楽曲ガイド 作品と関連記事

ストラヴィンスキー:葬送の歌 Op.5

Igor Stravinsky: Pogrebal'naya pesnya (Chant funèbre), Op. 5(1908/初演 1909, ペテルブルク/再演 2016) 単一楽章・約12分

枠の地図:弱音器のコントラバスのうごめきに始まり、ホルン独奏の主題が楽器から楽器へ渡されながら半音化し、変イ短調まで沈む。主題はイ短調で変形して戻り、イ短調の和音と遠い金管の和音が交互に鳴って終わる。

対象:作品全体の概略(Boosey & Hawkes 2017年版は見本の第1頁のみ参照。分析はブラギンスカヤの論文の本文と譜例に準拠し、位置は場面単位が基本)

出典・参照版
主な分析ソース:ナタリア・ブラギンスカヤ(Natalia Braginskaya)の博士学位論文『イーゴリ・ストラヴィンスキー ヨーロッパ音楽文化との対話』(サンクトペテルブルク音楽院、2023、学位論文・ロシア語、公開 PDF、sias.ru)の節 8.5.2.2「ヴァーグナー傾倒の頂点としての《葬送の歌》」と、付録の譜例(例32・34・35)。ブラギンスカヤは、2015年に音楽院図書館で見つかったパート譜の探索と同定を主導し、総譜の復元を学術面で監修し、Boosey & Hawkes 版(2017)の序文と校訂注を書いた研究者で、この論文は再発見の当事者が書いた分析である(復元の作業そのものは作曲家ユーリー・アクバルカンが行った。音楽院の告知による)。作曲者の構想は、ストラヴィンスキーの『自伝』(仏語原著 Chroniques de ma vie, 1935)の英訳 An Autobiography(1936)で読んだ(仏語原文は未確認)。楽器の受け渡しの順は、ロサンゼルス・フィルハーモニックの曲目解説(楽団サイトのプログラムノート・執筆者名の記載なし、laphil.com)、終わりのハープは、オルケストル・メトロポリタンの曲目解説(フランソワ・フィリアトロー執筆、プログラムノート、orchestremetropolitain.com)に拠った。編成と初演のデータは Boosey & Hawkes の作品ページ、小節総数と調性はオリガ・マヌルキナの報道記事(Kommersant, 2015年9月7日、新聞記事)とロシア語版 Wikipedia に拠る。
位置の準拠:場面単位(テンポ・楽器・出来事)が基本。小節番号と練習番号は、確認できた点だけを書いた。m.1–2 と m.18–21(練習番号1)と練習番号9・10はブラギンスカヤの譜例の表記から、練習番号7は同論文の本文から、m.1–4 の楽器の入りは Boosey & Hawkes が公開している見本頁(総譜の第1頁のみ、低解像度の画像)から読んだ。全106小節(マヌルキナ、ロシア語版 Wikipedia)という総数は本ガイドで数えていない。それ以外の区分の境界は小節も練習番号も確かめられなかったので、書いていない。この曲は2017年に初めて出版された保護期間内の作品で、本ガイドは総譜の全体を見ていない。本ガイドに底本と呼べる総譜はない。参照版は Boosey & Hawkes, Hawkes Pocket Score HPS 1592(2017。総譜復元:ユーリー・アクバルカン、序文・校訂注:ナタリア・ブラギンスカヤ)だが、見たのは上記の見本頁だけで、分析はブラギンスカヤの論文の本文と譜例に拠っている。
参照録音:リッカルド・シャイー指揮ルツェルン祝祭管弦楽団(Decca 483 2562、2017年8月ルツェルン録音、2018年発売。世界初録音)。トラック長 10:29(MusicBrainz の登録値)。区分ごとの時間目安(≈mm:ss)は付けていない。録音未計測のため。
本文で言及する論:ブラギンスカヤ(主題の由来、ヴァーグナーとの関係、半音化の過程、終結の和音)/LA フィル解説(楽器の順、低音の7音型、《火の鳥》との類似)。分析者の読みと作曲者の言葉は、本文で区別して書く。

