楽曲ガイド 作品と関連記事

スクリャービン:法悦の詩(交響曲第4番)Op.54

Alexander Scriabin: Le Poème de l'Extase, Op. 54(1905–08/初演 1908, ニューヨーク)|単一楽章・約20分

枠の地図:調号が最後まで刷られない単一楽章を、提示部・2つの展開部・再現部・コーダの5区分で読む。トランペットの「自己主張の主題」が姿を変えて戻り、低音 C の上のハ長調で閉じる。

出典・底本
主な分析ソース:ダニイル・トピーリン(Daniil I. Topilin、モスクワ音楽院)「スクリャービン《法悦の詩》:交響曲=詩曲の構想」(Opera musicologica 15/4, 2023, pp.42–61。サンクトペテルブルク音楽院の学術誌。conservatory.ru)。形式の5区分、主題の呼び名、テンポ標語ごとのエピソード割りはこの論文に拠る。論文は区分の境界を小節で示さず、譜例の小節番号(тт.)だけを挙げる。調性の設計や終結のハ長調には触れていない。
位置の準拠:本ガイドが総譜で実測した小節番号。底本は総譜 M. P. Belaieff(ライプツィヒ, 1908、図版番号 2795)の IMSLP #685152(E. F. Kalmus の復刻、カタログ A2026)。この版は小節番号を刷らず、囲みの練習番号 1–41 を全曲通しで刷る。総小節数は605(最後の小節は8分音符1つで切る小節で、これも1小節と数える)。検算は三通り行った。(1) 総譜の全99頁を、頁ごとに上の段と下の段で別々に数えた。(2) 同じ Belaieff 版のパート譜2種(第1ヴァイオリン IMSLP #47572、トランペット1–5番 #47567。トランペットは長い休みの小節数表示で数えた)で、練習番号41個すべての位置と総小節数を別に数えた。(3) トピーリン論文の譜例の小節番号と照合した。総譜の最初の数えは606で、練習番号 [13] と [14] のあいだ(総譜 p.38 の最後の幅広い1小節を2小節と読んだ)で1小節多かった。パート譜の数えとトピーリンの譜例の番号(Charmé m.477、Scherzando m.499、avec une volupté… m.507、molto più lento m.435)がそろって605系列を示し、該当頁を読み直して1小節であることを確かめて直した。修正後は、夢の主題 m.19、飛翔 m.39、生まれ出た創造物 m.71、不安なリズム m.95、自己主張 m.103、très parfumé m.156、Tragico m.213 も含め、三つの数えが一致する。位置欄には練習番号を [N] で併記した。
調号は実音の段(フルート・オーボエ・ヴァイオリン)で読んだ。全605小節を通じて、実音の段に調号は一度も刷られない。B管クラリネットの♯2つとイングリッシュホルンの♯1つは移調のための調号で、実音はハ調の記譜にあたる。調号が無いことは、調の中心が無いことを意味しない。本ガイドは和声を分析していない。表の「調号・響き」欄には、調号の有無と、典拠や総譜から読めた響きの出来事(トピーリンの言う D9、終結の低音 C)だけを書いた。和声と声部進行の本格的な分析には James M. Baker『The Music of Alexander Scriabin』(1986)があるが、本ガイドは参照していない。
参照録音:ピエール・ブーレーズ指揮シカゴ交響楽団(Deutsche Grammophon 459 647-2、1995年11月シカゴ、メディナ・テンプル録音)。区分ごとの時間目安(≈mm:ss)は付けていない。本ガイドは録音を聴いて区分を計測していないので、推測の時間は書かない。調性スパインの幅は、録音の秒数ではなく実測の小節数に比例させた。
本文で言及する論:トピーリン(形式区分・主題名・「溶け合った交響曲」の読み)/同論文が引くパフチンスキー(Pavchinsky 1979。「超主題」という呼び方、飛翔の主題を主部とみる読み)とルプツォーワ(Rubtsova 1989。冒頭を序奏とみる読み)/L. ミヘーエワ(Mikheyeva。belcanto.ru に載るロシア語の曲目解説。主題を担う楽器と、作曲者が一部の主題に呼び名を付けたという記述)/ヒュー・マクドナルド(Hugh Macdonald。スクリャービン研究者によるクリーヴランド管弦楽団のプログラムノート。ハ長調の終結)。トピーリンとルプツォーワの論はトピーリン論文の中の紹介で読んだもので、ルプツォーワとパフチンスキーの原著は参照していない。
