東京都交響楽団の第1039回定期演奏会の予習

概要

演奏家 / Performers

  • 指揮 / Conductor: ピエタリ・インキネン (Pietari Inkinen)
  • ピアノ / Piano: キット・アームストロング (Kit Armstrong)
  • 管弦楽 / Orchestra: 東京都交響楽団 (Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra)

曲目 / Program

  • モーリス・ラヴェル:振付詩《ラ・ヴァルス》

    • 英語(仏語)名: Maurice Ravel: La valse, poème chorégraphique pour orchestre
    • 作曲年 / Composed: 1919–1920年
    • 演奏時間 / Duration: 約12分 / approx. 12 min.
    • 楽器編成 / Instrumentation: フルート3(ピッコロ持ち替え1)、オーボエ3(コーラングレ持ち替え1)、クラリネット2、バスクラリネット1、ファゴット2、コントラファゴット1、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ1、ティンパニ、打楽器、ハープ2、弦五部 / 3 Fl (1 doubling Picc), 3 Ob (1 doubling EH), 2 Cl, 1 B.Cl, 2 Bsn, 1 C.Bsn; 4 Hn, 3 Trp, 3 Trb, 1 Tuba; Timp, Perc, 2 Hp, Strings
  • カミーユ・サン=サーンス:ピアノ協奏曲第4番 ハ短調 op.44

    • 英語名: Camille Saint-Saëns: Piano Concerto No. 4 in C minor, Op. 44
    • 作曲年 / Composed: 1875年
    • 演奏時間 / Duration: 約26分 / approx. 26 min.
    • 楽器編成 / Instrumentation: 独奏ピアノ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦五部 / Solo Piano, 2 Fl, 2 Ob, 2 Cl, 2 Bsn; 2 Hn, 2 Trp, 3 Trb; Timp, Strings
  • セルゲイ・プロコフィエフ:交響曲第3番 ハ短調 op.44

    • 英語名: Sergei Prokofiev: Symphony No. 3 in C minor, Op. 44
    • 作曲年 / Composed: 1928年
    • 演奏時間 / Duration: 約35分 / approx. 35 min.
    • 楽器編成 / Instrumentation: ピッコロ1、フルート2、オーボエ2、コーラングレ1、クラリネット2、バスクラリネット1、ファゴット2、コントラファゴット1、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ1、ティンパニ、打楽器、ハープ2、弦五部 / 1 Picc, 2 Fl, 2 Ob, 1 EH, 2 Cl, 1 B.Cl, 2 Bsn, 1 C.Bsn; 4 Hn, 3 Trp, 3 Trb, 1 Tuba; Timp, Perc, 2 Hp, Strings

演奏家について / About the Performers

ピエタリ・インキネン(指揮)/ Pietari Inkinen (Conductor)

フィンランド出身の指揮者・ヴァイオリニスト。1980年生まれ。シベリウス・アカデミーでヴァイオリンを学んだのち指揮に転向し、国際的なキャリアを築いている。

日本との関わり / Relationship with Japan

インキネンは日本との縁が特に深い指揮者で、2016年から2023年まで日本フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者を務め、定期演奏会やシベリウス交響曲全集の録音など多くの実績を残した。都響への客演も複数回に及んでおり、今回はその流れの中で実現した招聘と言える。

音楽的特徴とレパートリー / Musical Style & Repertoire

構造を明確に提示し、情感に流されず緻密に音楽を組み上げるタイプの指揮者として知られる。北欧音楽、とくにシベリウスを得意とするほか、ワーグナーのオペラに実績があり、バイロイト音楽祭やオペラ・オーストラリアで主要作品を手がけている。ブラームス、リスト、プロコフィエフ、ラヴェルも頻繁にプログラムに並ぶ。


キット・アームストロング(ピアノ)/ Kit Armstrong (Piano)

1992年ロサンゼルス生まれ、英国系台湾人のピアニスト・作曲家・オルガニスト。カーティス音楽院とロンドン王立音楽院でピアノを学ぶかたわら、複数の大学で物理学・化学・数学を修め、パリ第6大学で純粋数学の修士号を取得。アルフレート・ブレンデルに師事し、その最大の弟子として高い評価を得ている。

