアはフェルマータ付きで「silence」と書く——音楽が一度、本当に止まる。
→ 聴取:書き込まれた沈黙。頂点の直後に置かれた無音の1拍を数える。
激発と崩落 m.44–491er Mouvt→Un peu retenu ♭の変化音 激発の音型 沈黙を破って、オーボエ・クラリネット・弦が f marc. の付点音型をアクセントで叩きつけ、cresc. から ff へ——だが dim. molto で即座に pp へ崩れる。トランペットの pp の和音が ppp まで遠ざかり、ハープ第1の独奏アルペッジョとフルート独奏の3連符がひとしずく(m.48)。もう一度「silence」のフェルマータ(m.49)。
→ 聴取:激情の空振り。燃え上がりかけては2度とも沈黙に呑まれる、この前奏で一番ドラマチックな数小節。
A4 エピローグ(au Mouvt, sans traîner)
区分位置響き素材内容・聴取ポイント
室内楽的エピローグ m.50–57リハーサル5 pp の透明 弦の歌(残照) オーケストラが室内楽ほどに痩せる。ヴィオラとチェロの p espress. の二重奏が歌の記憶をなぞり、分割した第1・第2ヴァイオリンが pp で高くこだまする(オクターヴ上の p espress.)。クラリネット系が p dim. の和音を淡く敷く。
→ 聴取:数人だけで奏でられているような数小節。大オーケストラの曲とは思えない親密さ。
終止 m.58–65Cédez—Très retenu—Cédez pp→フェルマータ コーラングレ+弦 速度を段階的にゆるめながら、コーラングレが pp espress. の独奏でもう一度だけ歌い、フルート2本が p で応じる。チェロ・コントラバスの和音が pp で脈打ち、最後は3部に分割されたヴァイオリンの pp の和音にフェルマータ——前奏本体がここで閉じる。
→ 聴取:閉じたのに終わらない感じ。次の瞬間に幕が上がるための、宙に浮いた終止。
B 幕開き(RIDEAU・Assez animé)
区分位置響き素材内容・聴取ポイント
明転 m.66–69リハーサル6・6/4 明るい3♯圏 きらめき スコアに「RIDEAU(幕)」。木管群が poco f の三連音で和音を刻み続け、ヴァイオリンはユニゾンの三連音でトリルへ駆け上がり、低弦はピッツィカート、トランペットは mf léger、トライアングルが p で光る。ト書きは「第1幕と同じ広間。散らばった宝石がまだきらめき、外は夜。灯りの下で5人の妻たち——セリゼット、メリザンド、イグレーヌ、ベランジェール、アラディーヌ——が鏡の前で身支度を終えようとし、アリアーヌが手伝ってまわる」。
→ 聴取:暗から明への一瞬の場面転換。フェルマータの余韻を破る三連音のさざめき。
展開 m.70–74リハーサル7=m.70(9/4) ♭側へ色変 きらめき+ピッコロ 9/4 にふくらんだ小節でピッコロの旋律が顔を出し、ハープも加わる。m.71 からフラット系の和音へ色が変わり、きらめきが揺らめきに変わる。
→ 聴取:同じさざめきの中の光の加減。♭の和音が差すたびに翳る。
静まり——歌へ m.75–83リハーサル8=m.75/歌の入り=m.84(リハーサル9) p→pp きらめき(減衰) フルートのユニゾンの旋律(mf)を境に音楽は静まっていく。トランペット第1の独奏が ppp の長い音を糸のように張り、弦は p espress. の和音で沈み、ハープはハーモニクスを一粒ずつ。m.84(リハーサル9)でセリゼットが「私たちは魔法の城から出られなかった…」と歌い出す——演奏会用抜粋はその直前までで、オペラではここから第3幕の芝居が始まる。
→ 聴取:器楽が言葉に席を譲る減衰。演奏会ではこの消え際が実質のコーダになる。
前奏本体(A)↔ 幕開き(B)の対比
前奏本体(Assez lent, m.1–65)
