東京交響楽団 名曲全集——熊倉優のR.シュトラウス、ウドヴィチェンコのコルンゴルト
ドン・ジョヴァンニ序曲、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲、休憩をはさんでドン・ファンと死と変容。曲が聴きやすいので楽しみにして、ミューザ川崎の名曲全集に出かけました。指揮は熊倉優さん、32歳。ドイツの歌劇場でカペルマイスターとしてたたき上げの修行をしている人で、私は今回初めて聴きます。
今をときめくクラウス・マケラが30歳。N響を振って物議をかもしたタルモ・ペルトコスキが26歳。そして東響の新音楽監督ロレンツォ・ヴィオッティは36歳と、32歳は若いとばかりもいっていられない年ですが、やはりこの年でオーケストラを指揮するというのはとても大変なことではないかと思います。
先に挙げた3人はそれぞれ自分のスタイル・主張がはっきりしているタイプだと思うのですが、歌劇場叩き上げの職人型キャリアの第一歩を踏み出した熊倉さんが、どういったアプローチをするか興味はつきません。
公演情報
- 日時: 2026年7月11日(土)
- 会場: ミューザ川崎シンフォニーホール
- 指揮: 熊倉優
- 独奏: ドミトロ・ウドヴィチェンコ(ヴァイオリン)
- 管弦楽: 東京交響楽団
曲目は次のとおりです(演奏順)。
- モーツァルト:歌劇《ドン・ジョヴァンニ》序曲
- コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35
- R.シュトラウス:交響詩《ドン・ファン》op.20
- R.シュトラウス:交響詩《死と変容》op.24
ドン・ジョヴァンニ序曲——きびきびした好演
最初の和音から、きびきびとしたキレを感じさせる速めのテンポの歯切れのよい演奏。全く派手さのない指揮ぶりですが、安定感があり、オーケストラも弾きやすそうで、歌劇場での経験が存分にいかされているのかなと感じました。
流れるように進んでいく音楽は快感ですが、デーモニッシュな深みとか、地獄落ちを予告する精神的な葛藤といった要素はあまり感じない間に演奏が終了。
もっとも、モーツァルトは後期ロマン派ではないのだから、こうした演奏こそが正統派なのかもしれません。
コルンゴルト——ウドヴィチェンコが白眉
この夜いちばんの収穫は、ソリストのドミトロ・ウドヴィチェンコだったかもしれません。ウクライナ出身、2024年のエリザベート王妃国際コンクールの優勝者です。音色に深みがあって、歌い回しになんともいえない個性を感じます。
コルンゴルトのこの協奏曲は映画音楽由来の旋律が甘く歌う曲ですが、甘さに寄りかからず、しかし歌うべきところはたっぷり歌う演奏でした。
アンコールはバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタから一節。これもよく歌い込んだ演奏で、バッハの形式(フォルム)を重んじる人からすると意見が分かれるところかもしれません。私はとても良いと思いました。
後半のR.シュトラウス——よく鳴っているけど・・・。
すこし残念に感じたのは、R.Straussの2曲です。
特に「死と変容」は、ケンペやカラヤンの演奏など録音では何度も聴いてきた好きな曲ですが、実演を聴くのは非常に珍しく楽しみにしていた曲です。
今回の演奏では、死と変容では、オーボエからフルート、クラリネットへの節回しの受け渡しや、チェロとコントラバスのピッチカートなど、R.Straussのオーケストレーションは堪能。ドン・ファンでは、オーボエの荒絵理子さんのソロも、コンサートマスター小林壱成さんのヴァイオリン・ソロも聴かせてくれました。
ドン・ファンも死と変容も、曲を丁寧に音にしているし、オーケストラは前半にもまして良く鳴っていて、立派です。
名曲全集は定期会員なので毎回同じ席で聴いていますが、ホールの音響を踏まえた音作り・音のバランスは他の東響の公演と比べてもよい感じ。耳に心地よいです。
しかし、ドン・ジョヴァンニのときにも感じたことですが、ストーリーというか、心境の移ろいが伝わりにくかったと感じました。結果として、曲を聴きとおした後の満足感・感銘という点ではやや物足りなさが残りました。
R.Straussは別路線として、気合の入った時のベルリン・フィルのような、筋肉質で躍動感のある音でねじ伏せるスタイル、オーケストラの醍醐味を聴け!、みたいなアプローチも私は好きですが、東響のスタイルではないですよね。日本だったら読響あたりがやるとおもしろいのかもしれません。
オーケストラについて
昨シーズンの後半は、おやっと感じたことが何度かありましたが、今回も東響の好調ぶりを感じました。
音が大好きなあまり、オケを問わずいつも辛めになってしまうホルンセクションですが、今日の上間善之さんをはじめとする東響ホルンセクションのみなさんも好演でした。
やはりマーラーしかり、ブルックナーしかり、そしてR.Straussも言うまでもなく、後期ロマン派の曲は、金管が充実していると聴きごたえが違ってきますよね。「頼むから転ばないでね。」と祈るような気持ちで聴きながら、なかなか音楽そのものに集中できないことも多いのですが、今夜はその期待によく応えてくれました。
木管の受け渡しも低弦の刻みも充実していて、改めてよいオーケストラだなと感じさせる演奏会でした。
指揮者について
熊倉さんは、若手指揮者にありがちな大仰な指揮姿を見せない、教科書的といってよい端正な振り方に感じます。
そしてオーケストラの力を引き出し、交通整理をするのがうまいのではないでしょうか。音のバランスがよく、オーケストラが伸び伸びと演奏しているのは、彼の持ち味ではないかと思います。指揮台の上で、力んで派手に踊らなくてもオーケストラは鳴る、ということをこの年で実践しているのはすごいですね。
一方で、自分の音楽・スタイル・主張というのは、まだあまり出していないのかなとも感じます。シャイなのか、遠慮しているのか、あるいは、職人スタイルの音楽づくりを目指しているのか。じっくりと経験を積みながら徐々に深みをみせていってくれそうです。
コンサート全体を振り返って
今日はコルンゴルトを除き、聴衆の反応も控えめだったように感じます。それでも、好きな曲を好きなホールで聴けて、楽しめたコンサートでした。