曲全体の区分の俯瞰(楽器の行列)

区分位置調主な素材聴きどころ
導入mm.1–17半音階的低音の7音型弱音器を付けたコントラバスだけが、トレモロでうごめくように始める。楽器が少しずつ加わっても、音はずっと低く暗い。
主題の提示m.18〜練習番号1イ短調主題(ホルン独奏)こもった音色のホルンが、静かな歌を吹く。ほかの楽器が黙るかどうかは資料が食い違う(下の表)。この歌が最後まで曲を運ぶ。
楽器の行列練習番号1〜→ 変イ短調主題の受け渡し同じ歌がイングリッシュホルン、オーボエ、フルート、テューバへと渡っていく。渡るたびに半音が増え、響きが暗く深い調へ沈む。
回帰練習番号9〜10イ短調変形した主題第1ヴァイオリンが歌を取り戻すが、半音でずり上がる音が混じり、最初の素朴さはもうない。
コーダと終結終盤(場面)イ短調弦の噴出/コラール弦の細かい音が急に吹き上がったあと、イ短調の和音と遠い金管の和音が交互に鳴り、ハープの上行で終わる。
曲を貫く糸:作曲者の構想は、オーケストラの独奏楽器が順に墓の前を通り、それぞれが自分の旋律を花輪として置いていく、というものだった(『自伝』)。低い背景には、バスの合唱の響きをなぞるトレモロのざわめきを置く構想だったという(同)。ただしホルンの主題提示(m.18–21)でその背景が鳴り続けるかどうかは資料が食い違い、本ガイドは確かめていない。ただし LA フィルの解説は、実際に曲を支配する旋律は一つで、それが楽器から楽器へ渡されると書く。本ガイドもこの見方で区分した。演奏時間は約12分(Boosey & Hawkes)、テンポ表示は Largo assai、6/4拍子(見本頁と譜例で確認)。
成立と初演:1908年6月(新暦6月21日)のリムスキー=コルサコフの死を受け、同年6〜7月に書かれた(マヌルキナ、ロシア語版 Wikipedia)。初演は1909年1月17日(新暦30日)、ペテルブルク音楽院大ホールでの「ロシア交響楽演奏会」のリムスキー=コルサコフ追悼の回で、フェリクス・ブルーメンフェリト指揮、シェレメーチェフ伯爵のオーケストラによる(Boosey & Hawkes、マヌルキナ)。ブラギンスカヤが引く当夜のプログラムでは、この曲が後半の最初に置かれ、演奏会はリムスキー=コルサコフの前奏曲=カンタータ《ホメロスより》で閉じた。編成は3管(フルート3〈3番ピッコロ持替〉、オーボエ2、イングリッシュホルン、A管クラリネット3〈3番バスクラリネット持替〉、ファゴット3〈3番コントラファゴット持替〉)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、打楽器(シンバル・大太鼓・タムタム)、ハープ2、弦(Boosey & Hawkes の作品ページ)。