主題の呼び名の出所:「憧れ(томление)」「夢」「飛翔」等の呼び名は、ロシアの研究と解説が慣用として使うもので、本ガイドはトピーリンの整理に従った。トピーリンは「スクリャービンは8つの主題を区別していた」と書くが、どの8つかも、何の文書に拠るかも示していない。ミヘーエワ系の解説は「作曲者が『意志の主題』『自己主張の動機』『恐怖の動機』『不安なリズム』と内容を示した」と書く。本ガイドはその一次文書(書き込み・書簡・スケッチ)を確認していない。呼び名は作曲者のものかもしれないし、解説者のものかもしれない、という扱いで読んでほしい。一方、総譜に刷られたフランス語・イタリア語の発想標語(languido、imperioso、avec une noble et douce majesté など)は作曲者自身のもので、本文ではこちらを一次資料として引く。

曲全体の俯瞰(単一楽章・5つの大区分)

大区分小節テンポ・発想標語主な主題聴きどころ
提示部mm.1–110Andante languido → Lento soavamente → Allegro volando → Lento → Allegro non troppo憧れ/夢/飛翔/生まれ出た創造物/不安なリズム・意志・自己主張フルートのけだるい小さな旋律から始まり、ゆっくりした部分と速い部分が短く入れ替わりながら主題が一つずつ出てくる。最後にトランペットが初めて「自己主張の主題」を f で、しかし ma dolce(柔らかく)歌う。
第1展開部mm.111–180Moderato. avec délice(喜びをもって)→ très parfumé → presque en délire憧れ/夢の断片/下行する2度の動機いったん静まって、木管の独奏がつぎつぎに絡む。発想標語が「とても香り高く」「陶酔がますます高まって」「ほとんど錯乱して」と段階を踏んで上がっていく。
第2展開部mm.181–312Allegro → Allegro dramatico → Tragico → tempestoso → avec une noble et joyeuse émotion自己主張/飛翔/抗議/不安なリズム速くなって劇的に荒れ、鐘が加わって最初の fff の頂点に達する。そのあと独奏トランペットが自己主張の主題を「高貴で喜ばしい感動をもって」歌い上げる。
(条件付きの)再現部mm.313–476Lento → Allegro volando → Lento → Allegro → molto più lento → Allegro夢/飛翔/生まれ出た創造物/三つ組提示部と同じ順で、クラリネットの夢の主題、フルートの飛翔、独奏ヴァイオリンの主題が戻る。ただし戻るたびに展開の手つきが混じる。終わりに2度目の fff と、短くなったトランペットの歌。
コーダmm.477–605Charmé → Scherzando → avec une volupté de plus en plus extatique → Allegro molto → Maestoso隠れた憧れ/快楽/自己主張(拡大)2/2 拍子に変わり、チェレスタの pp から最後の上昇が始まる。Maestoso でオルガンと鐘が初めて加わり、8本のホルンが自己主張の主題を引き延ばして鳴らす。最後は長く保った fff の和音。
曲を貫く糸:主題の多くはゆっくりした「けだるさ」の側と、速く跳ねる「飛翔」の側に分かれ、トランペットの「自己主張の主題」がそのあいだを何度も割って入る。トピーリンによれば、提示部の終わりに初めて出る三つ組(不安なリズム・意志・自己主張)は、提示部末・第2展開部の頂点・再現部で2度・コーダの計5回現れる。調号は最後まで刷られず、最後の数十小節で低音の C が保続され、その上に和音が積まれて閉じる。マクドナルドはこの終結をハ長調と書く。

法悦の詩(交響曲第4番)Op.54

単一楽章(大きく拡がったソナタ形式・トピーリンの読み)
調号なし(実音段)→ 終結 C dur 全605小節(本ガイド実測) 練習番号 1–41(全曲通し) ホルン8・トランペット5 オルガン・チェレスタ・ハープ2・鐘 約20分
提示部
mm.1–110
第1展開
mm.111–180
第2展開
mm.181–312
再現部
mm.313–476
コーダ
mm.477–605
※ 幅は各区分の小節数に比例(本ガイド実測)。テンポが区分ごとに大きく違うので、演奏時間の比とは一致しない。
主要主題(凡例)——呼び名はロシアの研究・解説の慣用、小節は本ガイド実測