日本との関わり / Relationship with Japan

東京文化会館、NHKホールをはじめ東京での公演実績多数。ジャパン・アーツを通じたリサイタル・ツアーも継続的に行っており、日本の聴衆との接点が深い。東京では武満徹作品をプログラムに含めるなど、ローカルな文脈にも配慮したプログラム編成を見せたことがある。

音楽的特徴とレパートリー / Musical Style & Repertoire

数学的思考に裏打ちされた分析的・知的アプローチが最大の特徴。テクニックの確かさと共に、感情と知性が一体となった解釈を持ち味とする——ブレンデルが「これまで出会った最大の才能」と評したことでも知られる。レパートリーは16世紀ヴァージナリスト(バード、スウェーリンク)からバッハ、モーツァルト、リスト、サン=サーンス、リゲティ、自作まで縦横に広がり、「500年のピアノ音楽」と銘打つリサイタル・シリーズも手がける。作曲家としても活動し、作品はエディション・ペータース社から出版されている。サン=サーンスへの関心は深く、協奏曲第5番の客演実績や小品集のプログラミングも行っている。


プログラムの並びについて

一見すると華やかなフランスものに始まり、後半にかけて重心が下がっていくプログラムだけれど、それ以上の仕掛けもありそうです。都響、特に定期公演のプログラムには、一ひねり、二ひねりあることが多いので、今回もそういった仕掛けを探して、あえて深読みしてみたいと思います。

サン=サーンスとプロコフィエフが、どちらもハ短調・作品44であることは、都響の公式でも触れられています。蘊蓄としては面白いですが、作品番号の一致そのものにはあまり興味が惹かれません。作品番号は作曲家ごとの付番規則で決まるものですし、1875年と1928年のop.44に音楽的な対応関係があるわけではないからです。

むしろ興味深いのは、ハ短調という調性の共有です。同じ調の枠をかぶりながら、サン=サーンスでは緊張がなお形式の中に保たれているのに対し、プロコフィエフではその緊張がはるかにむき出しになっている。同じ「ハ短調」がどれほど違う温度を帯びうるかが、二曲を続けて聴くことで鮮明になるはずです。とはいえ、私はまだ調の違い・扱いを実際の視聴体験として感じることができるほど耳が肥えているわけではないので、このあたりはあくまで「そういう見方もできる」という程度に留めておきます。

そして冒頭に置かれた《ラ・ヴァルス》。優雅な舞曲がそのまま終わるのではなく、しだいに均衡を失い崩壊する音楽が冒頭にあることで、この夜全体に「秩序だった運動がしだいに圧力を帯び、変質していく」という流れが生まれています。

フランス・ロシア物のプログラムですが、感性や色彩感を持ち味にした演奏家ではなく、知性・構造・客観性を持ち味にした指揮者とピアニストが並んでいることにも、意味がありそうです。

この夜全体を、色彩の変化や技巧の見せ場の集合としてではなく、運動が変質し秩序が圧力へ変わっていく三段階として経験することができれば、より深く楽しめるのではないか、と感じています。


ラヴェル《ラ・ヴァルス》——回転そのものが壊れていく音楽

《ラ・ヴァルス》(1919–20年作曲)は、豪華なオーケストラ曲として親しまれている一方で、聴けば聴くほど単純な「華やかなワルツ」ではないと感じさせられる作品です。

ラヴェルは当初「ウィンナ・ワルツへのオマージュ」を構想していたとされますが、完成した音楽は、ワルツという形式が内部から崩れていく過程そのものを描いているように聞こえます。冒頭では、低音のうごめきや霧のような響きの中から、まだはっきりしないワルツの断片が立ち上がってきます。やがて優雅な世界が始まったように聞こえるのですが、その時点ですでに足元はどこか不安定です。音楽は回っているのに、安定して循環している感じが薄く、むしろ回転そのものが過剰さを帯びていくように思えます。

上品なワルツが後半になって突然壊れるというより、最初から優雅さの中に崩壊の種が埋め込まれている作品だと感じます。だから終盤の破局も、外から何かが乱入したというより、内部にあったものがついに露出した結果として聴くのが自然なのかもしれません。

