ルスティオーニ×都響——1月の2公演を聴いて

2026年1月、同年4月からの首席客演指揮者就任が発表されているダニエーレ・ルスティオーニが、都響の定期演奏会に登場し、2つのプログラムを振りました。

ルスティオーニが都響と最初に仕事をしたのは2014年、東京二期会の《蝶々夫人》のピットだったそうです。2017年にはC定期でベルリオーズの幻想交響曲を、2018年にはサントリーホールでR.シュトラウスの《イタリアから》を指揮しています。しかしその後はCOVIDとリヨン歌劇場・アルスター管弦楽団の兼務で来日が叶わず、今回は実に7年半ぶりの都響への登壇となりました。


公演情報 / Concert Details

第1032回 定期演奏会Bシリーズ / Subscription Concert No.1032 B Series

  • 日時 / Date & Time: 2026年1月15日(木)19:00 開演 / Thu, January 15, 2026, 19:00
  • 会場 / Venue: サントリーホール / Suntory Hall
  • 指揮 / Conductor: ダニエーレ・ルスティオーニ / Daniele Rustioni
  • ヴァイオリン / Violin: フランチェスカ・デゴ / Francesca Dego

曲目 / Program:

  1. ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77 Johannes Brahms: Violin Concerto in D major, Op. 77
  2. リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲 op.34 Nikolai Rimsky-Korsakov: Capriccio Espagnol, Op. 34
  3. レスピーギ:交響詩《ローマの祭》 Ottorino Respighi: Feste romane (Roman Festivals)

アンコール / Encore:

  • パガニーニ:24のカプリース より 第13番 変ロ長調「悪魔の微笑み」 Niccolò Paganini: 24 Caprices — No. 13 in B-flat major “Devil’s Laughter”
  • J.S. バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV 1004 より サラバンド J.S. Bach: Violin Partita No. 2 in D minor, BWV 1004 — Sarabande

第1034回 定期演奏会Aシリーズ / Subscription Concert No.1034 A Series

  • 日時 / Date & Time: 2026年1月23日(金)19:00 開演 / Fri, January 23, 2026, 19:00
  • 会場 / Venue: 東京文化会館 / Tokyo Bunka Kaikan
  • 指揮 / Conductor: ダニエーレ・ルスティオーニ / Daniele Rustioni

曲目 / Program:

〈ヴェルディ / Verdi〉

  1. 歌劇『運命の力』序曲 Overture to La forza del destino
  2. 歌劇『マクベス』第3幕 バレエ音楽 Macbeth, Act III — Ballet Music
  3. 歌劇『オテロ』第3幕 第7場 バレエ音楽 Otello, Act III, Scene 7 — Ballet Music
  4. 歌劇『シチリア島の夕べの祈り』序曲 Overture to Les vêpres siciliennes

〈ワーグナー / Wagner〉

  1. 歌劇『リエンツィ』序曲 Overture to Rienzi
  2. 歌劇『タンホイザー』序曲 Overture to Tannhäuser
  3. 歌劇『ローエングリン』第1幕への前奏曲 Lohengrin — Prelude to Act I
  4. 楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲 Die Meistersinger von Nürnberg — Prelude to Act I

1月15日——ブラームス、そしてイタリアの色彩

ブラームスのヴァイオリン協奏曲

正直なところ、この夜で一番どう受け止めていいか迷ったのがブラームスでした。

ソリストのフランチェスカ・デゴは、華やかさや滑らかさを意図的に抑えた、内省的でゴツゴツとした質感の解釈を選んでいたように感じます。デゴは1734年製グァルネリ・デル・ジェズ「ex-リッチ」を弾く世界的なソリストで、2024年にはBBC響とダリア・スタセフスカの指揮でこの曲をChandosに録音し、イタリア批評家協会のフランコ・アッビアーティ賞を受けています。つまり、深く付き合ってきた作品のはずで、今夜の解釈にも明確な意志があったのだろうと思います。

ただ、その方向性は自分がこの曲に期待するものとは少し違いました。ブラームスのヴァイオリン協奏曲には——あくまで個人的な好みですが——もう少し大きく歌う瞬間、旋律が弧を描いて空間に広がっていく感覚が欲しいと感じます。デゴの解釈は、一音一音を吟味するような誠実さに満ちていましたが、全体として抑制が勝っていた印象がありました。

もうひとつ気になったのは、ルスティオーニの伴奏との温度差です。オーケストラのほうはもっと歌いたがっているように聞こえて、ソリストとのアプローチが必ずしも同じ場所を目指していないような感覚がありました。

デゴとルスティオーニは夫婦で、ふたりともミラノ音楽院の出身です。だからこそ、この「方向の違い」は互いの音楽的独立を尊重した結果なのかもしれません。ただ、聴いている側としては、協奏曲としての一体感がもう少し欲しかったというのが素直な感想です。