憧れ(томление)m.2
第1フルートの独奏、p。作曲者の書き込みは con voglia languido(けだるい欲望をこめて)。小さな音域で半音ずつうねり、三連符をはさんで沈んでいく短い句。弦は pp のトレモロで下支えする。息の長い旋律ではなく、何度も言いかけては止まる。
意志の核(トランペット)mm.13–18
第1トランペット。付点リズムで同じ音を p cresc. で繰り返し、三連符で押し上げて f imperioso(命令的に)の長い音に至る。すぐ dim. して pp に消える。ミヘーエワはこれを「意志の主題」の核と呼び、ルプツォーワ(トピーリンの紹介)は「自己主張の主題」が形を取りはじめる所とみる。
夢(мечты)m.19
Lento. Soavamente。第1クラリネットの独奏、p dolce espress.。弱起から上へ跳んで、ゆっくり下る。ロシアの解説は、この主題の上行の減4度が、のちの自己主張の主題の中心の音程を先取りすると書く。下で弦が細かい音型をさざ波のように刻む。
飛翔(полёт)m.39
Allegro volando(飛ぶように)、2/4。ミヘーエワによればフルートから始まり、弦のピッツィカートが軽く跳ねる。トピーリンは「稲妻のような、独立したスケルツォの小島」と呼ぶ。遅い部分とのテンポの落差がそのまま聴きどころ。
生まれ出た創造物(возникшие творения)m.71
Lento。独奏ヴァイオリン、dolce espress. carezzando(愛撫するように)。同時にフルート2本が p serioso。トピーリンはここを第2主題の領域とみる。
不安なリズム(ритмы тревожные)m.95
Allegro non troppo、4/4。ホルン5–8番が弱音器付きで mp inquieto(落ち着かなく)、三連符の和音の刻みを繰り返す。旋律ではなくリズムの主題。
意志(воля)m.96
不安なリズムの上で、第1トランペットが p cresc. imperioso の弱起から入り、m.97 から f。冒頭 mm.13–18 の付点の身振りが、ここで主題として定まる。
自己主張(самоутверждение)m.103
発想標語 avec une noble et douce majesté(高貴で柔らかな威厳をもって)。トランペット1・2番のユニゾン、f ma dolce、m.102 の8分音符の弱起から。弱起から完全4度上へ跳び(実音で B→E。B管の記譜では C♯→F♯)、その音をタイで長く引き延ばし、三連符の弱起でさらに一段上へ踏み上がる。フルートの細かい連符とハープが周りで光る。曲の終わりまで最も多く姿を変えて戻る主題。
抗議(протест)m.213
発想標語 Tragico。トピーリンは Tragico の像をそのまま「抗議の主題」とみる。ミヘーエワは Allegro dramatico のトロンボーンに結びつける。
隠れた憧れ/快楽 m.477/m.507
コーダで新しく出る2つの呼び名(トピーリン)。Charmé(魅せられて)の2/2拍子のなかの「隠れた憧れの主題」と、avec une volupté de plus en plus extatique(ますます恍惚とした快楽をもって)の第1クラリネットの「快楽の主題」。後者と同時に、バスクラリネットが pp の独奏で動く。
提示部 mm.1–110
区分位置調号・響き主題内容・聴取ポイント
Andante languido(主部の第1主題、または序奏) mm.1–182/4 調号なし 憧れ + 意志の核 弦の pp のトレモロの上に、m.2 から第1フルートが con voglia languido。m.6 から独奏ヴァイオリンが同じ気分で続き、チェレスタとハープが点を打つ。mm.13–18 で第1トランペットが付点リズムから f imperioso へ立ち上がり、すぐ pp に引く。異同:ルプツォーワはこの18小節を序奏とみて、トランペットで閉じると読む。トピーリンは序奏とみず、次の Lento と合わせて2つの主題を持つ主部(第1主題)とみる。
→ 聴取:m.13 のトランペット。静かなけだるさのなかに、一瞬だけ命令口調の金管が割り込んで引っ込む。この身振りが全曲の最後まで育っていく。
Lento. Soavamente mm.19–38[1]=m.27 調号なし 夢 第1クラリネットの独奏で夢の主題。第2クラリネット、独奏ヴィオラ、独奏チェロ、オーボエが代わる代わる受け継ぐ。一部の管と独奏声部は 6/8、残りは 2/4 で書かれ、拍子が二重になっている(小節線は全声部で揃う)。m.38 にフェルマータと複縦線。