第一次世界大戦後のヨーロッパ文明の崩壊との関連で語られることが多い作品ですが、音楽そのものに即して聴くなら、「オーケストレーションの美しさが内側から自壊していくプロセス」を聴く曲だと捉えたほうが、実感に近いように思います。

インキネンがこの曲をどう扱うかは興味深いところです。勢い任せに煽るというより、構造を見せるタイプの指揮者として知られているだけに、単なる色彩の洪水ではなく、「どこから均衡が崩れ始めるのか」を明確に描く方向になるのではないかと想像しています。

キキドコロ

  • 冒頭の「生成」の瞬間。 弦のトレモロ、ハープの断片、低弦のうごめき——霧のような響きの中からワルツの輪郭がどう立ち上がってくるか。ここでのインキネンのテンポ設計が、終結部との落差を決めます
  • 優雅さの裏に不穏さが差す瞬間。 舞踏会の情景として聞こえていた音楽が、どの時点から危うさを帯び始めるか。一気に変わるのか、気づかないうちに浸食されているのか
  • 金管・打楽器の「華やかさ」の質。 管楽器や打楽器が加わるたびに響きは豪華になりますが、それが単なる派手さとして働くのか、崩壊を加速する力として働くのか。都響の金管セクションの音色がここで効いてきます
  • リズムの歪みと加速。 ワルツの三拍子がいつしか痙攣的になっていく過程。テンポの加速が「盛り上がり」ではなく「制御の喪失」に聞こえるかどうか
  • 終結部の質。 最後の数十秒が、単なるクライマックスではなく「制御された破局」として聞こえるか。全オーケストラが叩きつける和音が、解放感ではなく崩壊の完遂として響くか

サン=サーンス《ピアノ協奏曲第4番 ハ短調 op.44》——設計の妙を味わいたい曲

サン=サーンスのピアノ協奏曲では、第2番や第5番「エジプト風」のほうがよく知られているかもしれません。それに対して第4番は、少し渋い位置にある作品です。ただ、資料を見ていくと、この曲にはサン=サーンスの知的な側面がかなり濃く出ているように思えます。

1875年にパリでサン=サーンス自身のピアノ、コロンヌの指揮で初演されたこの作品は、通常の3楽章構成をとらず、大きくは2つの楽章(各楽章がさらに2部に分かれる)による4部構成を採用しています。しかも草稿段階では単一楽章として構想されていたとのことで、実質的には一つの大きな流れが内部で性格を変えながら進んでいく音楽です。

全曲を統一しているのは3つの循環主題で、変奏曲、緩徐楽章、スケルツォ、フィナーレといった異なる性格の部分を横断的につないでいきます。この循環形式は、リストの「主題変容」の手法と関連づけて論じられることが多く、サン=サーンスがのちの交響曲第3番「オルガン付き」(1886年)やヴァイオリン・ソナタ第1番(1885年)で発展させた構成法の出発点にあたる作品です。

ハ短調という調性も面白い点です。悲劇性を大げさに押し出すというより、全体を引き締める緊張の枠として機能しているように見えます。そのハ短調が最終部でハ長調に転じて華やかに閉じる——その推移がどれほど必然性をもって響くかが、演奏の試金石になりそうです。

キット・アームストロングという配役

この曲にキット・アームストロングが入るのは、かなり納得感のある組み合わせだと思います。

アームストロングは1992年ロサンゼルス生まれ。カーティス音楽院とロンドン王立音楽院でピアノを学ぶ一方、物理学、化学、数学を複数の大学で学び、パリ第6大学で純粋数学の修士号を取得しています。アルフレート・ブレンデルに師事し、作曲家・オルガニストとしても活動する稀有な音楽家です。バード、スウェーリンク、ブルといったルネサンス〜初期バロック鍵盤音楽から、バッハ、リスト、リゲティ、自作品まで、音楽史を構造的に俯瞰するようなレパートリーを持っています。

サン=サーンスへの関心も深く、リサイタルでOp.72の《アルバム》を取り上げたり、サン=サーンスの小品を集めた公演を行ったりしているほか、プラハ交響楽団との共演ではピアノ協奏曲第5番のソリストを務めています。サン=サーンスの構造的洗練を正当に評価するピアニストの一人と言えそうです。