葬送の歌 Op.5

楽器の行列(単一の主題が楽器を渡る単一楽章)
主調:a moll6/4・Largo assai 全106小節位置は場面単位 3管・Hn4・Hp2約12分
導入
1–17
主題
m.18–
行列
番号1–
回帰
番号9–
終結
終盤
※ 幅は等分。導入の17小節のほかは区分の長さを確かめられなかったので、比例させていない。
主要主題
低音の7音型 m.1
分割したコントラバスが弱音器を付け、p で弾く4分音符のトレモロ。2声の重音が6拍かけて半音を交えながら上り、次の小節の頭の1音で下りて止まる。数えると7つの音になる(LA フィルの解説は「繰り返される7音の伴奏」と呼ぶ)。ブラギンスカヤは、この低音のうごめきを《火の鳥》の冒頭にほとんどそのまま通じると書き、ヴァーグナー《神々の黄昏》の「ジークフリートの葬送行進曲」を開く死の動機とも近いとする。ただしヴァーグナーが ff の3連16分音符で鳴らすところを、ここでは p の遅いトレモロに沈めている。
主題 m.18
第1ホルンの独奏、bouché(ゲシュトップ)、p cantabile。長く伸ばした音から完全5度下へ落ち、短3度、完全5度と上がって2度下りる。続く2小節では、高い音から完全4度下がる動きが2度出る。譜例に臨時記号はなく、ブラギンスカヤはこれを白鍵だけでできたイ短調の旋律と呼ぶ(音程は同論文の例32から読んだ。移調楽器の記譜か実音かが譜例に示されていないので、音名は書かない)。1909年の批評家グリゴリー・ティモフェーエフは「むしろロシア的な性格」と評したが、ブラギンスカヤは、出だしの動機が《パルジファル》第2幕でクンドリが呼ぶ「Parsifal!」によく似ており、4度の連なりは同じ楽劇の鐘の主題を思わせると指摘する。
変形した主題 練習番号9
第1ヴァイオリン、mf から poco a poco dim.。主題の輪郭を残しながら、F–F♯、D–D♯ のように半音でずり上がる音が旋律に食い込む。後半は sul G(G線)で低く歌う(同論文の例35)。ブラギンスカヤは、この変形でイ短調に戻っても短2度や7度が旋律を鋭くし、《神々の黄昏》のブリュンヒルデの「絶望の動機」に近づくと読む。
導入 mm.1–17(Largo assai・6/4)
区分位置調主題内容・聴取ポイント
低音の7音型 m.1 半音階的 7音型 分割したコントラバスだけが弱音器付きの p で始める。ほかの楽器はすべて休み(見本頁)。
→ 聴取:いちばん低いところで、何かがうごめき出す。《火の鳥》の開始を知っていれば、その先取りとして聞こえる。
背景が厚くなる m.2–17 半音階的 7音型 m.2 からファゴット、ホルン、ティンパニ、シンバルと大太鼓、タムタム、弱音器付きの第1ヴァイオリン(分割トレモロ)が加わり、m.3 でヴィオラとチェロ(それぞれ半数が弱音器付き)、m.4 でクラリネットとテューバが入る(見本頁。画像が粗く、強弱記号までは読み切れない)。m.5 以降は見ていない。ブラギンスカヤは、主題が出る前のこの部分で、のちに主題そのものへ入り込んでいく半音階の響きが作られると書く。
→ 聴取:打楽器も弱く鳴り続ける。作曲者の言う「バスの合唱の響きをなぞるトレモロ」はこの層。
主題の提示 m.18〜練習番号1(ホルン独奏)
区分位置調主題内容・聴取ポイント
ホルンの歌 m.18–21番号1=m.21 a moll 主題 第1ホルンが bouché の p cantabile で主題を吹き、句の終わりの音がタイで延びたところに練習番号1が来る(例32)。ブラギンスカヤは、この提示ではほかの楽器が完全に黙ると読み、《ジークフリート》第2幕でジークフリートが伴奏なしに角笛を吹く場面を先例に挙げる。LA フィルの解説は旋律が低音の7音型の上に広がると書くので、この4小節で背景が本当に止むのかは、本ガイドでは確かめていない。
→ 聴取:ホルンの押さえつけたような音色で歌われる、白鍵だけの素朴な旋律。背景が止むかどうかは、実際に聴いて確かめたい。
楽器の行列 練習番号1〜(→ 練習番号7で変イ短調)
区分位置調主題内容・聴取ポイント