→ 聴取:独奏楽器が次々に入れ替わる。弦の細かい刻みは止まらず、その上で旋律だけが楽器を移っていく。
Allegro volando(推移) mm.39–70[2]=m.55/m.69 molto accel. 調号なし 飛翔 2/4 のまま速くなり、飛翔の主題。トピーリンはここを推移(связующая партия)とし、同時に「ミクロのスケルツォ」とも呼ぶ。パフチンスキーは主部の速い主題とみる。m.69 から molto accelerando して、次の Lento へ落ちる。
→ 聴取:テンポの落差。数十秒前のけだるさが嘘のように、軽い音型が駆け回る。
Lento(第2主題の領域) mm.71–94[3]=m.87 molto languido 調号なし 生まれ出た創造物 複縦線のあと Lento。独奏ヴァイオリンが carezzando で歌い、フルート2本が p serioso で重なる。m.87 で molto languido。
→ 聴取:オーケストラの中から1本のヴァイオリンが浮かぶ。冒頭 m.6 の独奏ヴァイオリンと同じ楽器が、今度は主題を持って戻る。
Allegro non troppo(終結部=三つ組) mm.95–1104/4/m.103 avec une noble et douce majesté 調号なし 不安なリズム + 意志 + 自己主張 m.95 で 4/4 に変わり、弱音器付きホルンが inquieto の三連符を刻む。m.96 の弱起からトランペットが意志の主題、m.103 からトランペット2本が自己主張の主題を f ma dolce で。同時にトロンボーンとチューバが mf ma dolce で和音を支え、m.104 からホルン独奏が対旋律を歌う。m.110 で pp まで落ちる。トピーリンはこの3つを終結部にまとめ、パフチンスキーの「超主題」という呼び方を紹介する。主要な主題が提示部の最後に来るので、提示部と展開部の境目ははっきりしない(トピーリン)。
→ 聴取:m.103 のトランペット2本。f なのに dolce。怒鳴らずに、高いところから歌う金管の主題として聴く。
第1展開部 mm.111–180
区分位置調号・響き主題内容・聴取ポイント
Moderato. avec délice mm.111–1472/4/[4]=m.127/[5]=m.140 調号なし 憧れ + 下行2度 2/4 に戻って、イングリッシュホルンの独奏(p dolce)から。m.119 に第1オーボエ。トピーリンによれば、憧れの主題がほのかに光り、そのまわりに新しい「下行する2度の動機」が現れる(譜例 mm.110–117)。mm.127–134 ではフルートが夢の主題から育った動機を吹き、独奏ヴァイオリンが新しい主題で対位する。mm.135–136 で f から sf、ppp へ。m.144 からホルン独奏。
→ 聴取:2音ずつ下がる小さなため息。速い部分のあとで、もう一度けだるい側に沈む。
très parfumé → avec une ivresse toujours croissante mm.148–168[6]=m.148/m.156/m.161/[7]=m.160 調号なし 憧れ m.148 で第1フルート独奏が p dolciss.、m.149 に第1オーボエ。m.156 に très parfumé(とても香り高く)、m.161 に avec une ivresse toujours croissante(陶酔がつねに高まりつつ)。
→ 聴取:発想標語が、音量より先に「気分の段階」を上げていく。管の独奏が重なるたびに密度が増す。
presque en délire mm.169–180[8]=m.169 調号なし 下行2度 + 憧れ m.169 に presque en délire(ほとんど錯乱して)。第1トランペットが mp dolciss. molto espress.、木管が f。トピーリンは、下行2度の動機が交響的な頂点に至り、金管の上で憧れの主題と対位するとみる(譜例 mm.173–175)。ハープのグリッサンドを経て、m.180 で morendo(消えるように)。
→ 聴取:トランペットがここでは柔らかく歌う。命令口調だった楽器が dolcissimo で入る。
第2展開部 mm.181–312
区分位置調号・響き主題内容・聴取ポイント