サン=サーンスの第4番は、独奏者が前面に立って華々しく引っ張るだけの作品ではなく、ピアノがオーケストラの内部に入り込みながら、音楽全体の構造を動かしていく性格があります。華やかなヴィルトゥオーゾとして押し切るというより、作品の構造や論理を明るみに出すタイプの演奏が期待できるのではないでしょうか。演奏がうまくいったときには、「ピアニストがすごかった」で終わるのではなく、「この曲そのものがこんなによくできていたのか」と感じさせる時間になるかもしれません。

キキドコロ

  • 冒頭の弦楽コラールとピアノの関係。 第1部は変奏曲形式で、まず弦楽が循環主題Aを静かに提示します。ピアノが外から華やかに登場するのではなく、この流れの中から自然に立ち上がるように聞こえるかどうか
  • 循環主題の変容を追う楽しさ。 3つの循環主題(A・B・C)が全曲を通じて形を変えながら再出現します。とくに第2楽章第1部(スケルツォ)で、第1楽章の素材が軽快に変形される瞬間は、同じ主題の別の顔を見る面白さがあります
  • 第1楽章第2部(アンダンテ)の木管と独奏の対話。 幻想的な雰囲気の中で循環主題Bが木管から現れ、クラリネットとピアノが循環主題Cを交互にやりとりする場面。ここでのピアノの音色がどれだけ室内楽的な繊細さを持てるか
  • 第2楽章第2部冒頭のフガート。 循環主題Cに基づく短いフーガ的展開があり、そこから最終部への序奏へと転じていきます。サン=サーンスの対位法的な技量が凝縮された場面で、アームストロングの声部処理の明晰さが試されるところです
  • ピアノとオーケストラの力関係。 この曲では、ピアノがオーケストラと対立するというより、一体となって音楽を進めていく場面が多いとされます。独奏者が「上に乗る」のではなく、「中に入る」感覚がどこまで出るか
  • ハ短調→ハ長調への終結。 最終部は循環主題Bを変形した行進曲風の第1主題で堂々と始まり、華やかに全曲を閉じます。この輝かしさが、単なる盛り上がりではなく、全曲の構築の帰結として響くかどうか。サン=サーンスの形式感覚の見せ場です

プロコフィエフ《交響曲第3番 ハ短調 op.44》——オペラの熱を交響曲へ封じ込めた音楽

今回のプログラムの終着点に置かれたプロコフィエフの《交響曲第3番》は、かなり強い曲です。第1番「古典」や第5番ほど頻繁に取り上げられる印象はありませんが、内容の濃さという点では異常です。

成立の経緯

この作品はオペラ《炎の天使》(1919–27年作曲)の素材をもとにしています。《炎の天使》は、16世紀ドイツを舞台に、ヒロインのレナータが幼少期に現れた「炎の天使マディエル」への愛に取り憑かれ、現実の男性をその天使の化身と信じ込み、最後は修道院での悪魔祓いと集団ヒステリーのうちに火刑を言い渡されるという、かなり壮絶な物語です。

プロコフィエフはこのオペラに8年をかけましたが、1928年時点で全曲上演の目処が立たず(結局、生前に完全な舞台上演は実現しませんでした)、素材を交響曲に転用することを考えます。当初は組曲を構想していたものの、オペラの主題がソナタ形式の主題としても機能することに気づき、交響曲として1928年の夏から秋にかけて完成させました。プロコフィエフ自身はかなりの自信作だったようで、当時ライバル関係にあったストラヴィンスキーもこの作品を絶賛したとされています。

重要なのは、プロコフィエフが「標題交響曲」ではなく「絶対音楽としての交響曲」を志向した点です。《炎の天使》の筋書きを追う音楽ではなく、その素材を純粋に交響的な構造の中で再構成している。しかし素材の出自ゆえに、一般的な交響曲にはない異常な密度の劇的情感が充填されています。