主題の受け渡し 番号1〜 転調 主題 主題はホルンからイングリッシュホルン、オーボエ、フルート、テューバなどへ渡される(LA フィルの解説の順。各楽器の入りの位置は未確認)。ブラギンスカヤは、主題の展開が「一貫した、止まらない半音化」の論理に従い、ある段階ではヴァーグナー《タンホイザー》の「夕星の歌」(ヴォルフラムのロマンス)の下降する動機が織り込まれると書く。イングリッシュホルンの憂いを帯びた短い独奏には、後期ヴァーグナーの影を見る。
→ 聴取:同じ歌が、楽器を替えるたびに色を変える。作曲者の言う「花輪を置いていく」行列はここ。
深い♭の調へ 番号7 as moll 主題 半音化が進むにつれて調は♭の多い方へ沈み、練習番号7で変イ短調に達する(ブラギンスカヤ。《パルジファル》の和声にもよくある深さだとする)。変イ短調は主調のイ短調から半音下で、調号は♭7つ。
→ 聴取:主調からわずか半音下だが、調号の数では最も離れた側にある。響きが一段暗く沈む。
回帰 練習番号9〜10(イ短調)
区分位置調主題内容・聴取ポイント
ヴァイオリンの主題 番号9–10 a moll 主題′ 第1ヴァイオリンが mf で変形した主題を弾き、poco a poco dim. で弱まり、後半は G線で低く続けて練習番号10に至る(例35)。ブラギンスカヤによれば、主題が再び出る箇所では調がイ短調に戻る一方、短2度と7度が旋律を鋭くしている。差異:提示=ホルン独奏、bouché の p、白鍵だけ/回帰=第1ヴァイオリン、mf、半音が食い込む。
→ 聴取:最初の歌が、半音にゆがめられて戻ってくる。ホルンの素朴さと聞き比べる。
コーダと終結 終盤(場面単位・イ短調)
区分位置調主題内容・聴取ポイント
弦の噴出 コーダ(場面) a moll 7音型 ヴァイオリンとヴィオラが分割した和音で32分音符を吹き上げ、ストレッタのように重なる。音量は1小節半ほどのうちに pp から f へ跳ね上がる。ブラギンスカヤは、ここで《神々の黄昏》の葬送行進曲との近さが最も強まると書く。
→ 聴取:それまで抑えていた弦が、急に激しく波立つ。ブラギンスカヤは「ほとんど狂おしい」噴出と形容する。
終結のコラール 曲尾(場面) a moll – 弦とティンパニがイ短調の三和音を f で3度鳴らし、その間に金管が pp でハ短調、変ホ短調、嬰ヘ短調の和音を幽かなこだまのように挟む。ブラギンスカヤは、この3つの調が短3度ずつ離れていて八音音階(「リムスキー=コルサコフの音階」)に拠ると見る一方、和音を対比させる手法そのものは《神々の黄昏》の「ジークフリートの別れ」から来たものだろうとする。
→ 聴取:近いイ短調の和音と、遠い金管の和音が交互に来る。イ・ハ・変ホ・嬰ヘの4つの根音は短3度ずつ並び、合わせると減7の和音になる(音の関係の事実。聞こえ方は本ガイドの読み)。
ハープの上行 最後(場面) a moll – 曲はハープの上行するアルペッジョで終わる(オルケストル・メトロポリタンの解説)。ブラギンスカヤも、ハープは曲の最初と最後の部分でとりわけ大事な役を持つと書く。
→ 聴取:重い和音のあとに、軽く上へ抜ける音。解決しきらないまま終わる感触がある。
主題の提示 ↔ 回帰の対比(音色と音程の軸)
提示(m.18・ホルン)
ホルン独奏、bouché、p cantabile。臨時記号のない全音階の旋律で、完全5度・完全4度の広い跳躍が骨組みを作る。
回帰(練習番号9・第1ヴァイオリン)
弦、mf から dim.、後半は G線。F–F♯、D–D♯ のような半音の動きが旋律に入り込み、同じイ短調でも響きが鋭い。
対比の軸は音色と音程。調はどちらもイ短調なので、ソナタ形式のような調の緊張と解決はここでは働かない。変わるのは、担当楽器と、旋律に半音がどれだけ入り込むかである。ブラギンスカヤは、この曲の展開全体を主題の「半音化」の過程として描く。音程の比較は同論文の例32と例35から読んだ。
別の見立て:変奏曲として読むと
一つの主題が楽器と和声を替えながら何度も現れる、という点に注目すると、変奏の連なりとしても聞ける。冒頭のくり返す低音の7音型からはパッサカリアも連想されるが、7音型が曲のどこまで続くかは確かめていないので、その形式名は当てない。作曲者がそう設計したと言える資料はなく、これは本ガイドの見立てである。
主題にあたる
ホルンの提示(m.18)
変奏にあたる