Allegro mm.181–1902/2 調号なし 自己主張 + 飛翔(拡大) 複縦線のあと 2/2 の Allegro。第1トランペットが m.180 の弱起から dolce で自己主張の主題を展開し、ヴァイオリンのトリルと弦の三連符が走る。トピーリンは、飛翔の主題が拡大されて対位していると読む(譜例 mm.181–184)。
→ 聴取:主題が小さな単位に分かれて楽器間を移る。展開部らしい手つきが最もはっきり出る所。
Allegro dramatico → Tragico → tempestoso mm.191–2384/4/[9]=m.196/[10]=m.207/m.213 Tragico/m.225 tempestoso/[11]=m.233 調号なし 不安なリズム + 抗議 + 意志 m.191 で 4/4 の Allegro dramatico。弱音器付きのトランペット2本が入る。トピーリンによれば、自己主張の主題が脅かすような姿に変わって途切れ、タムタムが鳴る。抗議の主題の前に、不安なリズムに由来する脈打つ新しい動機が出る(譜例 mm.207–213)。m.207 で全奏 ff/sf、m.213 で Tragico(抗議の主題)、m.225 で tempestoso(嵐のように)。意志の主題が育ち、句は意志の主題の三連符ひとつにまで縮む。
→ 聴取:曲の中でいちばん暗い所。それまでの「けだるさ」と「飛翔」のどちらでもない、第3の色。
第1の頂点 mm.239–260[12]=m.239/[13]=m.245/[14]=m.253/[15]=m.259 D9 への放電 自己主張 + 不安なリズム m.240 で第1トランペット独奏が mf imperioso、m.245 でトランペット2本が f、marcatissimo。m.247 で鐘(カンパネッリ)が初めて鳴り、m.252 と m.253([14])で金管とハープが fff。トピーリンは、脈打つリズムの定型がこの「2つの主要な頂点」で繰り返され、ためた緊張が属九の和音(D9)へ放たれると書く(譜例 mm.257–259)。
→ 聴取:鐘が入る瞬間。音量の頂点はその少しあと。そこで和音が一つの響きに開く。
avec une noble et joyeuse émotion mm.261–312弦 12/8・管 4/4/[16]=m.269/[17]=m.277/[18]=m.289/[19]=m.297 調号なし 自己主張 m.260 の最後の拍の弱起から、第1トランペットの独奏が自己主張の主題を f ma dolce で歌い、全奏がそれを包む。発想標語は「高貴で喜ばしい感動をもって」。弦は 12/8、管と金管は 4/4 のままで、拍の割り方が上下で食い違う。m.277([17])でホルン5–8番とトランペット3–5番が fff。m.305 でトランペット2本が ff ma dolce、m.311 までに pp へ落ちる。
→ 聴取:提示部 m.103 と同じ主題が、今度は1本のトランペットの独奏で、全奏の上に立つ。下の弦は三連の揺れ、上の旋律はまっすぐ。
(条件付きの)再現部 mm.313–476
区分位置調号・響き主題内容・聴取ポイント
Lento mm.313–3402/4/[20]=m.321(6/8)/[21]=m.333 調号なし 夢 + 憧れ 総譜では頁の途中で段が替わり、Lento。第1クラリネットが p dolce espr. で夢の主題を戻す(提示部 m.19 と同じ楽器)。弦の細かい刻みも同じ。m.317 からイングリッシュホルンと独奏チェロ、m.321 から 6/8 で独奏ヴァイオリン。差異:提示部の冒頭 Andante languido(mm.1–18)は戻らず、夢の主題から再現が始まる。
→ 聴取:クラリネットの独奏が戻ってきたら、再現部。直前の大きな盛り上がりが pp まで引いたあとに来る。
Allegro volando mm.341–376[22]=m.353/m.374 accel. 調号なし 飛翔 m.340 のフェルマータのあと、2/4 の Allegro volando。飛翔の主題が戻る。トピーリンは、ここでは展開の性格を帯びると書く。m.350 にホルン独奏。差異:提示部 mm.39–70 と同じ位置関係で戻るが、長さは提示部の32小節に対して36小節。
→ 聴取:2度目の飛翔。最初の登場を覚えていれば、形の崩し方の違いが聞こえる。