アンコール——デゴの別の顔

アンコールで印象が一変しました。

パガニーニの「悪魔の微笑み」で鮮やかな技巧を聴かせたあと、バッハの無伴奏パルティータ第2番からサラバンドを弾いたのですが、このバッハがとても心に残りました。揺るぎない美音、一切の虚飾を排した深い呼吸。ブラームスで抑制的に感じられた質感が、ここでは完全に説得力のある文脈の中に置かれていました。この人はこういう音楽家なのだ、と感じさせてくれる演奏でした。

後半——ルスティオーニの色彩

リムスキー=コルサコフの《スペイン奇想曲》とレスピーギの《ローマの祭》は、ルスティオーニの持ち味が全開になった演奏でした。

色彩感がとにかく鮮やかで、ステージ全体がひとつの大きなパレットになっているような感覚がありました。ルスティオーニは10歳でスカラ座の児童合唱団に入り、リッカルド・ムーティのもとで育った人です。その後リヨン国立歌劇場の音楽監督を務め、2022年には国際オペラ・アワードの「最優秀指揮者賞」を受賞しています。オペラの現場で鍛えられた感覚——色彩の配合、ドラマの呼吸、歌手を支えるようにオーケストラを歌わせる技術——が、純器楽の管弦楽曲でもそのまま生きていると感じました。

《ローマの祭》の終盤は、ホールを震わせるような音量でありながら響きの統一が保たれていて、しかも華やかでした。力任せの轟音ではなく、統御された爆発とでも言えばいいでしょうか。グイグイと都響を引っ張るルスティオーニに、都響がしっかり食らいついていく。その掛け合いを見ているだけでも楽しかったです。

《ローマの祭》については、ルイージ・N響の素晴らしい演奏もありました。あのNHKホールで、轟演といってもよい音響空間を作り出したルイージ・N響には脱帽で、パワフルさでいったらN響に軍配があがるかもしれませんが、今回のルスティオーニの演奏も負けず劣らず素晴らしかったです。しなやかさ、響きの統一感や混ざり合う感じ、軽やかさといった点で、今回のルスティオーニの演奏は、説得力がありました。もっともサントリーホールだからこそ、の面もあるかもしれませんね。

ルイージとルスティオーニ、世代は違いますがどちらもイタリアのルーツを誇りに思っている指揮者だと思います。また、METの首席客演指揮者だったルイージと、最近METによばれるようになったルスティオーニ、どちらもMETにゆかりがある、という点も共通項ですね。

しかし音楽の方向性は違うようで、日本にいながらどちらの演奏も楽しめるというのは、贅沢なことですね。


1月23日——ヴェルディとワーグナー、オペラ指揮者の名刺

第1034回A定期のプログラムは、ヴェルディとワーグナーのオペラ管弦楽曲集。序曲やバレエ音楽ばかりを並べた、いわば「オペラ指揮者の名刺代わり」のようなプログラムです。

前半——ヴェルディ

これはとても楽しめました。

ルスティオーニのヴェルディはドラマティックで、歌に溢れていて、同時に精緻でした。《運命の力》序曲では、大げさなテンポの揺さぶりに頼ることなく、ダイナミズムと切迫感でドラマを組み上げていました。普段はオペラのピットに沈んで聴こえにくいヴェルディの弦の細やかな書法が、コンサートホールの明るい響きの中ではっきりと浮かび上がってきます。あの忙しく動き回る弦楽の内声——ピットの深みでは埋もれがちなディテール——が、ここではひとつひとつ意味を持って聞こえてきたのが新鮮でした。

《オテロ》のバレエ音楽ではエキゾティックな色合いを引き出し、《シチリア島の夕べの祈り》序曲ではエネルギッシュでキレのある演奏を展開していました。都響の金管、とくにトロンボーンのセクションが輝かしい響きを聴かせていたのも印象的でした。

都響の高機能でパワフルなサウンドが、単なる音量としてではなく、物語と有機的につながっていく感覚。これがルスティオーニの指揮から受ける印象の核心かもしれません。オーケストラを「鳴らす」のではなく「歌わせる」——その違いは、オペラのピットで長年過ごしてきた人だからこそ出せるものなのだろうと思いました。

後半——ワーグナー

ワーグナーでもルスティオーニの「歌わせる」特質は感じられました。《タンホイザー》序曲はエネルギッシュなテンポで、《リエンツィ》序曲は堂々とした推進力で聴かせてくれました。

ローエングリンでは、とにもかくにも弦楽器の精妙で透き通った音色のアンサンブルが光ります。広がりや神秘的な空気感よりも、クリアな音像でワーグナーの音楽を捉え直すようなすがすがしい演奏でした。