基調は p〜pp。低音クラリネット・コーラングレ・弱音の弦が主役で、ff は「叫び」(m.1, 7)と頂点(m.40)、激発(m.46)の瞬間だけ。半音階で沈む線、Cédez と au Mouvt の伸縮、2度の「silence」。動きは長い音と息の長い歌。
幕開き(Assez animé, m.66–83)
基調は poco f。木管の三連音の連打・ヴァイオリンの三連音の駆け上がり・ピッツィカート・mf léger のトランペット・トライアングル。動きは細かく、均質で、止まらない。沈黙の代わりに、減衰しながら歌へ受け渡す。
対比の軸は調性ではない——調号は3♯のまま一度も変わらない。変わるのはテンポ・音色・声部の運動で、暗い静止(幕前)と明るいさざめき(幕開き)が地続きのまま切り替わる。
形式上の特異点
  • 「silence」と書かれた沈黙が2度ある(m.43・m.49、実測)。頂点(m.40)と激発(m.46)の直後、スコアはフェルマータ付きの休止に「silence」と明記する。クライマックスを沈黙で受けるこの設計が、前奏の翳った性格の核になっている。
  • 幕は前奏の「終わり」ではなく Assez animé の開始(m.66)で上がる。前奏本体はフェルマータで閉じるが音楽は途切れず、幕が上がってからも歌の入り(m.84・リハーサル9)まで18小節、オーケストラだけの場面転換が続く。演奏会用抜粋「第3幕への前奏曲」はこのひと続き全体にあたる(全曲録音のトラック分割も同じ)。
  • 第1幕の開き方の変奏。第1幕前奏(イ長調・4/4・Très modéré)は管の長い音が pp marc. で置かれて半音階に沈む。第3幕は同じ調号・同じ拍子で、同じ身振りを ff の叫びに変えて開く(本ガイドの実測照合)。Bru Zane の「第3幕は第1幕の変奏された再現」という指摘が、前奏からすでに当てはまると読める。
  • ハープと打楽器の極端な節約(実測)。前奏本体65小節のうち、ハープが鳴るのは頂点の fff(m.40)と独奏のひとしずく(m.48)だけ、トライアングルは頂点だけ。だから幕開きの三連音でハープとトライアングルが常時光り出すと、同じ楽器が別世界のように聞こえる。
  • ワーグナー的と評される長い前奏。劇評ブログ Phil's Opera World はこの前奏を「《パルジファル》のスコアを思わせる、立派だが実に長い前奏」と評する(二次資料・個人ブログ)。荘重なテンポ、半音階の沈み込み、金管の遠い和音という手触りはたしかにそれを思わせる。
  • 5人の妻の名はメーテルランクの他の戯曲のヒロインたち(セリゼット、メリザンド、イグレーヌ、ベランジェール、アラディーヌ——ト書きより)。中でもメリザンドはドビュッシー《ペレアスとメリザンド》と同一人物の名で、Julian Grant は第1幕での彼女の登場にドビュッシーの主題の断片が引用されると指摘する(Grant の個人サイト)。
別の見立て:三部形式の緩徐楽章として読むと
この前奏に伝統的な形式名を与えた資料は見当たらず、主分析は上の「呼びかけ→歌→頂点と崩落→エピローグ→幕開き」という劇の論理で読むのが自然だと考える。そのうえで、器楽曲の語彙を借りるなら、前奏本体(m.1–65)は三部形式の緩徐楽章のようにも聞ける——作曲家がそう設計したという意味ではなく、本ガイドの見立てとして:
A にあたる
二つの呼びかけと歌の中核(m.1–37)。主素材の提示と歌。
B にあたる
頂点と崩落(m.38–49)。緊張の爆発と2度の沈黙。
A′ にあたる
エピローグ(m.50–65)。歌の素材が pp の残照として戻る。
ただし A′ は「再現」というより余韻に近く、そこへ幕開きの Assez animé(m.66–)が異質なコーダのように接ぎ木される。型に収まりきらないこのはみ出し方こそ、オペラの前奏らしいところ。

参考文献

Ursa Epicure 楽曲ガイド | ursaepicure.comガイド一覧