Lento mm.377–404[23]=m.384/[24]=m.392/m.400 molto accel. 調号なし 生まれ出た創造物 第1フルートの p dolce espress. と独奏ヴァイオリンの pp dolce。m.387 でチェレスタが加わり、m.389 から第1トランペットが pp dolciss. で長く保つ。トピーリンは、第2主題の領域もまた展開の「誘惑」に負けると書く。
→ 聴取:チェレスタとトランペットの pp。金管がいちばん小さい音で鳴る場面。
Allegro → molto più lento mm.405–4464/4/[25]=m.413/[26]=m.427/[27]=m.435 molto più lento 調号なし 三つ組 + 夢 + 抗議 m.405 で 4/4 の Allegro。弱音器付きのホルン5–8番、ティンパニとタムタム、m.407 から第1トランペット。トピーリンは、終結部の三つ組が戻り、Allegro dramatico の火花も戻るとみる。m.435 の molto più lento では、ヴァイオリンの cantabile の上で夢の主題と抗議の主題が対位する(譜例 mm.435–446)。トピーリンはこの区分を、終結部と第2展開部が「溶け合った」ものと呼ぶ。
→ 聴取:m.435 でテンポが急に落ちる。暗い主題とクラリネットの夢の主題が同時に鳴る。
Allegro(第2の頂点と短い歌) mm.447–476[28]=m.453/[29]=m.461/[30]=m.467 調号なし 三つ組 + 自己主張 m.447 で Allegro。第1トランペットの独奏(mm.449–451)、m.455 から鐘、mm.460–464 でホルン・トランペット・ハープが fff。m.467([30])で sfp に落ち、m.468 の弱起から第1トランペットが自己主張の主題を dolce で。トピーリンによれば、これは m.261 の「高貴で喜ばしい感動」の短縮版で、8小節に縮まり、編成も変わり、フランス語の標語は付かない。差異:第2展開部では52小節あった歌が、ここでは mm.469–476 の8小節で終わる。
→ 聴取:2度目の頂点のすぐあと、トランペットが短く歌って止まる。次に来るのは歌の続きではなく、静かなコーダ。
コーダ mm.477–605
区分位置調号・響き主題内容・聴取ポイント
Charmé mm.477–4982/2/[31]=m.477/[32]=m.487 調号なし 憧れ + 隠れた憧れ 全声部が 2/2 に変わり、チェレスタの pp から。フルートの pp のトリル、m.487 にティンパニのトリル。m.490 の弱起からトランペット1・2番のユニゾンが f。トピーリンは、憧れの気分に新しい「隠れた憧れの主題」が加わるとみる。
→ 聴取:拍子が大きく2つに取られる。2/4 と 4/4 で動いてきた曲が、ここからゆったり大股になる。
Scherzando → avec une volupté de plus en plus extatique mm.499–530[33]=m.499/[34]=m.507/[35]=m.519/[36]=m.525 調号なし 飛翔(拡大)+ 自己主張 + 隠れた憧れ → 快楽 m.499 の Scherzando で第1トランペットの独奏(m.498 の弱起から mf)。トピーリンは、飛翔(拡大)・自己主張・隠れた憧れの3つが同時に鳴る三重対位法とみる(譜例 mm.499–502)。m.507 の発想標語は「ますます恍惚とした快楽をもって」。バスクラリネット独奏 pp と第1クラリネットの p dolce espress.(快楽の主題)。m.523 から独奏ヴァイオリンが p dolciss.、m.525 で第1フルートが p molto espress.。
→ 聴取:m.507 で急に低い木管へ。トランペットが退いたあと、バスクラリネットが薄暗い音域で動き出す。
Allegro molto. Leggierissimo. Volando mm.531–552[37]=m.535/[38]=m.547 調号なし 飛翔 + 自己主張 飛翔の主題の断片が散らばり、フルートに憧れの主題の音程が現れる(トピーリン)。トランペット3本の pp の三連符の和音、シンバル、チェレスタ。m.541 で第1トランペット独奏が f imperioso con sonorità(命令的に、よく響かせて)。m.545 で鐘が入り、m.547 から f、低弦が pizz. ff。
→ 聴取:m.541 の imperioso。冒頭 m.15 にトランペットへ書かれた同じ語が、最後の上昇の直前にもう一度来る。