《マイスタージンガー》前奏曲は華麗で壮大。都響は金管も含めパワフルでとても楽しめましたが、クライマックスに向けてのエネルギー配分がやや早い段階でピークに達し、飽和してしまっていたかもしれません。もう一段のパワーで突き抜けるか、あえて前半を抑制気味にしてグラデーションがスムーズだったら、さらに感銘を受けていたかもしれません。ここらへんは、共演回数が増え関係が深まり、オーケストラのダイナミックレンジや特徴をルスティオーニが把握するにつれ、さらに良くなっていくのだと思います。


首席客演指揮者就任によせて

大野体制のあと

2026年3月、大野和士の音楽監督としての11年間(2015年就任)が幕を閉じます。大野は都響のレパートリーを大きく広げ、コロナ禍ではリーダーシップを発揮し、欧州ツアーでも成果を上げました。

後任として設計された体制は「音楽監督」を置かない形です。ペッカ・クーシストが2026年4月からアーティスト・イン・レジデンス、2028年4月から首席指揮者。ルスティオーニが2026年4月から首席客演指揮者。アラン・ギルバートが特別客演指揮者/ミュージック・パートナー。インバルが桂冠指揮者、小泉が終身名誉指揮者。

特に海外のオーケストラでは、桂冠指揮者、名誉指揮者というのは過去の功績に対して贈られる名誉職的なポストであることも多いです。しかし、ご案内のようにインバル、小泉ともに公演数こそ減るものの、都響の指揮陣のなかで重要な役割を果たす「現役」です。

結果として、6人の名前付き実働ポストが並ぶ、かなり異例の「ポートフォリオ型」構成になります。

ギルバートの位置づけ

アラン・ギルバートは2018年から首席客演指揮者を務め、2025年にはブラームス・チクルスで高い評価を受けるなど、都響との関係は深い指揮者です。このブラームス・チクルスも、4曲ともギルバートらしい流麗な演奏でとても楽しめました。

かつてギルバートがNYPの音楽監督を務めていたころ、足しげく定期演奏会に通っていたことがあります。そのころのギルバートは、マズア、そしてマゼール時代にやや停滞していた感もあったNYPを、演奏の面でもプログラム構成の面でも現代的なオーケストラへと変貌させつつありました。とても思い入れのある指揮者で、帰国したら都響と強い関係を持っているのを知って、とても嬉しかった覚えがあります。都響の監督になってくれたら、という思いもありましたが、残念ながら就任はされませんでした。

一部では音楽監督就任の打診があったとも噂されていますが、NDRエルプフィルとスウェーデン王立歌劇場の兼務もあり、結果として「特別客演指揮者/ミュージック・パートナー」という任期なしの柔軟なポストに移行しています。さらに2026/27シーズンはサバティカルで出演予定なし、となっています。都響との関係は今後も続くようですが、これまでよりも少し頻度が減ってしまうような気がしてなりません。

今後への期待

安定を求めるなら、大御所クラスの指揮者をひとり据えるのが定石でしょう。しかし都響は、クーシストとルスティオーニという、どちらもまだキャリアの上昇曲線にいる指揮者を選びました。

特に首席指揮者のクーシストは寡聞にして全く知らず、就任発表時は「なんでこんな軽量級の人を……」と失礼なことを考えてしまったくらいです。クーシストは6月に定期演奏会を聴く機会があるので、その際にまた触れたいと思いますが、北欧音楽と即興を武器にする型破りな音楽家だそうです。

一方のルスティオーニは、トスカニーニ、ジュリーニ、アバド、ムーティに連なるイタリア指揮の伝統を意識する人物であり、本人もそれを公言しています。この2人の組み合わせは、とても面白い選択だと感じます。

クラウス・マケラの例をとるまでもなく、ヨーロッパでは20代半ばから後半の指揮者が重要ポストに就く例も増えていますが、こうしたキャリア的には中堅の指揮者を監督あるいは首席に戴くという選択は、N響や読響では難しいだろうなと感じます。都響ならでは、と思うのですが、こうしたオーケストラのカルチャーの違いについては、また考えてみたいと思います。

都響は近代的・機能的なオーケストラとして知られ、ベルティーニ、インバルのマーラー、大野のフランスものやブリテンなど、レパートリーの幅は広いです。しかし、楽団のDNAを形成してきたのはやはりドイツ・オーストリア系の音楽なのだろうと思います。

ここにルスティオーニが加わることで、都響がこれまであまり前面に出してこなかったイタリア・オペラの伝統に根ざした歌とドラマの感覚——オーケストラを「鳴らす」のでなく「歌わせる」感覚——が、新しい引き出しとして加わっていくのかもしれません。1月の2公演を聴いて、そんな予感を持ちました。

ルスティオーニの就任披露は2026年11月のマーラー《復活》と発表されています。イタリアのオペラ指揮者がドイツ・オーストリアの大曲で自己紹介するという選択も興味深いです。「この有名すぎる作品にどう向き合うかを示し、これから一緒にどんな未来を描くかのヒントにしたい」とルスティオーニ自身が語っているのを読みましたが、1月の演奏を聴いた今、その言葉に期待を持って頷けます。