各楽章について

第1楽章(序奏を伴うソナタ形式)は、オペラ第1幕第1場の素材に基づきます。不安と焦燥に満ちた主題が展開され、冒頭から不穏な緊張感が持続します。

第2楽章(スケルツォ的な性格)では、悪魔的なエネルギーが爆発します。プロコフィエフの「野蛮主義」が最も純化された楽章で、推進力と暴力性が支配的です。

第3楽章は、コントラバス以外の弦楽4部をそれぞれ3部に分けた合計13声部の弦楽器群が特徴的な楽章です。ショパンの《葬送ソナタ》の終楽章からの着想があると言われ、ハーモニクスのグリッサンドが不気味に疾走する書法は極めて独創的です。

第4楽章は、オペラ最終幕の悪魔祓いと集団ヒステリーの場面を器楽化したもので、合唱を欠いてなお圧倒的な音圧を持ちます。

全体の印象

この曲は、激しい場面が強烈なだけでなく、静かな場面でもほとんど安心させてくれません。抒情的に聞こえる箇所があっても、それは休息や救済ではなく、不気味さの質感が変わっただけのようにも感じられます。そう考えると、この作品の本質は大音量ではなく、全曲を通じて持続する異常な緊張にあるのかもしれません。

終盤の圧力もすさまじいものがありますが、それを単なるカタルシスとして聴くより、逃げ場のない力が飽和していく過程として受けとめるほうが、この曲らしいように思えます。

キキドコロ

  • 第1楽章冒頭の質感。 不協和な響きで始まるこの開始が、単なる「重い音」ではなく、異常な緊張として空間を支配するか。重厚さと不穏さは違うもので、ここでは後者が必要です
  • 第1楽章の構造の見通し。 オペラ素材の転用でありながらソナタ形式として成立している楽章です。インキネンが劇的な効果に頼るのか、構造を明確にしながら緊張を組み上げていくのかで、印象はかなり変わるはずです
  • 第2楽章の金管と打楽器の爆発。 この楽章は力で押し切りやすい音楽ですが、粗い爆発で終わるか、統御された圧力として響くかの差は大きい。都響の金管・打楽器の精度が直接問われる場面です
  • 第2楽章のリズムの切れ。 プロコフィエフ特有の鋭角的なリズムが、どれだけ生命力をもって刻まれるか。この曲の録音評を読むと、リズムの「はつらつさ」が魅力を大きく左右するようです
  • 第3楽章の13声部の弦楽器。 ハーモニクスのグリッサンドがヒューヒューと不気味な音を立てて疾走する場面は、スコア上でも極めて独創的とされる箇所です。都響の弦楽セクションの技術と表現力が試される最大の場面ではないでしょうか
  • 第3楽章の「抒情」の不気味さ。 束の間現れる美しい旋律が、安らぎではなく別種の不安として聞こえるかどうか。ここに安心感が入ってしまうと、全体の緊張が緩みます
  • 第4楽章の「悪魔祓い」の圧力。 オペラでは合唱が担っていた集団ヒステリーを、オーケストラだけで表現する場面。音量の暴力ではなく、飽和したエネルギーの噴出として聞こえるか
  • 終結が何として響くか。 この曲の終わり方は勝利でも解放でもありません。圧力が臨界点に達して破裂するのか、それとも異常な緊張がそのまま凍りつくのか。インキネンがどちらの方向に持っていくかは、この夜最大の聴きどころです

プログラム全体のつながりについて

改めて全体を見渡してみます。

《ラ・ヴァルス》では、ワルツという秩序だった運動が内部から崩壊します。サン=サーンスの第4番では、ハ短調の緊張がなお形式の中に制御され、知的な構築として保たれています。プロコフィエフの第3番では、ハ短調の緊張がその形式を食い破る方向に向かい、心理的にも音響的にもむき出しになります。

舞踏の回転が崩れ、知的に構築された緊張が現れ、最後にその緊張が爆発する。

この三段階として聴くと、演奏会全体が一つの作品のように見えてきます。それぞれの曲の有名な聴きどころを追うだけでは少し惜しいプログラムです。曲と曲のあいだにどんな線が引かれているのか——その点を意識しながら聴いてみたいと思っています。


*以上、専門的な分析というより、資料を読みながら整理してみた学習メモでした。公演を楽しみにしたいと思います。