楽器の行列(練習番号1〜)、変イ短調(練習番号7)、ヴァイオリンの回帰(練習番号9)
コーダにあたる
弦の噴出と終結のコラール
形式上の特異点
  • 1回だけ演奏されて消え、106年後に見つかった。初演のあと総譜は失われ、ストラヴィンスキーは『自伝』で「革命のあいだにロシアで失われた」と書いている。LA フィルの解説によれば、音楽院図書館は1932年にパート譜を受け入れたが、1951年に「関心がない」として登録を抹消した。マヌルキナの記事は、1951年の目録で10ルーブルの資産として除籍されていたと書く。見つかったのは2015年の早春(音楽院の告知)、文化省の指示で音楽院が急な移転の荷造りをしていたさなかで、古いオペラ・スタジオへ通じる狭い廊下の戸棚の奥、総譜の列の向こうから、58冊のパート譜が出てきた(マヌルキナ)。ブラギンスカヤは以前からこの曲を複数の文書館で探しており、2014年秋には図書館員イリーナ・シドレンコにも協力を頼んでいた。現物に目を留めたのはシドレンコで、それを1909年の演奏に使われたパート譜だと同定したのがブラギンスカヤである(マヌルキナ)。音楽院の告知も、発見を二人の協同の成果とする。LA フィルの解説はブラギンスカヤひとりが見つけたように書くが、これは経緯を単純化した二次資料と見て採らない。最初の学術発表は2015年9月4日、ペテルブルクで国際音楽学会の後援する会議の場だった(日付は音楽院の告知、会議の性格はマヌルキナ)。
  • 再演までの経緯。総譜は、ペテルブルク音楽院出身の作曲家ユーリー・アクバルカンがパート譜から復元し、ブラギンスカヤが学術面で監修した(音楽院の告知)。2016年12月2日にはヴァレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団が再演した(音楽院の告知、ロシア語版 Wikipedia)。総譜は2017年4月に Boosey & Hawkes から出版され(音楽院の告知)、同年8月にシャイーとルツェルン祝祭管が最初の録音を行った。ブラギンスカヤの論文によれば、原資料ではバスクラリネットが A管で書かれており(《ローエングリン》から聞き覚えた、当時としては時代遅れの指定だとする)、2017年の刊本ではこれが改められた。A管の指定が刊本で改められたことは論文で確認できる。一方、刊本で何管のバスクラリネットになったかは、本ガイドが見た見本頁(楽器欄は「Clarinet in A」の括弧の中に「3 (=Bass Cl)」と刷るようにも読める)が粗い画像なので判読できていない。
  • 作曲者の記憶は、日付の点で事実と合わない。『自伝』はこの曲を、秋に「最初のベリャーエフ演奏会」で、ブルーメンフェリトの指揮で演奏されたと書く。実際の初演は1909年1月17日(新暦30日)で、指揮者は合っているが、季節は違う。作曲者自身も同じ箇所で「もう音楽は思い出せない」と断っている。のちにロバート・クラフトとの対話では、この曲を《火の鳥》以前の自作で最良のもの、半音階的な和声で最も進んだものとして記憶していると語った(ブラギンスカヤはロシア語訳『対話』p.42 を典拠に挙げる。英語原書のどの巻かは本ガイドで確かめていない)。
  • 「全独奏楽器の行列」という構想と、実際の曲のずれ。作曲者は、独奏楽器が一つずつ each laying down its own melody as its wreath(それぞれ自分の旋律を花輪として置いていく)と回想した。LA フィルの解説は、実際には一つの旋律が楽器を渡っていくのだと書く。つまり、楽器ごとに別の旋律が出るのではなく、一つの歌が楽器を替えて歌い継がれる。忘れた曲について作曲者が構想だけを覚えていたことが、このずれの一因と考えられる(本ガイドの読み)。
  • ヴァーグナーへの傾倒が最も強く出た作品。ブラギンスカヤはこの曲を、作品1の交響曲、作品3の《幻想的スケルツォ》と並ぶ初期作品のうちで、ヴァーグナーの影響が頂点に達したものと位置づける。主題の出だしは《パルジファル》のクンドリの呼び声に、低音の半音階は《神々の黄昏》の葬送行進曲の死の動機に、終結の和音の対比は同じ楽劇の「ジークフリートの別れ」に近いという。ブラギンスカヤはこれらを意図的な引用とも無意識の反映とも決めていない。