Maestoso mm.553–592[39]=m.561/[40]=m.577/[41]=m.585 低音 C へ 自己主張(拡大) m.552 の弱起からオルガンが初めて入る(総譜の脚注は「やむを得ない場合はハーモニウム」)。m.553 で大鐘(カンパナ)とハープ2台も加わり、全奏 ff。8本のホルンが長い音を保つ。トピーリンは、自己主張の主題が8本のホルンで拡大されてオルガンとともに鳴り、「法悦に達した」と書く。m.581 でホルンとトランペットが fff。m.585 で急に pp(ファゴット、ホルン、ヴィオラ、ハープ)へ落ち、弦の dolce から、もう一度登り直す。
→ 聴取:オルガンの低音が入った瞬間、床が抜けるように響きが深くなる。頂点のあとに一度 pp へ落ちる所も聞き逃さないように。
終結 mm.593–605 C dur – m.593 で f、トランペットが p から cresc. molto、m.596 で弦が ff、m.599 で ff cresc.。m.601 で全奏 fff。和音はタイで mm.601–604 の4小節保たれ、オルガンとティンパニ・シンバルのトリルが続く。m.605 の1拍目の8分音符で切られ、フェルマータは付かない。低音(コントラバス・チェロ・コントラファゴット・オルガンのペダル)は C。マクドナルドはこの終結をハ長調と書き、遠い調の領域を長くさまよったあとのスクリャービンの中心だったとする。
→ 聴取:最後の和音は長く伸ばされて、短く切られる。余韻で終わらず、8分音符ひとつで断ち切られる。
自己主張の主題:3つの姿
提示部 m.103(2本・douce majesté)
トランペット2本のユニゾンで f ma dolce。周りはフルートの細かい連符とハープ。まだ全奏の頂点ではなく、提示部の終わりに置かれた主題の紹介。
第2展開部 m.261(独奏・joyeuse émotion)
トランペット1本の独奏が全奏の上に立つ。弦は 12/8、管は 4/4 で拍の割り方が食い違う。52小節かけて歌い、pp まで引く。
コーダ m.553(8本のホルン・Maestoso)
主題の担い手がトランペットからホルン8本に移り、拡大されて鳴る(トピーリン)。オルガン、大鐘、ハープが初めてそろう。
ここで比べるのは、同じ主題の担い手・音量・発想標語に限る(和声の比較はしていない)。douce majesté(柔らかな威厳)→ joyeuse émotion(喜ばしい感動)→ Maestoso は、それぞれの箇所に作曲者が書いた局所的な発想指示で、主題の「段階」の名ではない。本ガイドは発想標語の変化を手がかりに、トピーリンの分析に沿って、これを同じ主題の三つの姿として並べた。
形式上の特異点
  • 調号が一度も刷られない。底本の実音の段(フルート・オーボエ・弦)には、全605小節を通じて調号が無い。調号で調の枠を示さずに書かれていて、終結のハ長調も調号ではなく、低音 C の保続と和音で示される。調号が無いことと調の中心が無いことは別の話で、終結に至るまでの和声の道筋は本ガイドの分析の範囲外にある(Baker の分析が扱う。本ガイドは未参照)。
  • 拍子の二重書き。Lento の部分では一部の管と独奏声部が 6/8、残りが 2/4 で書かれる(mm.19 以降など)。m.261 の avec une noble et joyeuse émotion では弦だけが 12/8 で、管と金管は 4/4 のまま。いずれも小節線は全声部で揃い、1小節の中の拍の割り方だけが声部で違う。
  • オルガンは終わりの54小節だけ。オルガン(またはハーモニウム)は m.552 の最後の拍の弱起で入り(Maestoso は m.553 から)、m.605 の終結まで鳴る。それより前には一度も鳴らず、大鐘(カンパナ)も同じ所で初めて入る。鐘(カンパネッリ)は m.247 の第1の頂点が最初。編成の最大値を最後まで取っておく設計。
  • 再現部が冒頭から始まらない。m.313 の再現はクラリネットの夢の主題からで、冒頭 Andante languido の18小節は戻らない。トピーリンが「条件付きの再現部」と呼ぶのは、戻ってくる主題がそれぞれ展開の手つきを帯びるためでもある。
  • 三つ組が5回来る。トピーリンによれば、提示部の終わりに初めて出る三つ組(不安なリズム・意志・自己主張)は、提示部末・第2展開部の頂点・再現部で2度・コーダの計5回現れる。主題の再来が形式の区切りを作る。