参考文献

  • 楽譜(参照版):Igor Stravinsky, Funeral Song, Op. 5, reconstructed by Yuri Akbalkan, preface and editorial note by Natalia Braginskaya, English translation by Stephen Walsh, London: Boosey & Hawkes, 2017, Hawkes Pocket Score HPS 1592 — Boosey & Hawkes(本ガイドは出版社サイトの見本頁〈総譜の第1頁〉だけを参照。m.1–4 の楽器の入り、Largo assai、6/4、編成表の楽器名)
  • Наталия Брагинская, «Игорь Стравинский в диалоге с европейской музыкальной культурой: формы, фазы, генезис», диссертация на соискание учёной степени доктора искусствоведения, Санкт-Петербургская государственная консерватория, 2023 — PDF(学位論文。節 8.5.2.2 と付録の例32・34・35。主題の由来、半音化の過程、練習番号7の変イ短調、終結の和音、初演の日付とプログラム)
  • Natalia Braginskaya, “New Light on the Fate of Some Early Works of Stravinsky: The Funeral Song Rediscovery”, Acta Musicologica 87/2 (2015), pp. 133–151 — 未参照(会員限定。書誌は学会サイトで確認)
  • Igor Stravinsky, An Autobiography, New York: Simon and Schuster, 1936(仏語原著 Chroniques de ma vie, Paris: Denoël et Steele, 1935)— 英訳のウェブ転載で該当箇所を参照(Chant Funèbre の構想、初演の回想、楽譜の喪失)。仏語原文は未参照
  • Los Angeles Philharmonic, “Funeral Song, Igor Stravinsky” — laphil.com(プログラムノート。執筆者名の記載なし。楽器の順、低音の7音型、1932年・1951年の経緯。発見者の記述は単純化されているので採らない)
  • François Filiatrault, “Funeral Song”, Orchestre Métropolitain — orchestremetropolitain.com(プログラムノート。終わりのハープの上行)
  • Boosey & Hawkes, “Igor Stravinsky: Funeral Song (Pogrebal'naya Pesnya)” — boosey.com(出版社の作品ページ。編成、演奏時間、初演データ)
  • Ольга Манулкина, «106 тактов Стравинского через 106 лет», Коммерсантъ, 7 сентября 2015 — kommersant.ru(新聞記事。小節総数、イ短調、作曲時期、初演、パート譜の冊数と1951年の除籍、発見の状況と現物を見つけた人物)
  • Санкт-Петербургская консерватория, «Опубликована партитура „Погребальной песни“ Игоря Стравинского» — conservatory.ru(音楽院の告知。出版の書誌と時期、発見を二人の協同とする記述、総譜の復元者と学術監修、最初の学術発表の日付)
  • Wikipedia(ロシア語版)«Погребальная песнь»/(英語版)“Funeral Song (Stravinsky)” — 作曲時期、初演、パート譜の冊数、再演の日付
  • 参照録音:Lucerne Festival Orchestra, Riccardo Chailly, Decca 483 2562(2017年8月ルツェルン録音、2018年発売。トラック長は MusicBrainz の登録値)
第1版 | 初版 2026-09-28 | 最終改訂 2026-09-28