  • 詩が先に出版された。スクリャービンは総譜より先に、同名の長い詩を自費で小冊子として出版した(ロシア語版 Wikipedia は1906年ジュネーヴとする。マクドナルドによれば約300行)。詩は総譜には印刷されていない(ミヘーエワ)。冒頭は「霊は、生への渇きに翼を得て、否定の高みへと飛び立つ」、結びは「そして宇宙は喜びの叫びに鳴り響いた——我あり!」(本ガイド訳)。詩の各節と音楽の区分は長さが釣り合わず、トピーリンは、スクリャービンがまず音楽を聴くよう求めたと書く。
  • 「交響曲第4番」は通称。総譜の題は Le Poème de l'Extase だけで、番号は刷られていない。英語版 Wikipedia は、作曲者がときに「第4交響曲」と呼んだが正式の題にはならなかったとする。
別の見立て:溶け合った4楽章の交響曲として読むと
上の主分析はソナタ形式の5区分で読んだ。トピーリン自身はさらに、この単一楽章の中に古典的な交響曲の4つの楽章の役割がすべて溶け込んでいると論じる(「交響曲の第1楽章が切り離されたもの」という従来の見方への反論)。作曲者がそう設計したと示す資料ではなく、分析者の見立てである。
緩徐楽章にあたる
冒頭の Andante languido と Lento soavamente(mm.1–38)。憧れと夢の2主題。
スケルツォにあたる
Allegro volando(m.39)の「ミクロのスケルツォ」と、コーダの Scherzando(m.499)。
第1楽章(ソナタ)にあたる
提示部から再現部までの大きな枠組み。
フィナーレにあたる
コーダ(m.477–)。トピーリンは「スケルツォとフィナーレの特別な合金」と呼び、第1〜3交響曲にも先例があるとする。
この読みで聴くと、テンポが遅・速と何度も入れ替わるのは気分の揺れというより、別々の楽章の性格が一つの流れの中に交互に顔を出していることになる。

参考文献

  • Топилин Д. И.「«Поэма экстаза» А. Н. Скрябина: концепция симфонии-поэмы」Opera musicologica 15/4(2023), pp.42–61. doi:10.26156/OM.2023.15.4.003 — conservatory.ru(形式区分・主題名・譜例の小節番号・「溶け合った交響曲」の読み)
  • Павчинский С. Э.『Сонатная форма произведений Скрябина』Москва: Музыка, 1979(未参照。トピーリン論文の引用による)
  • Рубцова В. В.『Александр Николаевич Скрябин』Москва: Музыка, 1989(未参照。トピーリン論文の引用による)
  • Л. Михеева「Александр Скрябин. Поэма экстаза, Op. 54」(曲目解説)— belcanto.ru(主題を担う楽器、作曲者による主題の呼び名、詩が総譜に印刷されなかったこと)
  • Hugh Macdonald, program note "The Poem of Ecstasy"(クリーヴランド管弦楽団)— clevelandorchestra.com(ハ長調の終結、詩の長さ)
  • スクリャービン「Поэма экстаза」(詩)— ru.wikisource.org(詩の本文。引用の訳は本ガイド)
  • Wikipedia「The Poem of Ecstasy」— en.wikipedia.org/「Поэма экстаза」— ru.wikipedia.org(初演、「第4交響曲」の呼称、詩の出版)
  • James M. Baker『The Music of Alexander Scriabin』New Haven: Yale University Press, 1986(Composers of the Twentieth Century)。未参照。出版社の紹介によれば、本作を含む作品の全体分析を収める。和声と声部進行の典拠として挙げる。
  • 楽譜(底本):Scriabin, Le Poème de l'Extase, Op.54, 総譜, Leipzig: M. P. Belaieff, 1908(図版番号 2795), E. F. Kalmus 復刻 — IMSLP #685152
  • 参照録音:Chicago Symphony Orchestra / Pierre Boulez, Deutsche Grammophon 459 647-2(1995年11月録音)
第1版 | 初版 2026-09-27 | 最終改訂 2026-09-27